蓬莱の玉の枝・2
障子を開ければ、流れ込む風が冷たい。
色白でしゃきしゃきしていたものが、枯れ草みたいに細く頼りなくなった。
「充分に乾いたかな」
刹那は三養堂の二階で、切り干し大根の収穫にいそしんでいた。
裏長屋の貧乏絵師、黒文字瓜実に手伝ってもらいながら干しに干した大根だ。
(あとで瓜実さんにもおすそ分けしよう)
あれから瓜実とは、おかずを分け合う仲である。
わしづかみして、反故紙で包む。
切り干し大根は、人参、油揚げといっしょに醤油で煮てよし、味噌汁に入れてよし、保存のきく万能食材だ。
刹那は、軽く戻したものを塩もみしただけの浅漬けが好みである。干した分、干し味とでも言うような味が加わっている気がする。大根の苦みも消えて、噛みごたえがあって良い。
日当たりのよい二階の廊下は、細く切った大根が敷きつめられた笊で埋もれている。
鴨居にも鍵を引っかけ、逆さまの傘みたいな形で、縄で笊を吊っていたりもする。
毎日律儀に帰ってくるわけでもない同居人ふたりの部屋の入り口を塞ぐことなど、刹那はどうとも思わない。
刹那が大量の笊を抱えて二階から降りてくると、その同居人のひとりが、大きな紙を睨みつけて「むうー」と口を尖らせていた。
「やーっぱり、うちは載らないんだなあ」
「そりゃあ、な」
「誰がどこに目をつけてるんだろうねえ」
刹那の居室で茶と饅頭を相手にくだを巻くのは梅之助だ。二階に行けないためここにいる。
刹那は切り干し大根の小さすぎるものを水を張った鍋に放り込みつつ、梅之助に相槌をかえす。
「番付なんて載らない方がいい。柳水亭は、ひやかしの客が途切れなくて大変らしいぞ」
「あー、柳水亭はそうだろうね。去年は小結だっけ」
年末が近づくと、今年人気だった医者を相撲の番付に見立てて発表する『医者番付』なるものが出る。
医者に限らず、料理屋、全国の温泉、居酒屋で人気のつまみ、豆腐の料理など、様々なものが番付される。
正式な格付けというより、読んで楽しむものだ。
医者番付に名前が載ると患者の数も売り上げも跳ね上がり、一気に名医の箔が付くので、おそらくは載りたい医者の方が多いのだろう。
三養堂の名前がないのは、理由がある。
「それに、外科は載らないだろ。佐治施療院ですら載ってないんだから」
「ひどいよね。本道以外は医者じゃない、って感じがさ」
番付に載る医者は、すべて内科の医者である。
内科医は自らを医術の根本、本道と呼び、骨折切り傷を診る医者を外道の医者、外科とさげすむ。
彼らの差別心をそのまま映したのが医者番付なのだ。
「この番付の版元、賄賂が集まりすぎて店の皆でお伊勢参りしたって噂だよ」
「そうなってくると、もう番付も商売道具だな」
「金で順位を上げたら、負けじとさらに金を積む奴が出てくる。そりゃ版元は儲かるよね」
同じ医者である外科を排除し、さらに金を渡して番付を上げてもらう。
「ハイホウと 大きく言えと 流行り医者」
などと川柳に歌われるくらいである。
ハイホウは四つ手駕籠の掛け声だ。
人気の医者は、庶民にはとても金を払えない贅沢な駕籠に乗ってやってくる。
医は、仁術でなくてはならぬはずである。
中にはまっとうな医者もいるのだろうが、番付に載っている医者の腕など信用できたものではない。
医は算術だ、というのがおおかたの江戸庶民の認識である。
それでも三養堂は載る権利がある、と梅之助がねばる。
「でも、せっちゃんだって漢方も処方するし、体を診たりもするじゃないか」
「するけど、うちは先生の口利きで借りた店だからな。最初から佐治施療院の暖簾分けだと見られてるんじゃないか?」
「納得いかなーい」
ただの読み物に何をそんなに、と刹那が苦笑していると、がらりと三養堂の戸が開く。
「お、梅。見たぞ、おめでとさん」
珍しく明るいうちに弥九郎が帰ってきた。
梅之助の姿を見止めると、にやにや笑いながら一枚の紙をひらひらさせる。
「お前の道場、載ってるぜ」
「うそ!?」
どう聞いても喜びの悲鳴ではない。
弥九郎からひったくるように番付を奪うと、梅之助は右上から順に目を滑らせる。
「やめてよ〜、冗談でしょ〜、見間違いだよ絶対〜」と呪詛が聞こえる。ついさっきまで番付に載りたがっていた男がだ。
「ちょっと弥九郎、どこ?」
「東の前頭の、何枚目だったか」
ご愁傷さま、と刹那が笊を片付けるところへ、戸口を叩く音がした。
「刹那先生、おいでですか」
「あ、はい」
聞き慣れた声だ。でも、往診には一昨日行ったばかりなのに。
戸を開けると案の定、柳水亭の手代の姿があった。
「どうかされましたか?」
「実は……」
手代は、ちら、と刹那のうしろを見る。
「九門館は商売繁盛、いいじゃねえか」
「よくないよ、ひやかしの相手なんて。師範代が張り切ってるから私は遊んでられるのに」
よし、聞いてない。
手代は困った顔で、刹那に伝えた。声を最低まで抑える。
「うちの板前だった男の土左衛門が、大川で上がりまして」




