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大賢者に造られしモノ~役目を終えた侍女人形は旅に出る~

作者: ミポリオン

 ガタガタと揺れる幌馬車の荷台の上。


「右手を上げるんだ」

「カシコマリマシタ」


 一人の黒髪黒目の青年が人間大ののっぺらぼうの人型の物体に指示を出すと、それは片言の言葉と共に右手を上げた。


 その物体は黒目黒髪の青年が研究しながら作っているゴーレムだった。


 様子を見ていた短髪赤髪の筋骨隆々の男が声を掛ける。


「イングリット。また人形いじりをしてんのか?」


 ただ、ゴーレムとは自動で動く人形のこと。


 今はまだ立つことはおろか、指示に従って手足を動かすことしかできないので、赤髪の男が言う通りただの人形と呼ぶ方が正しい。


「人形いじりだなんて酷いな。俺はこのむさくるしい男しかいないパーティだけの旅に、女性ゴーレムを作り上げて彩りを添えようとしているというのに」

「ありがたくって涙が出てくんな」

「バカにしてるのか?」


 黒髪の青年が反論すると、赤髪の男が鼻で笑ってバカにして馬車内に少々険悪の雰囲気が漂う。


「ただののっぺらぼうじゃねぇか。そんなのが増えたところで、な」

「良いだろう。その喧嘩買ってやる。表に出ろ」

「いいぜ。ちょうど体を動かしてぇと思っていたところだ」


 挑発に応え、馬車の外を親指で指し示す黒髪の青年に、赤髪の男が拳をぶつけてやる気を見せた。


「ちょっと止めなよ。いいじゃないか。これから長い旅になるんだ。心に余裕がないと疲れてしまうよ」

「はい。女神様も遊び心は大事だとおっしゃっていますよ」


 しかし、御者席に座る金髪碧眼の優男と眼鏡を掛けた真面目そうな青年が二人を止めた。


 彼ら四人は魔王を倒すために組まれたパーティの一つだ。


 魔王とは、モンスターと呼ばれる人を襲う異形の化け物を統率し、人の領域に侵攻してきたモンスターたちの王のこと。


 今まさに彼らは魔王の許に向かう旅の最中で馬車に揺られている。


 とはいえ四六時中、モンスターが襲ってくるわけでも、モンスターの脅威に脅かされている人に出逢うわけでもない。


 一番長いのは馬車に乗っている時間だ。


 ただ、漫然と馬車で揺られているのは退屈だ。黒髪の青年はその時間を使い、ゴーレムの研究を行っていたのである。


 赤髪の男は退屈過ぎて溜まったフラストレーションを発散するために、黒髪の青年を挑発したのであった。


「はぁ、分かったよ。悪かったな」

「いや、俺もついカッとなった」


 優男の仲裁によって頭が冷えた二人はお互い頭を下げ、緊迫した空気が緩む。


「それにしてもモンスターの一つも出てこないなんて暇すぎるだろ」


 赤髪の男が荷台に仰向けになってぼやいた。


 彼の言う通り、この辺りは平和過ぎて退屈すぎるのもまた事実。


 ここは魔王がいる場所からもっとも離れた国の平原。


 彼らの馬車の周りには牧歌的な風景が広がっていた。


 黒髪の青年のように没頭できるようなものがないと辛い。しかし、赤髪の男は肉体労働が専門。馬車内でできるようなことは何もない。


「ここは魔王がいる城までまだまだ遠いからね。仕方ないさ。これからどんどん厳しくなっていくんだ。今はのんびりした時間を満喫しようじゃないか」

「しゃーねぇか。俺は寝る」


 金髪碧眼の青年の言葉ですっかりやる気を削がれた赤髪の男は、ストレスの発散を諦めて寝返りをうち、横向きになって不貞寝した。


「さて、これから僕たちにはどんな冒険が待っているのかな。楽しみだ」

「それは女神様のみぞ知る、ですね」


 金髪碧眼の優男と眼鏡を掛けた真面目そうな青年はウキウキとした様子で空を見上げる。


