恋鞘当三本勝負・3
旗本と御家人の違いは、将軍にお目見えできる身分かできない身分か、である。
旗本家は子供が元服する前あたりまでに、将軍への挨拶が許される。そこで利発さを気に入られたりすれば、将軍家のだれそれのお側に……などの道が拓けるのだ。
石高は家によってピンキリだが、有事の際に家来に槍を持たせ馬で駆けつけられるだけの給金を貰うのが旗本、家来を養うほど金の余裕がないのが御家人、とも区別できる。
ただ、次男三男らの置かれる境遇は、旗本も御家人も変わりない。
家も継げず手に職もなく、肩身も狭く冷や飯食いと呼ばれ、次第に腐っていく。
幕府の初期には、そうしてはじき出された彼らが徒党を組んで暴れまわる、旗本奴という輩が大勢いた。天井が高い分、長男との落差をより感じることになるのだろう。
不破伴左衛門も、そういう男であった。
かつての旗本奴よろしく稲妻組なる郎党を引き連れた男は、黒地に雲と稲妻をあしらった派手な着流しに、腰には熊毛の大小を提げ、赤く染めた深編笠を被って、上野寛永寺境内に現れた。
「着物がうるさい……」
思わず本音を漏らす梅之助である。
絵に描いたような悪目立ち。派手な着物は弥九郎も好むが、ここまで舞台衣装じみてはいない。好奇の目を集めつつ、ここまで歩いてこれる度胸には恐れ入るが、並んで歩きたくはない。
「あれが、お前さんの縁談相手かい?」
かたわらの十美に問いかける。
「そうよ。剣術しか取り柄なさそうでしょ?」
「というか、やんちゃが過ぎるよね」
とても結婚する気があるように見えないのだが。嫁を取って落ち着けという親心かもしれないが、だとしたら嫁の人選が微妙だ。
境内は広く、背の高い木が山全体に繁る。人目が届かず、喧嘩をするには十分。
十美が『私、強い男が好きなの。この男と戦って勝てないなら結婚は断るわ』という旨の文を出したところ、狙い通りに『ならば戦おうではないか』と場所を示してきた。
伴左衛門は編笠を取ると、対峙する梅之助を睨みつける。
「神田明神下、不破伴左衛門信則と申す」
儀礼的に名乗る。声に多少の怒りが含まれることを、梅之助は感じた。
好いた女を横からかっさらおうとしている男には当然であろう。かっさらう気はまったくないが。
「上野下谷、雲居梅之助宗親と申します。この度はこちらの勝手な申し出にお応え頂き、まことに恐縮至極。何とぞ、ご無礼お許し頂きたく存じます」
丁寧に頭を下げると、横で十美がぽかんとしている。
「貴方、ちゃんと挨拶できるのね」
「何のことでござるかな?」
梅之助はすっとぼけた。
武家同士、しかも相手の身分が上。本来の口の利き方である。奥野桂馬への横柄な口は、わざとだ。
「それで、そちらの見届け人は」
「ここにいる私の乳母よ。あなたが許嫁にふさわしいかどうか、お父つぁんにちゃんと言ってあげるわ!」
「左様か」
伴左衛門は、女児のままごとに付き合うかのように、気のない返事をよこした。
果たし合いには互いに見届け人が要る。
梅之助の見届けは、十美の乳母、お兼が務めることになった。むすりとした三十路の女は興味もなさそうに、この事態をただ眺めている。
相手の見届け人が見えないが、まさかうしろの殺気立つ面々だろうか。梅之助にとっては何度か見た光景なのだが。
「つかぬことを伺いますが、そちらのお連れさまがたは……」
「見届け人である」
そのまさかだった。
無理がある、という目を梅之助と十美が向けると、さすがに強引な自覚はあったのだろう、伴左衛門は「疑いはもっとも」と、うしろの面々に下がるよう命じた。
「手出しはせぬよう申しつけておる。必要とあれば、木にくくりつけるが?」
「お願いします」
面々は目を剥いた。
「昔、多勢にそのような手を使われて、手非道い目に遭いましたので……」
ふにゃりと梅之助が苦笑すると、郎党のひとりがやにわに叫んだ。
「そうだ、雲居、たしかそんな名だった! 十かそこらのガキが、二十人の道場仲間を叩きのめしたって……あれ、てめえか!」
ざわめきが駆け抜けた。「馬鹿言え」「ただの噂だろ?」と、この場でも信じない者の方が多いようだったが、伴左衛門は明らかに目に輝きが宿った。
「そう言えば昔、聞いた気もするな。まことなら、願ってもない手合わせだが」
