ここだけの話
ある国、ある皇城の、ある場所で—
ふと、耳にした噂から始まるお話です。
夏っぽい怪談仕立てで、さらっと読めます。
暑熱が続く中、よかったらお楽しみください。
設定はゆるふわ、矛盾はお見逃しください。
※「小説家になろう」様が主催する、夏季の期間限定企画「夏のホラー」に参加させていただきました。
ホラー初心者です。
お目こぼしをよろしくお願いします。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜追記〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
8月10日 19:00時点で
おかげさまで
日間ホラー(文芸)ランキング-短編部門で1位を
の評価をいただきました。
びっくりでふわふわですΣ(・□・;)
本当にありがとうございました(*´人`*)
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※九州にお住まいの方々、関東南部の方々、地震お見舞い申し上げます。ご安全に過ごせるよう願っております。
「幽霊なんか出るわけないじゃない」
「そうそう、出ないに決まってる」
「皇城の七不思議も回ったけど、大したことなかったぞ」
皇城の使用人食堂の一角で、侍従や下働き、非番らしき騎士団の小姓や騎士見習いまで、話の輪に加わっている。
中心にいるのは、見かけない顔だ。
首周りの華やかな、ハイネックフリルの黒いメイド服を着ている。
あれは確か、後宮関係の制服だ。
「そうなんですか。
私は『出る』って聞いたんですけど、もう怖くって……。
夢まで見て、怖くて飛び起きた後、なかなか眠れなくて、聖句を唱えてたくらいなんです…」
容貌は可愛い部類で目鼻立ちも整っている。
後宮は容貌の良い者を揃えているので、並みより上くらいか。
印象にはさほど残らない。
ただ右目尻の下に、小さな泣きぼくろがあった。
特徴と言えば、それが特徴だ。
声が涙ぐみ、か細い首を巡らせ、潤んだ瞳が周囲の者を引き寄せる。
気の無い者の興味も引いたようで、首を伸ばし女の話を聞こうとしていた。
「そんなに怖いってどんなんだ?」
「さっきから前振りばかり。休憩時間、短いの。早く聞かせてよ」
周囲に急かされた後宮メイドは、コクリと喉を鳴らして、唾を飲み込む。
「先輩から、聞いた話なんですけど、ここだけの話、内緒にしてくださいね。
あの、“塔”にまつわる話なんです……」
“塔”と聞いた途端、話の輪に緊張が走る。
それもそうだ。
“塔”は罪を犯した皇族や、帝室関係の訳あり犯罪者が囚われる場所で、生きては出られないと言われている。
いや、実際に高確率でそうだった。
後宮メイドは話を続ける。
「月が雲に隠れてる晩、真夜中に、あの“塔”の周りを、手に、生首を下げた、甲冑姿の男が、歩いてるんだそうです…。
星明かりくらいで、よく見えないはずなのに、なぜかはっきり、見えて…。
生首からは、こう、ぽたり、ぽたり、と血が滴ってて、当たり一面、血の匂いがしてて……」
話運びが上手い。
急かした女は早速、二の腕をさすっている。
周囲も冷やかしを止めて、立ってる者も聞き入っていた。
「それだけじゃなくて、じゃらじゃら、音がするんです。
よおく、目を凝らしてみると、ボロボロになった服を着た女が、その男の後を、ふらふら、歩いてて…。
足に重たそうな、大きな鎖を引きずって、それが音を立ててるんです。
じゃあら、じゃあら、一歩進むごとに……」
女の声が、低く、小さく、なっていく。
「よく、耳を澄ませると、鎖の音だけじゃない。
何か、こう、声が、聞こえる。
『返して、お願い、返して』…。
そこに月の光が差した時……」
「女には首が無かったってオチだろう?」
俺が話の輪の後ろから、腹に力を込めた一声を発する。
一斉に振り返られ、ある者は『まずい!』という顔をした。
「騎士団警務課所属のレスリーだ。
非番だが、今のは聞き捨てならない話だ。
“塔”にまつわる怪談話を喜ぶなぞ、それこそ首になりたいのか?」
「申し訳ありませんッ!」「失礼しました」
聴衆になってた者達は背筋を伸ばし、口々に謝罪し、頭を下げるか、お辞儀をして詫びる。
「分かったならヨシッ!解散!」
蜘蛛の子を散らすように去って行く。
中には振り返り、「あんたのせいだからね」と後宮メイドに悪態をつく者もいた。
一方、話し手は落ち着いて、俺を前に堂々と座っている。
「お前も早く持ち場に戻れ」
「休憩中です。午前中忙しくて、その分も休んでます。
何か問題が?」
「問題だろうが。あんなくだらない話をして。
流言飛語は処罰の対象だぞ」
「あら、後宮では、蒸し暑い夏の夜の夕涼みに、怪談話をよくなさいますのよ。
その中でも出来の良い怪談はしばらく、後宮や皇城で、もっぱらの話題になりますのに。
騎士団の方が取り締まったとは、聞いたことがございませんが?」
「…………」
女は小首を傾げ、にこっと俺を見上げる。
これは俺が一本取られた形だ。
女の話が事実だからだ。
俺も早めに体勢を立て直す。
「ん、んんッ。それとこれとは話が別だ。
ある事ない事、話して面白がるのは」
「あら、ない事と決めてかかるのはどうかしら?
