恋鞘当三本勝負・2
「本当に、酷い話なのよ」
お十美は、上野広小路に店を構える薬種問屋、三ツ葉屋のひとり娘だ。
三本目の串団子を頬張りながら、隣に座る梅之助に愚痴をこぼす。
「いくら私が見目好くてお年頃だからって、勝手にお嫁に行くことを決められるなんて! 私の話も聞いてほしいわ!」
(いや、私の話も聞いてほしいんだけどなぁ)
用事があったのに強引に道端の茶屋に連れこまれ、愚痴を聞かされている自分もそこそこ酷い扱いなのだけど。
梅之助は思ったが、団子をおごられているので黙っている。
十美は確かに人目を引く可愛らしさで、道行く人もちらちら見てはいるが、団子の食いっぷりの豪快さに皆、冷めた顔になる。梅之助ですらなる。
(育ちが出てるよ)
とは、うしろに立つ乳母が怖くて言えない。十六の娘が歯ぐきを見せて団子をかじるものではない。
娘はかまうことなく話を続ける。
「私には、三人のかたから縁談がきているの。どなたもお武家さまだから嬉しかったのだけど、聞いたら皆が皆、旗本の次男だの三男だのなのよ! お父っつぁんったら酷くない!? 私がお嫁に行くのなら、せめて長男じゃない!?」
それ普通じゃない?
梅之助は思ったが黙っている。
御家人と違って、旗本家の婚姻は制約が厳しい。長男、つまり嫡男に庶民の娘が嫁ぐなどありえないことなのだが。
実家が広小路の大店ということで、この娘の高い鼻がさらに高くなっている。
「次男三男なんて、うだつの上がらない男に決まってるわ。家も継げない余りものじゃない!」
梅之助は黙っている。
(余りもの。確かに的を射ている)
「しかも全員、鍛練馬鹿よ。剣を磨くしか能がないの」
梅之助は黙っている。
(武士から鍛練を取ったら何も残らないんだけどなぁ)
「だからお嫁になんか行きたくないの。嫁入り先が実家より貧乏なんてまっぴらよ。でも、お父っつぁんはお武家さま相手だから乗り気だし。向こうも私のことを気に入ってるから、本当困ってるのよね。それで作戦を考えたの。鍛練馬鹿なら、自分よりもっと腕の立つ男が私の許嫁だったら、あきらめて引き下がると思わない?」
「ソウダネ」
期待のこもった十美の眼差しに、まったく心のこもらない返答をして、梅之助は温くなった麦湯をすする。内心で、大きな大きなため息をつく。
こんな往来で見世物みたいなこと、するのではなかった。この娘に自分を売りこんでしまったようなものだ。
今から「私はしがない医者見習いです」と言っても、もう遅い。師範代だと息巻く男を、のしてしまったのだから。
「今から口入れ屋に、腕利きを回してもらえないかお願いしに行くところだったのよ。私、運がいいわ!」
と、満面の笑みで十美は梅之助の腕に抱きついた。断られるとは微塵も思っていない。
「貴方にお願いするわ! うまく許嫁を演じてね!」
「……そんなわけで、許嫁業をすることになりました」
「いいじゃねえか、そのまま結婚しちまえ!」
山脈みたいなでかい体を揺らして爆笑しながら、黒熊が大きな手で梅之助の背をどつく。茶を吹いた先では、鉄山もにやにやと昼飯後の茶をたしなんでいた。
十美に捕まって長々と愚痴と自慢を聞かされたおかげで、千住に来るのが昼過ぎになってしまったのだ。
梅之助は診療棟で昼飯時を過ごしていた鉄山、黒熊、捨松に、道中の出来事を語って聞かせ、爆笑を買っていた。
「え〜、嫌ですよ、あんなじゃじゃ馬。ひとりで勝手に走って行くんですから」
「まぁ、お武家さんに嫁ぐにしちゃあ、お頭が心配な娘だな」
鉄山が苦言を呈する。
