【0027】己が人生、誰が為の使命(8)
♢
クロナと別れてから数分ほど、コイツと戦って分かったことがある。まず戦闘スタイルは拳一つの肉弾戦…かと思いきや、貴族達が落としていった長剣を使った剣使い。レイピアを巧みに使い、こちらを貫かんと容赦なく攻撃してくるが…問題は、その速度が尋常ではない。
何度も目の当たりにしていた通り、素の身体スペックがどう見ても今の私より優れている。一言で表すなら、筋力がありえないほど発達している、と言ったところだろうか。こちらの攻撃をものともせず、頑強さにと速さに任したコイツは中々に手強い。このままでは埒が開かないのは明白。しかし、
(今の私じゃエクスカリバーを扱えるか分からない…となれば)
この世界に来て武器を使うという発想が消えかけていたが、思い出してみれば私の本職は剣士。人間相手であればわざわざ肉弾戦のみで戦う必要も無い。こちらも貴族達が置いていった剣を拾い、マリアベルへと剣先を向ける。
「おやおや…婚約がまだとは言え、夫に刃物を向けるとは。はしたないですよ」
「ほざけ」
一呼吸吐き目を閉じる。そのまま居合の要領で構え、
スキル『瞬間両断』。
「!」
瞬時に長剣で受け流そうとするも、マリアベルの剣は根本から折れる。
「これは…中々」
「それなら、コイツは?」
「‼︎」
スキル『千刃万剣』。無数の刃を実体化させ、丸腰のマリアベルを切り裂く。屈強な肉体に刃は驚くほど簡単に入り、膝を付く。
「ゴホッ…!」
「終わりだァ」
俯くマリアベルに剣を向ける。このまま少しでも振り下ろせば、たちまちコイツの首を切り落とせるだろう。しかし、
「ハァ……ハァ……」
「………気は済んだか?」
「‼︎ ………………」
「私は勇者だ。使命の為に時には殺しもする。…だが、それもこれも事情を聞いてからだ」
「何………ですと…?」
「お前のその顔の傷。それは……誰から貰ったんだ?」
「‼︎」
「レゼ様! おやめ下さい!」
「……ア?」
マリアベルの背後から現れたのは、頭から血を流すベルター。ふらついた足取りからも、満身創痍といったところか。
「アンタ…逃げてなかったのか」
「ベルター……何を」
「レゼ様。どうか当主を………息子を、お助けください」
「!」
「……事の顛末を、全てお話し致します。なので、どうか………!」
♢
ビクリアム家先代当主、ドロシー・エルフォンセ・ビクリアム。まるで人形とまで言われるほどの美貌と、並の人間を遥かに凌駕する魔力を持って生まれた彼女。それにより元々大きな権力を持っていたビクリアム家が、更に力を増すこととなる。
そんなドロシーだったが、その力を危険視され、突如襲来したとある魔族に襲われる。辺りの貴族やギルドも一丸となって応戦するも、結果として大敗。ドロシーの命は助かったものの、魔力の大半を奪われてしまう。
急ぎ新しい当主が必要となったビクリアム家は、ドロシーに子を産むように命じた。美しい女を産めなくては、ビクリアム家は今まで得た地位を全て失うことになる。そこでドロシーが目を付けたのが、当時町一番の美丈夫とされたベルターだった。
両親を事故で亡くしたばかりだったベルターはその弱みに漬け込まれ、心身ともにドロシーへと囚われたことで、二人は結ばれることとなった。これでビクリアム家も安泰。美しい子も手に入り、何もかも上手くいく。そんな矢先、
「そうして……生まれた子供がマリアベルなのです」
産まれてきたのは望んだ女の子ではなく、男の子。二人目を産むだけの余力は、魔力を奪われたドロシーには無かった。望んだ性別とは違う我が子に、ドロシーはあろうことか精神を病んでしまう。
何日も部屋から出てこないドロシーにベルターがとった行動は、『息子に女装をさせる』ことだった。二人の子供ということもあり、秀麗な容姿を持って生まれたマリアベルの女装姿に、ドロシーは次第に気力を取り戻していった。