警務課所属のレスリー様。
事実か否か確かめてから、説諭してくださいませんこと?」
「なんだと?」
「それに貴方は今は非番。注意する権限は本来は無いはず。
私の話の一番美味しいところを、もぎ取ってしまわれたんですもの。
それくらいなさって当然じゃありませんこと?
それとも、怖いんですの?
騎士団警務課のレスリー様?」
「お前、何が目的だ」
「騎士様の誠意を見せていただきたいだけですわ。
か弱い女の、ささやかな愉しみを奪われるなんて。罪なお方ですこと。
その償いに、夕涼みに付き合っていただきたいだけですの」
「…………わかった」
女の口は達者で丸め込まれてしまったが、明日は遅番で多少遅くなっても融通が利く。
それに当意即妙なこの女に興味がわいた。
待ち合わせ場所も決め、立ち去ろうとした時、女の名を聞いてないことにふと気づき、首を巡らせ振り返る。
女はすでにいなかった。
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待ち合わせ場所に、俺は黒い騎士服姿で向かった。
何かあって仲間に誰何されても、「『流言飛語の取り締まりのためだ」と言い訳がしやすいからだ。
女は昼間と同じ黒いメイド服を着ていた。
カンテラを持ち、ほんのり浮かび上がった姿は、幻想的だった。
ただし長い髪は下ろし、うなじが見えない。
少し残念に思ったが、わずかに覗く、首の白さがほのかな光を照り返し、思わず目が引きつけられた。
俺は何を考えているんだ。
一瞬の油断で身を滅ぼしかねないのは、南部の紛争の戦場で嫌というほど思い知っただろうが。
女はこちらにカンテラを差し伸べ、挨拶をする。
「こんばんは、レスリー様。良い夜ですこと」
「ああ、月も出ていて、検分にはちょうど良い。
ところで、お前の名は?」
「あら、これから行くところに名前は必要ですの?」
「呼びかけに不便だろうが」
女はカンテラを置くと、お辞儀をして答える。
これだけで、伯爵家以上だと分かる美しい所作だった。
「メアリー・アン、と申します。家名はお許しください。
そう言えば、メイド長はご存じですわ」
「メアリー・アンか。わかった」
俺は手を差し伸べる。
月明かりとカンテラがあるとは言え、足元が不自由だと思ったからだ。
「ありがとうございます。でもカンテラがあるので大丈夫ですわ。
エスコートしていただくと、誤解されかねませんもの」
女は拾い上げたカンテラを掲げ、さくさくと歩み始める。
前には“塔”が、月光に照らされ、そびえ立っていた。
「怖くないのか?」
「もちろん、怖いですわ。夢に見たほどですもの。
何度も、何度も……」
「それでも行くとは、度胸があるな」
女が振り返り、不思議そうに首を傾げる。
「あら、『ある事ない事』と仰って、結局検分することになったのは、レスリー様のせいでしょう?