武家への嫁入りは庶民の娘の憧れで、そこに至るには覚えるべき礼儀、作法が山ほどある。どこかの武家に奉公をして作法を身につけてから、というのが大前提だ。
旗本家に嫁入りするのは、さらに大変だ。家格の釣り合う武家の養子に入って、身分を揃える必要もある。十美にそれらの鍛練の跡はかけらも見えなかった。
あれでよく武家への嫁入り話など来たものだ、と梅之助は思う。
「百戦錬磨の鉄山さんから見ても、ダメですか」
「誰が百戦錬磨だよ」
「え、鉄兄さんて、百戦錬磨以外の何があるんです?」
茶のおかわりを運んできた捨松が、真顔で鉄山の戦歴を振り返る。
「昔、旅の一座に宿を貸して、一座の女全員を骨抜きにしてませんでした?」
「ああ、あったなァ。あれは羨ましかった」
ねー、と黒熊と捨松が声を揃える。
そんなことがあったのか。それは詳しく話を伺わなくては、と好色男を見る目つきで梅之助が鉄山を眺める。視線に多少の非難を感じとり、鉄山は苦笑で返した。
「俺が誘ったわけじゃねえからな」
「はい出た自慢。あたし、女遊びを武勇伝とか言ってる人きらーい」
つん、とそっぽを向く捨松だが、膳代わりの大きな茶箱にきちんと湯呑みを置いている。悋気のふりをしたじゃれ合いとわかる。
「はい、梅には遅い昼飯だね」
「どうも、頂きます」
梅之助の前に置かれたのは、具だくさんの呉汁の丼である。
呉はすり潰した大豆で、血管を強くする効能があるとされる。
こんにゃく、大根、人参、ささがき牛蒡、油揚げを鍋に重ねて入れ、味噌と水を加えたら火にかけ、放っておくだけ。呉は吹きこぼれるので最後に入れる。
宿で出す療治食でもあり、水に一晩つけて柔らかくなった大豆をすり鉢で潰す手伝いを、ここで幼い頃させてもらった。
乳白色の汁をすすり、ふはぁと幸せの息をつく。
「捨松さんの味噌汁、生き返ります」
「そうだろそうだろ」
上機嫌で、小ぶりの塩むすびもつけてもらった。梅之助は久しぶりの施療院の味を頬張る。懐かしい味にうっとりと浸った。
「それで、十人並みの美人で十美だっけ。お前を許嫁にして、何をさせようってんだい?」
捨松の口調は、十美の振る舞いが気に食わないとはっきり言っている。もともと女の身嗜みにはうるさい男である。
「あー、婚姻を申し込んでる男と決闘して勝て、ということみたいです」
「十日で見飽きる美人の十美は、ひとの命で相撲取ろうってのか? 自分が親父と取りゃあいいじゃねえか。ひとを巻き込んでんじゃねえよ」
「本当ですよ、いい迷惑です」
まったくもって、黒熊の言う通りだ。
望まない婚姻に不満があるなら、自分の家の中で解決してほしい。あの行動力ならできなくもないだろう。
「自分を取り合う男の姿を見て、悦に浸りたいんだろうさ」
口の端を上げて小馬鹿にするように、鉄山が吐き捨てる。陣内にもスケコマシと評された男だが、女ならどんなのでもいいわけではないのだ。
「おおかた、そんなとこだよね」
捨松も同意する。
刹那には聞かせられない話だな、と梅之助は思う。女は守らねばならないものだと、どこか頑なに信じている家主は、変な女にころりと騙されそうで若干心配しているところである。
しかしさすがに、このお十美の傍若無人ぶりは、梅之助としては兄弟子たちに愚痴をこぼすほどには腹にすえかねた。
縁談を申し込んでいるという三人に負けるのは嫌だが、勝って「お十美は渡さないぞ」などと言う気もない。ぜんぜんない。
刹那にばれないように、お十美の鼻っ柱を折ろう。
呉汁の丼を空にして、そう決意した。
「あ、でも契約金兼迷惑料として、一勝につき二両を約束させました」
「ちゃっかりしてんな」
「よくやった!」
「さすがあたしらの弟!」