マリアベルには才能があった。膨大な魔力も、秀麗な容姿も全てを兼ね備えていた。しかし、成長していくに連れ、マリアベルの肉体は人間の範疇を越えるほどに大きくなっていった。
「……………………」
理由は分からない。どの医者に見せても、どんな魔術で治療しても身体の成長を止めることができなかった。ドロシーはその様子を見て再び錯乱し始めた。現実を受け止めきれず、数々の罵倒と暴力をマリアベルに一心に浴びせる日々。マリアベルはそれに一切の反抗をすることなく、ただ受け止め続けた。
この容姿も、魔力も、この恨めしいほどに頑強な肉体も、全て大切な母から貰ったものだから。それを心の頼りに、マリアベルは日々を生きていた。
しかし数年前、もはや会話すらままならない程に変わってしまったドロシーは、とうとう耐えきれずマリアベルの顔の半分を、炎魔法で焼いた。魔力の大半を奪われて尚顔の芯まで焼き尽くすドロシーの魔法に、マリアベルは身も心も焼き尽くされた。
そして気づいた時には、マリアベルは母親を殴り殺していた。
「それ以来息子は亡き母の願いを叶える為、美しい伴侶を求め数々の女性を各地より攫い、多くの子を産み落としました。しかし……」
生まれてくる子供には男も女も関係なく、どの子にも顔の半分に赤い痣がマリアベルと同じようにこびり付いていたそうだ。ドロシーの魔法は呪いとなり、マリアベルの身も心も縛り続けている。
「…私が幼い頃、あのような過ちをしなければ、このような事にはならなかったかもしれない!」
ベルターは泣きながら話続ける。これ以上もたもたしていれば、それこそ死んでしまうのでは無いかと思うくらいボロボロで、今にも倒れそうだった。しかし何故か、私にはそれを止めることができなかった。
「政略結婚だったとしても…私の家族は今やマリアベルだけ。命を以て罪を禊ぐ……それに異論は御座いません。しかし、それならば──」
ベルターはおぼつかない駆け足でこちらへと近寄り、そのまま跪く。
「それならば私の命一つで、息子は許して頂けはしないでしょうか?」
「…………………………」
「厚かましい願いだとは重々承知です。犠牲になっていった女性達の遺族には、たとえ死んでも顔向けできない。しかし………何よりも罪深い者は、この私なのです」
重ねて頭を下げるベルター。血反吐を吐きながら、必死に許しを乞う。
「息子には生涯を以て罪滅ぼしをさせます。なので、どうか…」
「……………………」
「……………………フフ」
「? マリアベル…どうした──」
────グサッ。
嘲笑と共に立ち上がったマリアベルは、膝まづいたベルターの背中をレイピアの破片で刺す。
「がはッ………‼︎」
「⁉︎」
止まる事なく、マリアベルは何度も何度も力任せに振り下ろす。血の池が出来る勢いで出血し、そのままベルターは瞳を閉じた。
「…フフフ‼︎ フハハハハハ‼︎ 全く‼︎ 最後まで実に愚かな父親だなお前は! ベルター!」
「‼︎ …………」
「たかだか数十年父親を務めただけで私を理解した気になって、実に腹立たしい。私の唯一の肉親は今も昔も、お母様ただ一人‼︎ 」
それからマリアベルは懐からある一つの注射針を取り出し、容赦なく自身の首へ打つ。
「あぁ……コレですか? 東の王国より仕入れた、魔力増強液……と言ったところですねぇ。ビクリアム家は古今東西、様々な魔道具を取り扱っています故。ベルターのお陰で、使うだけの体力が確保できました」
次第に目は血走り、息は荒く乱れ始める。
「彼の言っていたことは大体当たっています…私が伴侶を探していたのは一重にお母様の為。式を開いたのも、貴女となら確実に素晴らしい子を授かれると思ったから。お母様の望んだような美しい子を生み出す、それが私の使命‼︎ さぁ、レゼ様!」
