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恋鞘当三本勝負・6

【三ツ葉屋お兼、湯島に家あり。門から屋敷まで飛び石を配し、庭の松、梅の木も見事なり。

 一女あり、名は千花(ちか)。齢十七、色白く、品よく、顔かたちの美しきこと、花の匂わんばかりなり】

【よく訪ねくる身なりの良き男あり。薬種問屋三ツ葉屋の主という。近隣の親しき者にお兼いわく、お千花の父という。妾腹にて後継ぎになれぬと、お兼の嘆くこと、はなはだ多し】……


「すごいな。よく調べたものだ」


 普段、お世辞など言わない刹那が手放しで褒めた。

 梅之助に宛てた奥野桂馬の調べ書きは、探ってほしかったこと全てを詳細に記してあった。

 多少、気になるところもあるが。


【右太ももに、黒子(ほくろ)がみっつ】


「おい、こいつ絶対床入りしてるぞ」


 弥九郎もつついた。一部が詳しすぎるのだ。着物の中のことなど、外から分かるわけがない。

 そこは梅之助が苦笑して、非を認めた。


「まぁ、どういう理由で探ってほしかったかを桂馬さまには伝えなかったからねぇ。家に入るなとも言ってないし。本人に突撃しちゃったのかも」

「お前がここの娘に懸想してるとでも思ったんじゃねえか? それで、はりきって」


 刹那も、もう一度目を通して「ああ、そうか」と頷く。千花という娘を褒めちぎっているのは、そうも受け取れた。


「それで、この長ったらしい弁解か」


【小生、誓って淫行に及ぶにあらず。茶に招かれ、親が留守との娘の誘いに乗ったまでのことにて、されども、断固辞せぬ己を恥じ入るばかりなり。まことに】以下略。


 襲ったわけではなく、娘が誘ってきて一線を越えたのだと長々と綴られている。


「これは信じられるか、梅?」

「まあ信じる、かな。ここまでご自分を卑下するなんて、本来する人ではないだろうから」 


 だとすると、桂馬は梅之助の恋を成就させるために一肌脱ごうとしたのだ。結果、食われたが。

 あの奥野桂馬が、と三人はほんわかする。幼少の頃、梅之助を半殺しにした男が。

 娘の話で、ふと刹那が気づく。


「そういえば、何故、お兼に娘がいると思ったんだ? 見たのはお兼だけだったんだろう?」

「ああ、弥九郎のあれだよ。『粋な黒塀、見越しの松』」


 三ツ葉屋の主が妾(男)を囲っているかも、という弥九郎の悪ふざけだ。

 風光明媚な湯島は、裕福な旦那衆の別邸も多い。愛人に屋敷を与えて囲うなら絶好の場所だろう。

 湯島でお兼を見かけた梅之助は、お兼こそが三ツ葉屋又八郎の妾なのではと察した。

 そして、小路から出てきたお兼が持っていた風呂敷包み。


「お兼はだいたい、お十美の着物と揃いの色の風呂敷を持ってるんだ。私が見たのはいずれも赤や薄桃色だった。けど、あの日お兼が持ってたのは、青い風呂敷だった。もちろん、風呂敷をいくつも持ってるのかもしれないけど、青い小物なんかをお十美が持ってたことはない。青が好きな別の誰かがいるのかも、って」