「子供二十人と無頼者二十人では、わけが違いましょう。ぜひとも、木にくくりつけて頂きたく」
「そうしよう」
「お頭ぁ!」
伴左衛門の提案は、郎党の哀願むなしく実行された。
三人一組で各々帯紐を解き、相手に木に結ばせる。痛ぇのきついのと罵り合いながら、伴左衛門と梅之助のふたりのみが対峙する形を作った。
伴左衛門は、はなから加勢させるつもりで郎党を率いてきたわけではない。このふざけた決闘を仕掛けてきた十美への抗議であり、脅しである。
縁談は家同士の思惑あって決めるもの。娘の勝手で許嫁を除くようなまねが許されるはずがない。『強い男』とやらにそそのかされたのだろうか。
その男も男だ。負けるはずがないと言っているような文だった。うぬぼれが過ぎる。卑怯なまねに及んだときは、遠慮なくこちらも加勢させてもらおう。そう思っていた。
雲居梅之助という男と相対して、いらぬ勘繰りであったと、あっさりその考えを捨てた。
(こいつは、決闘を望んでいない)
十美に雇われた、いや、巻き込まれた武芸者であろう。
(こいつはおそらく……俺と同類だ)
武家の冷や飯食い。自分の価値を家に、身分に求めることができない。
ゆえに、武芸を極めんとする。乾いた喉を潤すように仲間を求める。自分の居場所を求めて。
本当は誰かの役に立ちたいのだ。
「梅之助とやら、これを使え」
伴左衛門は郎党が持っていた木刀を、梅之助に手渡す。自身も木刀を手にした。
「細工はない。もしあったら腹を斬る」
「かたじけのうございます」
梅之助は、伴左衛門の心意気に感謝した。
果たし合いは、当然だが真剣での決闘である。片方が死ぬまで戦う。もう片方も無事ではすまない。
木刀を用いれば、果たし合いにはならない。
これはただの手合わせであると。命を張るほどの価値がこの決闘にはないと、伴左衛門は言っているのだ。
梅之助と剣を交えてみたい、それだけが伴左衛門のまことであった。
もはや十美の許嫁の座など、どうでもよかった。
「がんばって! 勝ったら私の旦那さまよ!」
「ガンバルヨー」
心がこもらないにも程がある返事をして、梅之助は構えた。「自分を取り合う男を見て悦に浸りたいんだろうさ」という、鉄山の見立てがよみがえる。
梅之助には、負けられない別の理由があった。
「胸をお借りいたします」
「ほざくな。来いっ」
ニ間ほどの間を取って対峙する。
梅之助の後方で、興奮気味の十美が「はじめ!」と合図した。
両者が地を蹴り、中央でカーンと拍子木の響きに似た音がした。硬い木刀の芯と芯が、寸分違わず命中した音だ。
綺麗な響きは見ている者の耳に美しい余韻をいつまでも残し、木立に消えてゆく。
余韻の中で、打ち合いは続いていた。
梅之助の足払いは伴左衛門の下段斬りに阻まれ、燕返しで昇ってくる刃は梅之助の刃に流される。
いったん離れても、また両者同時に打ち込む。息がぴったりの、舞の稽古を見ているようだった。
「お頭、笑ってらぁ」と、郎党のひとりが呟く。
カン、と幾度目かの交錯で、真剣で言う鍔迫り合いに入った。力試し、押し切りの体勢である。
内緒話にはもってこいの体勢でもある。
「そなた、本当にお十美を拐うつもりか?」
伴左衛門がこそっと問うてきた。
「あれは馬鹿だ。贅沢することしか頭にないぞ」
「眼中にもありませぬ。私は、深川で医者をしておりまして」
梅之助の白状に、伴左衛門は驚く。
「これに勝ったら、試作した薬をお十美の店に置いてもらうと約定したのです」
「な、なるほど……それは負けられぬな」
「不破さまは、何故そんな馬鹿に懸想を?」
「懸想? いや、俺は家の駒だからな。薬種問屋の娘を嫁にもらえと父から押し付けられた。おそらく金絡みだろうが」
「懸想ではない……」
ぐ、と木刀が押され、梅之助はいったん距離を取った。
正眼に構えたまま間合いの外で、伴左衛門の言葉を振り返る。
十美は「向こうが私を気に入っている」と自慢げに話していた。
武家の婚姻に、好意の有無は関係ない。後継のいない武家は取り潰されるため、養子を迎えたりして家の存続をはかるのだ。
わざわざ伴左衛門が十美を好いているかのように偽装するのは何故だろうか。十美の機嫌を取るため、それもなくはないだろうが。
そういえば、十美はきょうだいがいるのか?
