019
壁の下りは、とにかく怖い。
廊下の地面が、とにかく怖い。
私は震える両足と戦いながら、ゆっくりと確実に下っていく。
周りには、人のいない廊下。
唯一の小さな香流の姿も、はるか下。
私の壁から、彼女の姿を視認することはできない。
今頃は案内板のそばで、私を見上げているのだろうか。
壁を降りていくと、家庭科室のように視聴覚室引き戸が見えた。
(大丈夫、先輩が待っているから)
私の足は、下りながらもまだ震えが止まらない。
胸の動悸も、激しいままだ。
それでも、私は冷静に頭を働かせた。
真剣な顔でしっかりと足場を見つけて、ゆっくりと下っていく。
(こんな変な場所で、私は終われない。
彼氏に…祥万に、どうしてももう一度会いたい)
そうだ、私には祥万がいるのだ。
大好きな彼が、私の帰りを待っている…はず。
だとしたら、このまま元に戻らないことは許されない。
中学まで、彼氏ができなかった私にとっての初めての春。
恋もしてこなかった私が、初めて付き合ったのは学内屈指のイケメン祥万先輩。
六月のあの日、彼は私を選んでくれた。
こんな行動は、二度とないだろう。
だからこそ、私はこんなところで終われない。
震える足を誤魔化しながらも、何とか壁を下っていく。
足を延ばして、確実に体を下に送っていった。
そして、ようやく見えた。
「香流だ」
案内板の下のアルミの地面に、香流の姿が見えていた。
私は再びやる気を出して、急いで降りようとした。
だが、右足が空を切った。
「え?」それは私の油断だった。
思わぬミスで、足を踏み外してしまった。
その私は右腕で、壁のでこぼこをつかもうとした。
だけど伸ばした右手が、手汗で滑った。
「しまっ…」
私は気が付いたら壁から離れて、落ちていくのがはっきりと分かった。