 息子だとは思わない。であれば堂々と跡取りとして迎えれば良いのだ。

 いるのは娘だと断定できた。


「ともかくこれで、三ツ葉屋の腹は知れたね。三ツ葉屋又八郎と乳母は、お十美を殺して、お千花を後継ぎに据えるつもりだ」


 梅之助は、頭に入ったことを反復する。

 世間にはどう映るだろうか。金離れがよく、三人もの男を許嫁候補としていた『浪費家で男好き』な娘お十美は、そのうちのひとりと『駆け落ち』した。

 不貞な娘を勘当し、又八郎は最愛の妾の美しい娘を後継ぎとする。表向きはめでたしめでたし、である。『駆け落ち』役の旗本家も、大金千両が懐に入って万々歳。


「お十美以外、誰も損しねぇな」


 弥九郎が吐き捨てた。腐った魚を食わされたような嫌悪に顔を歪める。

 刹那も秀麗な眉をひそめて、薬種問屋仲間の話をつけ加えた。


「三ツ葉屋は、だいぶ前から妾の娘を迎えることを決めてたんだろう。商売仲間が、お十美にうちの(せがれ)をと縁談を持っていっても、全て断られていたそうだ」

「そのうちの一番いいのを、お千花とくっつけるつもりだろうぜ」


 こうまで邪魔にされるお十美が不憫だ。彼女がいったい何をしたというのか。

 けれど、と梅之助の顔が曇る。


「私たちがどうこうできる話ではないんだよね。お十美のためにと父や乳母を斬っても、誰も喜ばないし得もない」

「斬る、って」


 刹那が驚いてたしなめる。

 千住の侠客にべったり甘やかされているが、未だにそれを侠客の甘やかしだと知らない彼である。

 人の表の顔を疑わないので、梅之助がときに人斬りになることも、弥九郎が侠客の一味であることも知らない。

 なので、たまにボロが出ても気づかない。


「あ、えーと。例えば例えば」

「たーとーえーばーのーはーなーしー」


 なので、梅之助と弥九郎の取りつくろいがド下手くそでも問題ない。

 ふむ、と梅之助が思案する。


「要は……お十美が後継ぎになるならないは別として、親父と乳母をぎゃふんと言わせたい、だね」

「それだ!」

「異議なし」


 ふたりも同意した。

 赤の他人がお十美にできることは、それくらいだろう。おせっかいと言われたら、それはそれだ。

 すると、悪戯っ子の笑みで弥九郎が身を乗り出す。こういうおせっかいが大好きな男だ。


「だったら……三本勝負はまだ一本残ってるな?使えるかもしれねえ」




 月見の屋台が立ち始める。

 残暑の蒸し暑さも夜には去り、十五夜を待ち切れない人々が、焼き芋屋などをひやかしている。

 両国の花火や飛鳥山の花見などと並んで、月見は江戸の娯楽である。

 豊作を祈り、鈴虫の声を聴き、豆や芋を食べながら観月の宴をするのだ。だから十五夜の月は豆名月、芋名月とも呼ばれる。

 もちろん、出る屋台が豆や芋で済むわけがなく。

 上野も寛永寺境内から下谷広小路まで、握り鮨や天ぷらなど様々な屋台が出て賑わっている。

 そんな月夜の不忍池、池之端の人混みで、大きな声が上がった。


「三ツ葉屋お十美! お前との縁組を、破談にする!」


 突如として始まった痴話喧嘩らしき騒ぎに、ほろ酔いの人混みも割れる。

 なんだと見れば、濃桃色の振袖の可愛らしい娘を、青い振袖の美しい娘と侍が一緒になって糾弾していた。

 侍は、桃色の娘、お十美にびしりと指を突きつける。


「お前は俺の許嫁でありながら、他にもふたりの男と不貞をはたらいていたそうだな! そんなふしだらな女と、結婚などできぬ! 旗本家の俺には、このお千花こそふさわしい!」


 なんか読んだことある。

 遠巻きに眺めている月見の客は、黄表紙をもとにした芝居か、と思った。普段から噺家の小屋だの、旅の演劇一座の小屋だのがかかっている立地だ。

 お十美はわけが分からない顔で、戸惑うばかり。


「え、名古屋さま……そのかたは?」

「ふん、顔も覚えておらぬか。お前に追い出され別邸で暮らしていた、腹違いのお前の姉だ! 本来ならばお千花こそが、三ツ葉屋の跡取り娘よ!」


 美しい娘は、お千花というらしい。

 お十美を桜とするなら、お千花は蘭を思わせる。しとやかな中にも華のある大人びた色気の娘であった。


「ごめんなさい、お十美さん。山三郎(さんざぶろう)さまが貴女の許嫁と分かっていたのに……。でも私、山三郎さまと運命を感じてしまったの!」


 お千花が、よよとシナを作って山三にすり寄る。その肩をしっかりと抱く山三は、遠からん者は音に聞けと声を張り上げた。


「お千花から聞いたぞ。お前は家の金を男漁りにつぎ込み、とっかえひっかえ男を食っていたそうだな! 親の留守中に男を家に招き、淫奔の限りを尽くした! しかも、お千花の殺害計画まで立てていたと!」

「知らないわ。何のこと?」

「とぼけるな、証人もいるのだ!」


 名古屋山三が袖をひるがえすと、人混みの中から男がふたり、滑り出た。

 ひとりは黒地に雲と稲妻をあしらった派手な着流し。いまひとりもまた、紺地に赤い(たこ)が踊る奇抜な着流し姿の男。いずれもふてぶてしく、山三の横に並ぶ。

 稲妻の男が進み出た。


「俺は、三ツ葉屋の跡取り娘を殺すよう使いの者に頼まれた。成就したあかつきには、千両の大金を払うと言われたな」


 見物客がざわつく。金額盛ったなーというざわつきである。さすが黄表紙、荒唐無稽が売りだ。

 蛸の男も進み出る。


「俺ァ、食われた男の知り合いでね。可愛い顔して食い千切られる、と悲鳴を上げてたぜ」


 周囲の男客らが笑って股間を押さえる。お千花は恥ずかしそうに、山三の袖に顔を埋めた。


「お十美さん、貴女って人は……はしたない!」

「これほどの証人がいて、言い逃れはできまい!」

「その話、少々お待ちを」


 好奇の視線が集まる中に、のほほんとした声が割って入った。



一度やってみたかったんですよね、断罪イベント(笑)

楽しいですね!(笑)

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