018
私は、香流の落ちた穴をじっと見ていた。
上から覗く穴は、やはり怖い。
香流が降りた先には、壁掛けの案内板が見えた。
香流は、その案内板の淵に立っていた。
案内板は、二本の画鋲でついていた。
穴を降りて、案内板の淵が見えた。
既に香流が、飛び降りた。飛び降りた彼女は、下で手を振っていた。
(もしかして、アレに飛び降りるの?)
私も、香流の後を追うように飛び降りたい。
だけど足がすくんで、怖くて動かなかった。
おまけに、不安定な二本の画鋲が動いていた。
「うわ、高い……」
飛び乗る足元が、はっきりと見えた。
案内板の淵は、やはりかなり狭い。
小さくなったので、余計に高さが恐怖になっていた。
「大丈夫、飛び降りて」
香流が下で声をかけた。
ようやく勇気をもって、私は穴から足を延ばした。
そのまま、淵に対して足を延ばして…何とか着地をした。
淵に着地した私は、すぐさま私を見て香流が動いた。
「オッケー、それじゃあ降りていくよ」
「降りるって」
「壁を下るの。ボルダリングみたいに」
「でも、安全紐がないわ」
だけど、香流は無視して進んでいく。
冷静で真剣な顔つきの香流は、案内板のでこぼこしたところに足をかけた。
そのままゆっくり体を、下らせてでこぼこのところで手を伸ばす。
掴むところは、彼女の言う通りボルダリングさながらだ。
香流がゆっくりと足場を確保しながら、しっかりと降りていく。
「さあ」下りながら、香流は私に促してきた。
「え、でも…」ためらう私。
ボルタリングをやったことない私は、ただただ不安しかない。
「一緒に、視聴覚室に行くんでしょ」
声をかけながらも香流は、どんどん下っていく。
でも、私は足がすくんで動かない。
胸の鼓動が止まらないまま、香流がどんどん進んでいく。
穴から出て淵に着地すると、高い廊下がどんどん恐怖に感じられた。
いくら跳躍力が上がったとしても。この高さはかなり怖い。
おまけに、私は運動をあまりしていない。というか、運動は苦手だ。
再び私の行動が止まっていた。私は怖がって、足の震えが止まらない。
明らかな恐怖の感情が、私の顔を青ざめさせていた。
「大丈夫よ、ほら」香流の声が、どんどん小さくなった。
「でも…」私は、困惑の表情を浮かべたままだ。
それでも香流がどんどん下がっていき、姿が見えなくなった。
当然、彼女の訴える声も届かなくなっていた。
(待って、香流…先輩)
不安が、どんどん強くなった。
だけど、この淵には私しかいない。
小さな私は、また一人ぼっちになってしまう。
(それは絶対に、嫌!)
私は、再び勇気を振り絞って右足を壁のでこぼこに乗せていた。
下がちらりと見えて、震えが止まらない。
(止まって、私の足)
右足を、軽く叩く。
そして、私は覚悟を決めた。
ゆっくりと突起の壁に、右足を踏み出していた。
私の心は、今にもはちきれそうになりながら。




