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深川寺町怨面影・11

 ひと暴れを待ちかねた武芸者らの目は、爛々と輝いている。相手が将軍の御落胤だのと御託を並べてきても一笑に付す勢いで。


「悪党共! 貴様らの企みはお見通しである!」


 集団から進み出たのは奥野桂馬。門弟を率い、最前列にいる。


「江戸に火を放ち、天下に混乱を招き、将軍の座を簒奪せんとする悪辣な輩よ! この雷帝鬼神流」

「花川戸の助六が放っておかねえってんだよ!」


 桂馬を押し除けて、助六が一歩前に出る。

 先に名乗られたのが気に食わない様子だ。

 黒の紋付、紫縮緬(むらさきちりめん)の鉢巻に蛇の目傘をばらりと拡げ、下駄を鳴らして見栄を切る。


「おうおうてめえら、こちとら喧嘩は上等だが、火事と説法は迷惑千万だ。俺と江戸の華を競おうなんざ百年早えぇ。生臭坊主は引っ込んでなっ!」


 花川戸、浅草界隈の侠客らが、隈取りだの注連縄(しめなわ)に鈴だの、派手な(なり)で助六の脇を固める。

 観客はおらずとも、喧嘩は傾奇者(かぶきもの)の晴れ舞台である。みすぼらしい格好などもってのほかだ。

 稽古着にたすき掛けの桂馬は「ふん、目立ちたがり屋め」と鼻を鳴らした。

 傾いた集団の隣では、無法組と白旗組がバチバチ睨みあっている。一触即発である。

 それらを一箇所に集めた張本人らは若干引いていた。


「おい梅、あの正義の味方、腕は立つのか?」

「弱くはないと思うんだけど……一応師範代とか言ってるし」

「門弟は腰が引けてるみたいだが……」

「せっちゃんこそ、アレどうしたの」

「着飾る必要ねえだろ」

「いや……、せっかく作ったやつ着れるから嬉しかったらしくて」

初詣(はつもうで)かよ」

「弥九郎のとこのは……大丈夫?」

「だいぶ揉めてるな」

「まあ、普段から揉めてるからな」


 相手のことは言えないほど烏合の衆であった。

 輿の上から意休の目は、三養堂の面々を見留めていた。

 上出来、と言わんばかりに白髭に笑みを浮かべ、不機嫌な吉家と輿を並べる。


「よく、ここを通るとお分かりになったな、刹那どの」


 義助の刃からは逃れたようだ。

 意休としては、愛弟子を斬り刻まれた佐治陣内の顔を見てみたいという、それだけの欲求であった。多少予定が狂っても、特に驚くことではない。

 櫓下で弥九郎と遭遇はしたが、根城をつかまれてはいないはずだった。

 永代橋にこれだけの戦力が揃うとは、意休の誤算ではあった。舐めていたのもある。

 刹那は川風に冷やされた拳を握り、かつての迷惑客だった白髪爺に声を張る。こいつが義助をそそのかした。刹那の目に怒りが籠る。


「将軍家だの源氏だの(ぎょう)々しい男に、お前が八幡宮を勧めないわけがないだろう!」

「御名答」


 意休が膝を打つ。

 天下人は源氏と平氏が交互に務めるとされていて、織田が平氏、明智が源氏、豊臣が平氏、徳川が源氏といった具合である。ただし、豊臣と徳川は欲しいと強請(ねだ)って手に入れた姓なので、血統については眉唾だが。

 源義家は、鶴岡八幡宮を厚く敬い、八幡太郎義家と名乗った。

 義助から源一坊吉家の人となりを聞いた刹那は、将軍家を自認する吉家が根城とするなら、源氏と縁の深い富岡八幡宮ではないかと考えたのだ。

 とすれば、梅之助の耳にした『橋向こう』の意味もわかる。

 敵は、橋のこちら側に居る。

 富岡八幡宮から江戸市中に向かうなら、渡る橋は永代橋である。

 隅田川にかかる橋は五本。

 千住大橋は佐治施療院が、両国橋、吾妻橋、新大橋は本所両国の無頼者らが護る。これらは万が一の用心である。

 深川の橋は深川の者が護る。永代橋に三養堂が結集したのは当然であった。


「で、あれが将軍の御落胤って野郎か。思ってたのと違うな」


 弥九郎が、松明に照らされる源一坊吉家を見世物のように扱い、梅之助が苦笑する。


「将軍の御落胤にかける言葉じゃないよ」

「思ってたのは何なんだ?」


 本来は弥九郎の手綱を握るべき刹那だが、今日は別だ。牙をむき出す獣を、止める気はない。


傀儡(くぐつ)だと思ってたら、バカ殿だったわ」

「蹴散らせいっ!!」


 弥九郎の暴言が聞こえでもしたか、吉家の号令が輿の上から発せられた。

 行列の先頭にいた弓組が、一斉に矢をつがえる。

 矢には油を染み込ませた布が巻かれている。松明持ちが、最前列に進み出た。


「させるかあっ!!」


 桂馬と助六、弥九郎の突撃は同時であった。

 木刀を手にした集団が、行列に襲いかかった。

 真剣では戦わない。

 助六ら侠客と、無法組の無頼者らは、喧嘩に木刀など野暮だと文句をたれたが、三養堂の三人は許さなかった。

 幻惑されているだけの彼らは、喧嘩の意思などない。望んで刀を握っているわけではないのだ。その彼らを斬り殺すなど、人でなしのすること。

 ことに白旗組は仲間を操られているのだ。斬るなどできぬ。


「すまねえ、恩に着る」


 白旗組の組頭は、弥九郎に小さく礼を述べた。無法組とバチバチしている若衆らに聞かれては、色々面倒だからである。弥九郎も、にやりと笑っただけだった。


「弓だけ狙え!」

「わかってら、指図すんな!」


 桂馬の指示を待たず、助六は弓に一撃喰らわせた。弦が切れ、相手の手から弾け飛ぶ。矢は足元に落ちて火の粉を撒いた。

 しかし、その穴を庇うように、弓組の背後から刀持ちが踊り出る。切っ先が助六の顔を狙う。

 (かん)、と硬いもの同士がぶつかる音。

 梅之助の振るった木刀が、刀の切っ先を弾き飛ばす音であった。

 助六は顔に穴が空くところを救われた。


「あっぶねえ、助かった!」

「一対一の喧嘩しかしてないからだよ」


 梅之助の忠告が、近くにいた桂馬の敏感な部分をチクリとする。

 弥九郎はひとり、舟の櫂を担いで来た。

 剣の心得がないので、木刀とそれより長い木の棒、どちらが得かを考えただけである。

 振り回す膂力(りょりょく)さえあれば良い。

 

「うらあっ!!」


 ふ、と風を感じた瞬間、骨の砕ける音と共に、刀持ち数人がふっ飛ばされた。

 刀の数倍の重さと長さをもつ櫂の一撃で、刀も弓も圧し折れる。死にはしないが、重傷者多数。味方ですら近づきたくない、悪鬼のような男である。

 永代橋のたもとは、蟻一匹通さぬ大乱戦となった。


長くなっております……。

つ、次でこの編終わります……!

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