001
(SHIZUKA‘S EYES)
周りは、銀色の世界だ。
長く黒い髪の私の姿が、銀の壁に移った。
黒いブレザーを着ていた私は走っていた。逃げていたからだ。
私の名前は『黄柳野 静』。
どこにでもいる、女子高生だ。
長い髪に、大きな瞳。背も平均的な私は、何のとりえもない普通の女子高生。
背後には、水の巨大な壁が迫ってきた。
激流が、大きな音を立てて私に迫ってきた。
鉄の壁に囲まれた空間、銀色に光る地面。
あまりにも不思議な空間が、私の周りに広がっていた。
何よりも銀色の壁や地面が、人工物のようにきれいな鏡のように光っていた。
だが、その銀色の壁を覆うように水の壁が迫ってきていた。
私の身長を、はるかに超えるほどの高い波。
長い髪をなびかせて、黒のブレザーを着た私は走っていた。
それでも、容赦なく迫る水の壁。
ドドドッと大きな音が、背後から聞こえて恐怖を煽っていた。
押し寄せる激流を、ひたすら逃げた。
(なぜ私は、必死に逃げているのだろう)
一瞬だけ、その疑問はよぎった。
だが、それすら考えさせない激流の流れ。
私の背後には、激流が迫ってきた。
焦燥感が、私の顔ににじむ。
それでも、私は走り続けていく。
走って走っても、激流が確実に迫ってきた。
(一体、どこまで逃げればいいのよ!)
足が痛い。
スカートから覗く二本の足は、ずっと動いていた。
見たことない場所で、地面が少し硬い。
上履きでたたく音が、カンカンと音が鳴っていた。
走りながらも、周囲を見回していく。
だけど見えるのは、無機質な銀色の壁ばかり。
私の身長よりも、はるかに高い銀色の壁が四方を取り囲んでいた。
(どうやら奥が、見える。まさかのまさかの?)
私は前方を見て、絶望した。
目の前には、私より高い銀色の壁が見えた。
(行き止まり!)
背後には、激流。
目の前には私の背よりも、はるかに大きな銀色の壁。
銀色の壁は、私の姿を鏡のように映し出していた。
(これは、ガチのピンチ)
銀色の壁を見ると、私は絶望した。
絶体絶命とは、まさにこのことだ。
目の前は、高い銀色の壁。
背後に迫るのが、私に向かって迫ってくる水の壁。
右にも左にも、銀色の壁に囲まれていた。
周囲には、人の気配が全くない。
私は銀色の壁に背中を向けて、迫りくる激流を苦々しく見ていた。
激流の勢いが、全く衰えていない。
(こんなところで、死ぬのはいや)
まだ、推しの握手会に行っていない。
親友と、ドーナツの食べ歩きもしたい。
それからそれから、私の大好きな彼に会いたい。
イケメンの彼の顔を、思い浮かべた。
こげ茶のショートカットの彼。
だけど、顔がなぜか思い出せない。
(あれ、彼ってどんな顔だっけ?)
恐怖感から来るのか、記憶が一部呼び出せない。
私の大好きな人だったはずの彼の顔が、なぜか黒い影で見えなかった。
だけど、そんなことはどうでもいい。
今の私にとって、それは些細なことだった。
(私、こんなところで死にたくない)
激流を見ながら、何度も思った。
それでも、激流は私に向かってはっきりと流れてくるのが見えた。