兄弟がいれば嫁を、姉妹がいれば婿をもらって店を継ぐのだろうが、そんな話は聞いていない。
ひとり娘なら、有能な婿をもらって商売を継がせるのが定石だが。
(十美は、自分が嫁に行くと言っていた……)
つまり、家も継げず仕官の道もほぼない武家の男に、跡取りのはずの娘を嫁がせるということだ。
近々に身を崩す未来しか見えない。
(どちらの親も、何を考えて――)
うすら寒い結論に至ったとき、伴左衛門が動いた。
頭をよそにやっていた梅之助は手加減を忘れた。
五分の力で振り降ろされた斬撃を、渾身の力で払い除けてしまった。
「……!」
「――あ」
伴左衛門の手から離れた木刀は、殺人的な回転をしながら郎党の繋がれた木にぶち当たる。
ベキリと嫌な音を立てて木刀がへし折れた。数瞬遅れて、その木の郎党らは気絶した。
離れた場所では「勝ったっ!」と、十美がぴょんぴょん飛び跳ねている。乳母はそれでも無表情だ。
「負けたか」
びりびり痺れる手を眺めつつ、からりと伴左衛門は笑った。梅之助から木刀を受け取ると、教え子を諭すように向き合う。
「だが最後のは感心せんな。心ここにあらず、何を考えていた?」
「申し訳ござりませぬ」
言い訳もせず、だが言葉を濁してごまかす梅之助に、伴左衛門は笑いかける。
「なに、これで許嫁から解放されるのだ。むしろ俺の方こそ申し訳ない。あれを押しつけてしまうのだから」
あれ、と顎で差した先の十美は、輝くばかりの可愛いらしさで頬を上気させて、梅之助に駆け寄りたくてうずうずしている。
伴左衛門は芝居じみた仕草で腕を組み、顎を撫でた。稲妻の着流しと相まって、男ぶりが上がる。
「おかしいな。許嫁でなくなったら、あれが愛らしく見えるようになってしまった」
「あ、元に戻ります?」
「勘弁してくれ」
破顔するその面には、冷や飯食いとふてくされる旗本奴の面影はもはや、なかった。
梅之助が近づくと、十美は小走りで駆けてきた。
「私の目に狂いはなかったわ。貴方、やっぱり強いのね!」
「あちらは手加減なされていたよ。そうじゃなかったら勝てなかった」
「そうなの?」
相手は勝つ気がなかった、と十美でなく、乳母の兼の耳に入れてみた。少しは顔色が変わるかと思ったが、兼の鉄面皮はぴくりとも動かなかった。
勝ちは勝ち、とはしゃぐ十美は、腕を組んで梅之助に屈託ない笑顔を向けてくる。
「ねえ、鰻食べに行きましょ。精をつけなきゃ! 安心して、私がおごるから!」
自分に薦められている縁談を受けても受けなくても、親にどう扱われようとしているのか、この純粋で愚かな娘は知っているのだろうか。
梅之助は初めてこの娘を、不憫だと感じた。
「御家人の男?」
薬種問屋三ツ葉屋の主、又八郎は、娘の乳母からの報せに眉を寄せた。
報せといっても主と奉公人のやり取りではなく、愛しい妾を腕に抱き、着物の合わせ目に手を忍ばせ、豊かな乳房を揉みながらの睦言である。
「何だって、そんな男が。まさか、お十美に気でもあるのか? あの馬鹿娘に?」
「お嬢さんが縁組を破談にしようと、ない頭しぼって考えたんですよ。鍛練馬鹿の鼻っ柱を、武芸の達者に折ってもらおうって。医者だとかで、店に薬を置いてくれることを条件に。……あん、乱暴な」
「勝手なまねを……」
「ねえ、お嬢さんが全部破談になったら、あたしとの約定はどうなりますの?」
「大丈夫だよ、お兼。ちょうどいいじゃないか。その御家人の男に、お十美を」
「うふふ、旦那さま……」
兼は鉄面皮と着物を脱ぎ捨てると、尻の下で硬くなってゆく主を自分の中に納めて、妖しく微笑んだ。
R15付けたほうがいいのかな……付けます。
またまた歌舞伎の『浮世柄比翼稲妻』通称『鞘当』より、不破伴左衛門さんに登場頂きました。書いていくうちに好きになるのは意休とかと一緒です。こっそり梅之助のフルネームup。
剣豪小説ぽくってどう書けばいいんでしょうね!
面白い、興味あると思って頂けたら、ブクマや評価等お願いいたします。




