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蓬莱の玉の枝・5

 本所にある料理屋の名前だろうか。

 食道楽でもない、まして、ひとりでは縄暖簾もくぐれない人見知りの刹那は、覚えがない名であった。


「龍宮、浦島太郎のですか?」

「ああ。そこでは毎夜、乙姫サマみてえな別嬪さんと、飲めや歌えやどんちゃん騒ぎ、ってえ話さ」

「……料理屋には聞こえないですけど」

「だから言ったろ、外道って」


 男が片目をつむってみせる。いかがわしさを感じとり、刹那は眉を寄せた。

 飯炊き女と表向きは言っておいて、その実は身を売らせている宿、料理屋は多い。

 千住にもあった。千住宿全体の私娼の数は二百人とも三百人ともいわれる。

 柳水亭はその類いではない。

 これも隠居と女将の人柄によるもので、元遊女である女将を頼って訪ねてきた娘を、奉公人として何人か雇ったりもしている。

 龍宮をうたうその店は、柳水亭とは違うのだろう。だとしても、そこだけを外道と呼ぶのもおかしな話。

 男は口もとの笑みはそのまま、謎かけの声を抑えた。


「浦島太郎は(おか)に戻ったから、玉手箱の煙でじじいになっちまった。けど、龍宮から出ないなら?」


 刹那は、お伽草子の続きを思い起こす。

 龍宮に残るなら玉手箱をもらう必要はなくなる。浦島太郎は爺になることもなく、遊んで暮らすのだろう。


「……永遠に、若いまま」


 ぱん、と男が手を打つ。欲しい答えを口にする刹那に、愉快で仕方ないという笑みで。


「そう! 龍宮で出されるのは、この世の神秘、不老不死の秘薬っ!」

「……!!」


 背筋に悪寒が走る。

 古くより、人の夢とされる不老不死を手に入れるため、金を持った者らは様々な『妙薬』を探した。

 海の向こうの国では霊芝や仙丹、水銀など。この国では人魚の肉などである。

 しかし、実際に我こそが不老不死という者など聞いたことがない。

 人魚がいるのかは知らないが、仙丹は一説には鉛のことだし、水銀は死に至る猛毒である。絶対に食べてはいけないものだ。しかも高価い金を払ってまで。


「……高価で珍しいというだけなら、木乃伊(ミイラ)とか……」


 刹那が渋い顔でひねり出した妙薬の名に、ぱあっと男の顔が輝いた。


「お、さすが医者。あんたも持ってんのかい?」

「いえ、持ってないし、別に不老不死の薬でもないです。木乃伊は鎮痛剤ですから」

「ち、鎮痛剤!?」


 男は初めて木乃伊の薬効を知ったらしい。

 悲しいかな、遠く異国より渡来し、万病に効く万能薬として密やかに取り引きされる即身仏も、効能は梅や紫蘇と同じなのである。

 刹那にしてみれば、大金を払ってまで効果も定かでない鎮痛剤を手に入れることに意味を見いだせない。金の無駄と考えている。

 男が「ええ……」とあからさまに落胆した。こいつも高い薬に夢を見ていたのだろうか。


「嘘だろ……いくらでも出すって奴もいるぜ」

「それは出す方の勝手です。病は気からというし、木乃伊も効くと思って飲めば何かしらに効きますよ。不老不死以外になら」

「辛口だな」

「だって見たことないし、見たくもないし。見たいですか、干からびた異国人?」

「身もフタもねえな。え、じゃあ、梅すごくね? 木乃伊と一緒?」

「はい、梅は凄いんです。もっと称えるべきです」


 何故か得意げに答える刹那である。

 男は顎をさすりさすり、考え込む様子を見せると、おもむろに刹那の目を捉えた。


「アンタを目利きと見込んで頼みがある。俺と一緒に、龍宮に行ってくれ」

「え?」


 面食らう刹那に、男は「今すぐじゃねえよ」と笑う。


「その天下一品の料理を食うには、居酒屋じゃねえんだ、さすがに今日すぐはいけねえ。そうだな、明日また、この茶屋の前で、どうだ」


 不老不死の秘薬が何かは知らないが、少なくとも珍しい薬効の料理が見られるのは確かのようだ。

 刹那の中で、この男と龍宮へのうさんくささより、薬への好奇心が勝った。 


「貴方のおごりなら」

「よし、決まり!」


 男はニカリと破顔する。とたんに子供っぽい顔になり、名乗った。


「俺ァ、人形町の吉也(きちや)ってんだ。仲間からは次郎吉とか呼ばれてる。建具職がどうも性に合わねえんで、辞めて暇してるとこ」

「人形町の、次郎吉さん」


 人形町といえば天下の日本橋の町である。両国まで来るような遊び人なら、おごらせることに刹那の迷いはない。最初からないが。

 それにしても、番付にくわえ、吉の字にも縁がある日である。


「深川三養堂の、長尾刹那といいます」

 


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