嫌ですわ、ふふふ……」
女の目に、ぞくりとするほどの色香が漂う。
が、次の瞬間、さっとかき消える。
「さあ、参りましょう。急がないと」
俺は勝手にすげなくされた気分で、その後を黙々と歩んだ。
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“塔”に着いた時、月が雲に隠れ、周囲は暗くなっていた。
女がカンテラを首元まで持ち上げ、ふっと息で消す。
「お、おい。急に消すな」
「大丈夫ですわ。火種は持ってますもの」
風に草木が揺れる。
虫の声以外、何も聞こえない。
月は隠れたままだが、何も現れない。
俺は念のため、首を巡らせ周囲を見回したが、怪しいものは見当たらなかった。
「何もいないぞ。やはり、噂は噂の類いだ。
お前も安心して寝ろ」
「あら、警務課のレスリー様ともあろう御方が。
この“塔”は丸いんですのよ。死角、というものがございましょう。
人が自分のうなじは見えないように」
また一本取られた。
本当に賢く機転がきく。一緒にいて飽きない。
容貌もこうして宵闇で見ると、雰囲気がある“良い女”だ。
身元と行状を調べ、問題がなければ、交際を申し込んでもいいな、と思った。
「わかった。裏も検分しよう」
「えぇ、一周回って、きちんと確かめましょう」
俺とメアリー・アンは、“塔”の周りをゆっくりと回る。
石畳に靴音が、かつん、かつん、と響く。
風も虫の音も、いつのまにか止み、静かな空間に、俺たちの衣擦れと靴音だけが聞こえる。
まもなく一周する、と思った時だった。
じゃ、じゃら。
じゃら、じゃらん。
重い金属音が、低く、低く、響いた。
俺は思わず、腰の剣に右手を掛け、わずかに抜き、横にいたメアリー・アンを背にかばう。
「メアリー・アン。そのままでいろ」
「はい、レスリー様」
じゃあら。
じゃあら。
“塔”の石壁の向こう側から、“それ”は確実に近づいてきていた。
『しまった。聖水を持ってきておけばよかったか』と思うも、『聖句がある』とも思い直す。
こういった怪異に打ち勝つとされていた。
じゃぁああら。
じゃぁぁあああらん。
音は大きくなっていく。
思わず、ごくりと唾を飲み込む音が、自分の喉元から大きく聞こえた。
何を怯えている。
あの戦場ほど怖しいものがあるものか。
メアリー・アンの手が、俺の騎士服を掴む。
震えが伝わってくる。怖いのだろう。
俺が守ってやる。大丈夫だ。
「メアリー・アン、動くなよ」
「はい。レスリー様も」
『え?』と思ったその時—
じゃぁぁああああらんッ。
“塔”の陰から女の陰が現れた。
雲の合間から、月影が差す。
メアリー・アンが話していた通り、女はボロボロになった、汚れた服を着ている。
裾もすり切れ、足には太い鎖が何重にも巻き付き、引きずっている。
ぶわあっと、鼻をつまみたくなるような悪臭も漂う。
だが、女の首はあった。付いていた。
長い髪が、夜風もないのに、広がって行く。
「ふふふ。レスリー様には、見えますのね」
背後のメアリー・アンが、俺の首に息を吹きかけ、耳元に囁く。
ぞわわわと背筋に震えが走り、鳥肌が立つ。
振り向こうとしても、騎士服をがっちり掴まれ、一歩も動けない。
「アンおばさまのお姿は、人を殺めた者にしか見えませんの。
殺人者が神に救いを求めるなんて、首を傾げてしまいますわ。
うふふふふ……」
「ア、アン、だと?」
「そう、私の名はメアリー。
二人とも、この“塔”で死にましたの。首を切られて。
エリザベスが親不幸だったせいで。
ずる賢いエリザベスに裏切られて。
極悪非道の悪女、エリザベスは、天寿を全うしたというのに、どうして、私たちは、この“塔”に縛られていなければなりませんの?
レスリー様、教えていただけませんこと?」
血生ぐさい匂いが湧き上がり、目の前に首があらわれた。
メアリー・アン、いや、メアリーの首だ。
「ふふふ。便利でしょう?自分で取り外しできますのよ。
切り口を見せないようにするのが大変ですけど。
さあ、楽しいお喋りはここまで。
あなたの首は、素晴らしいこと。
筋骨隆々として、首切り役人も切り甲斐があるでしょう」
首は消え、凄まじい力で押し倒される。
女とは思えない。
いつのまにか現れた甲冑の男が、斧を振り上げる。
「止めてくれ!止めてくれ!」
なんとか首を動かし見上げた先には、月の光を宿す、斧の刃が落ちてきた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「こんな話はどうかしら?」
「ちょっと長すぎない?もっと短くて、インパクトがあるのがいいわ」
「だったら、お姉様が考えればいいでしょ。文句ばっかり言って」
「こらこら。喧嘩をするでない。我が美しい娘達よ。
なんとか、我が甥、ルイス様に、お前達の魅力をわかっていただかないとならぬのだ」
「うふふ。そうよね。それでエリザベスって名前に、悪いイメージを持たせたいんでしょ」
「噂は恐いのよ。あの女も、悪役令嬢って噂に追われて、王国から逃げてきたんだもの」
「ここでも居場所を無くしてやりましょうよ。
“ここだけの話”って、なぜか広まってくのよねぇ」
「ふふふふふ…」「うふふふ……」
「その通りだ。もっといい噂を作らねばな…。
あの女が領地で浮気をしてるというのはどうだ?
いくら近くても、こうも頻繁に行き来するのは、おかしいではないか」
「あら、お父様」「それ、素敵だわ」
公爵親娘三人は、首を集めて、噂作りに耽っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
この短編は、『悪役令嬢エリザベスの幸せ』の世界を間借りしています。
作者に自覚はないのですが、途中部分で、『ホラーだ』と感想欄で投稿いただきました(*´-`)
ご興味がありましたら、こちらへどうぞ。
ヽ(´ー`)
悪役令嬢エリザベスの幸せ【連載】
https://ncode.syosetu.com/n1135jd/?p=1
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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