そのままタキシードを豪快に引きちぎり、目を見開く。目の前にいるそれは、どうも人間だとは思えなかった。
「私と共に、子作り致しましょう‼︎⁉︎」
♢
「………先輩達、大丈夫なんですかね…」
相手は今まで戦ってきた魔物とは比べ物にならない強敵。修行で強くなったとはいえ、クロナが一人で勝てる相手なのだろうか。そうショウゴが考え込んでいると──
「! 危なッ…!?」
突如飛来してきた火の玉を避け、ショウゴは体勢を立て直す。そして飛んで来た方向へと視線を合わせると、そこに立っていたのは。
「⁉︎…貴方達は…?」
メイド服に身を包み、ショウゴの行手を阻む数人の侍女達。その全員が隷属の指輪を身につけている。
(ビクリアム家の侍女の方々? 複数のテイマーを抱えるとは聞いていたけど、まさかそれが侍女達だったなんて…)
「落ち着いてください! ここは危険です、一刻も早く逃げないと──」
「貴方達、なんて事をしてくれたの⁉︎」
「…え?」
次女の一人が何故か怯えきった表情でそう叫ぶ。
「貴方達もあの女の仲間なんでしょう⁉︎ 大人しく結婚しておけば、貴方達にも危険が及ぶことは無かったのに‼︎」
「…どういうことですか?」
そう言ったショウゴは、ある一つの違和感に気づく。次女達の身につけている隷属の指輪は、どれも一つだけなのだ。テイマーは自身の持つ魔力量により隷属の指輪を装備出来る数が異なる。しかし、次女達が指輪を身につけているのは、どれも左手の薬指のみ。
「まさか…貴方達」
「えぇ、そうよ! 私達はあの男の元妻! 優秀な子を産めなかった失敗作なのよ!」
「‼︎」
「…でも、それでも良いのよ。反抗さえしなければ毎日を無事に過ごせたんだから。それなのに──」
侍女の中には泣き始める者もいた。よく見れば首や手元と言った顔以外の箇所は傷だらけで、見ているだけで痛々しかった。
「あの男はこの一件を絶対に握り潰す! この会場にいた貴族も、貴方達だってきっと殺される! 私達の家族だって、どうなるか分からない…!」
「……………………そんなことさせません」
レゼの暴露、そして侍女達の証言。それが全て本当なら、ビクリアム家による被害者は数え切れない。
「僕たちが必ず全員、救い出します」
♢
「う〜ん…困ったなぁ、これ」
ついそう漏らすクロナ。洞窟では修行をメインに行なっていた為、新しい魔物を捕獲することは無かった。イージスはいつも通り配下と共に大海蛇竜へと攻撃を仕掛け、イノ太郎はクロナを背に乗せ動き回ることで攻撃を躱す。
(攻撃を避けるのは簡単だけど…問題は、攻撃を攻撃を与えることなのよねぇ)
クロナの現在のレベルは27。それに伴いイージスら使役魔物も強くなってはいるが、大海蛇竜の鱗を貫くだけの火力がクロナ側にはない。絶え間なく攻撃を浴びせてはいるが、あまり効いているそぶりはない。
「…まぁ、そんな時はスキルだよねぇ」
ステータスを開く。
『ステータス』
【PN】クロナ・シラカワ
【LV】27
【JOB】テイマー
【HP】体力 280
【MP】魔力 120
【STM】スタミナ 190
【STR】筋力値 160
【VIT】耐久値 90
【AGI】敏捷値 150
【持ち物】
・妾の一輪花
【所持スキル】
・魔物隷属・改
・魔物操作・改
・魔物召喚
・魔物強化・改
クロナが元々所持していたスキルは、テイマーへと転職した際に失ってしまった。故にクロナはこの四種のスキルしか持ち合わせていない。
「テイマーとしての戦い方……ねぇ」
バラムレアに手も足も出ずに敗戦して以来。ショウゴに負け、モンブにも負けて以来。クロナは長らく考えていた。恐らくテイマーの真髄は『魔物の力を最大限に引き出す』。これに尽きるのだろう。テイマー本人は決して攻撃を負うことなく、安全圏から魔物を指揮、支援し勝利へと導く。
