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蓬莱の玉の枝・3

 大川端に、吉次の亡骸があがった。

 自ら飛び込んだとは考えられぬという。言いにくそうな手代に、刹那も声を落とす。


「お調べでは、何と?」

「吉次はつい先日、女将を罵ったすえに暇を出されて、飛び出したきりで……。なので、お仕着せのまま大川に浮いていたのです。だからすぐ、うちの者だと知れました」

「柳水亭さんは皆、揃いの柄ですしね」

「はい。そのせいで、その……女将に、突き落とされたのではないかと、疑われまして」

「そんな単純な……」


 大の男を、女性の手でそんなに簡単に突き落とせるものだろうか。それほど恨みがあるなら、あの女将なら旦那であるご隠居に相談してるに決まってる。

 刹那は、町方の短絡的な紐づけに腹を立てた。人となりを全く見ていない。

 女将の志づ香は、それを聞いて己を責め、伏せってしまったのだという。

 言葉はきついこともあるが、人のつらさをよく知る優しい女将だ。きっと今ごろ、ご隠居が精一杯看病しているに違いない。


「分かりました。すぐ向かいます」

「お願いいたします。……それと、申し上げにくいのですが……」


 手代は再び、刹那のうしろで騒いでいるふたりを見やる。


「居酒屋のつまみ番付なら、今日は大関を注文しようとか使えるけど、剣術道場番付なんて誰の何の役に立つのさ」

「道場破りだろ。お、ここにもいい道場あるじゃねえか、ちょいとつまんで行くか、みたいな」

「え〜、私、つままれるのか〜」


 何の話をしてるんだろう。

 手代は聞かなかったことにした。


「……吉次は、うちを飛び出したあと、賭場に数日入り浸っていたことが分かりまして」

「賭場ですか?」


 刹那は、手代の言わんとすることを察した。

 本所深川の廃寺や放棄された長屋には、無宿者が多く住みついている。派手な悪さをする以外は取り締まりも緩い。数が多すぎてやってられない、というのが現状だ。

 弥九郎の無法組はじめ、やくざ者らは、そんな場所で賭場を開帳するのである。


「……やくざ者は、むしり取る金がなければ、着物や褌まで取ると聞きます」

「……そうですね」


 正直、褌は初耳だった。

 取った方がそれをどうするのか刹那は気になったが、今はどうでもいい。


「吉次は……右手の小指が、切り取られていたのです」

「――!」


 やくざ者の見せしめのひとつである。

 博打に負けて有り金も底を突き、着物、褌も失えば、あとは体で払えということになる。

 つまりは。


「柳水亭の皆さまは、弥九郎の賭場を疑っている、ということですか」

「いえ、町方がそのような話を……。私どもは、ご隠居が、あの人はそんなことはしないと申しておりますので……」


 それでも賭場を開くやくざ者である以上、疑いの目は向くのだろう。ましてご隠居ほど、奉公人も町方も、弥九郎を知らない。

 現にこの手代が先ほどから、ちらちらとうしろを気にするのは、弥九郎が下手人ではないかと疑っているのだと刹那は察した。

 不愉快だった。


「弥九郎」


 刹那は手代を前に、うしろに声を張る。

 手代がぎょっとした。やくざ者に堂々と告げ口する気の刹那を、非難がましく睨む。


「あ?」

「お前、吉次って人を殺したか?」

「ハイって言ったらどうすんだよ」


 至極もっともな弥九郎の返事であった。


「本人はこう申しております。ご心配を拭えず、まことに申し訳ございません」


 慇懃な弁解を、刹那は手代の疑いへの返事とした。

 賭場に出入りしたことはないので、絶対に弥九郎が関わっていないとは言えない。

 しかし、幼なじみの性格は知っている。弥九郎なら相手が一文無し、もしくは着物が気に入ればそれも頂いて、それで終わりだ。

 指を切り取って借金のかたにするなど、そんな陰険なことができる男ではない。

 幼なじみを見下げられて、腹が立った。思いきり皮肉を込めて言い返してやると決めた。


 弥九郎が下手人であれば、さぞかし町方は楽であろう。

 殺された者の奉公先は、隠居が深川の医者に掛かっていて、その医者には同居するやくざ者がいる、と勝手にぽんぽん餌が出てきたのだから。

 冤罪は調べる者の怠慢から生じるものだ。噂だけで下手人を決めるなど、言語道断であった。

 やくざ者をやくざ者というだけで人殺しの疑いをかけたのが、刹那は我慢ならない。

 患者に向ける笑みとは全く違う、黒い笑みを浮かべて刹那は返答した。

 

「うちにはまだ、町方はお見えになっておられませんね。足を動かして、調べるべきことをお調べになってから人を下手人扱いなさるよう、皆さまによろしくお伝え下さい」


 よろしくと言うが、はっきりと自分に対しての棘であると、手代は受け取った。


「では、お待ちしております」


 ご隠居と女将お気に入りの医者の機嫌を損ね、バツの悪くなった手代は、そそくさと三養堂をあとにする。

 塩を撒きかねない刹那の背後では、いささか照れた顔のやくざ者が、鼻の頭を掻いていた。



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