しかし。
「………そんなんじゃ、それこそ宝の持ち腐れじゃない? 良い作戦思いついちゃった♡」
────グォオオオオオオオオオ‼︎
変わり映えのない状況に痺れを切らしたイージスは、更に多くの配下を呼び出す。クロナはそんなイージスの肩へと飛び移り、詠唱。
「魔物強化・改」
その瞬間、イージスの全身へと新たに紋様が浮かび上がった。それだけではなく、配下一人一人の身体にもその紋様は現れる。
「行けーーーーッ! 全軍進撃!」
クロナの掛け声をきっかけに、モンスターたちは一斉に大海蛇竜へと襲いかかる。大海蛇竜はその牙を頼りに負けじと次々にゴブリン達に噛みついて行くが、傷を負った瞬間瞬時に回復するクロナのモンスター達には、半端な攻撃では意味を成さない。
魔物強化・改。自分の使役する魔物に触れ発動することで、一定時間その魔物の戦闘力を向上させることができる魔物強化の進化スキル。その効果は触れた魔物だけでなく、その魔物と深い繋がりを持つ魔物へも伝染する。通常の魔物強化よりも効果、範囲共に優れた、テイマーの代名詞とも言えるスキルである。
────ギュアアアアアアアア‼︎‼︎
使役魔物ではあるものの、マリアベルの魔力による治癒が追いつかないのだろう。ゴブリン達とイージスにより、大海蛇竜の鱗はみるみる内に剥がされその身体が露わとなる。ピンク色の肉体に、再びゴブリン達の刃が通らんとした刹那。大海蛇竜は、勢い良く上空へと飛び上がった。
そのままその口を大きく開き、次第に口内には炎が蓄積されていく。
「‼︎ よし来た! イージス!」
────グァアアアアアアアアア‼︎
それを待っていたかのように、イージスはクロナを大海蛇竜目掛けて全力で投げつけた。
「まさかクロナちゃんミサイルを再びやることになるとは…! それもこれもレゼのせいだぞ!」
大海蛇竜は飛んでくるクロナを気にすることなく、イージス達へと視線を向ける。先ほどまでの戦いから、自分の鱗を突破したゴブリン一派を危険と見做したのだろう。それが最大のミス共知らずに。
見事大海蛇竜の身体へとしがみ付き、着地を成功させたクロナはそのまま頭頂部へと駆け上る。
「アハッ! だと思った! やっぱこの世界の魔物…人間様を舐めすぎじゃない?」
今まさにその大きな口から炎が放たれんとした瞬間、そこを狙い、クロナは頭頂部を力の限り殴り付けた。
────⁉︎
ダメージは勿論ない。しかし、そのあまりの衝撃により大海蛇竜の口は思わず閉じる。そしてそのまま炎が放たれてしまい、口の中で炎は大爆発を起こした。
「アハハハハハハハハ‼︎ ドッカーーーン‼︎」
余りにも非人道的な作戦も、咎めるものはここにはいない。ゴブリン達は主人の活躍に興奮を隠せずにいた。ただ一人、イージスを除いて。
────ギュアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎
ダメージを隠せずにいるものの、怒りを抑え切れない大海蛇竜はクロナを振り落とし、そのまま飲み込もうとボロボロの口を再び開く。
「あ、やっべ────」
そうしてクロナを飲み込まんとしたその時。
一本の巨大な矢が大海蛇竜の顎を貫いた。クロナが下を見ると、弓を構えて静かに敵を見据えるイージスの姿が。
「アンタカッコ良すぎーーッ!」
そのまま落ちていくクロナだったが、イージスが優しくその巨大な手のひらで受け止める。
「ぐぇッ!」
大海蛇竜は力尽きて重力に従い落下した後、ゴブリン達の追い討ち(死体蹴り)を食らっていた。仮にもテイマーの使役魔物、その判断は間違っていない。
「…………ヘヘ。どいつもこいつも舐めやがって! 人間だってちゃんと戦えんのよ!」