 それから八年後、彼らは魔王の討伐に成功した。



 ◆  ◆  ◆



「なんだか騒がしいね」

「私たちの凱旋を総出で出迎える準備をしているんでしょうね」

「まぁ、俺たちは魔王を倒した英雄。はしゃぐのも無理はない」

「そうだな」


 四人の青年たちが、前方に見える大きな街から聞こえる声に耳を傾けながら、満更でもない顔でお互いに笑いあう。


 彼らは、金髪碧眼優男の勇者アーク、真面目そうな眼鏡の僧侶ルソー、賢者とよばれるほど卓越した技術と膨大な魔力を持つ魔法使いイングリット、筋骨隆々で短髪赤髪の戦士バングの四人で構成された勇者パーティ一行である。


 四人はその魔王を見事打ち倒し、帰りも含めて十年の旅を経て、ようやく自身たちが所属する国の王都に帰ってきた。


 街は魔王が倒されたという知らせで一度沸いた後、英雄がもうすぐ帰ってくるという知らせを聞いて再び沸いている。住人たちは連日お祭り騒ぎ。英雄たちが帰ってくるのを今か今かと待ちわびていた。


 もうかれこれ数百年もの間、人間を苦しめ続けていた魔王。その苦しみから解放された住民たちが何度も騒ぎたくなるのも無理はないだろう。


 四人が乗る馬車が王都の門の近くまでやってくると、全身鎧に身を包んだ兵士たちが道の両端に並び、剣を立て、厳かな雰囲気で勇者たちを出迎える。


 勇者たちは誇らしい気持ちでその間を通り抜け、街の門の前にたどり着いた。


「勇者アーク様ご一行ですね?」


 待ち構えていた壮年の騎士が兜を取り、脇に抱えてアークに尋ねる。


 魔王を倒した大英雄ということもあり、非常に丁寧な扱いだった。この街を出発した当初は全く見向きもされなかったというのに、露骨に態度が違っている。


「うん、そうだよ」

「この度は魔王を討伐するという偉業、本当にお疲れさまでした。陛下がお待ちです。城までは私ベルマンがご案内させていただきます」

「わかった」


 通常、中央にある巨大な門は開かれず、脇にある小さな出入り口を使い、人は街の内と外を行き来している。


 しかし、今回は閉じられていた大きな門がゆっくりと開いて道を作った。この道は国王やそれに連なる家のものが通る時や兵士たちが出兵する時など、重大な行事の時にしか開かれない。


 英雄の帰還はそれに匹敵する……いや、それ以上に重要な一大事であった。


『わぁあああああああっ!!』


 完全に開ききったその瞬間、まるで台風のような歓声が街の中から四人に襲い掛かった。


「「「「……」」」」


 街で一番大きな通りの両脇には人、人、人。


 本来であれば、対向する馬車がすれ違ってもなお余りある幅がある道だが、今は住民たちが英雄たちを一目見ようとこぞって集まっているため、一台の馬車が通るので精一杯の道幅しかない。


 その様子を見た四人は言葉を失って呆然となる。予想していたとは言え、その光景は四人の想像をはるかに上回る歓迎ぶりであった。


「それでは私についてきてください」

「あ、ああ」


 アークが呆然としつつもなんとか返事をし、馬にまたがったベルマンの後について街へ入る。


「勇者様、ありがとー!!」

「僧侶様、ありがとー!!」

「賢者様、ありがとー!!」

「戦士様、ありがとー!!」


 アークたちを見た民衆たちが、感謝を告げながら手を目いっぱいに振っていた。


「返事をしてあげてください」

「そ、そうだね」


 ベルマンに促され、四人が人々に向かって各々手を振り始める。


『きゃぁああああああっ!!』

『うぉおおおおおおおっ!!』


 それだけで民衆からまるで怒号のような歓声が上がった。


 アークたちも徐々に慣れてきて、ちやほやされて悪い気はしない。


 彼らは人々への感謝として手を振り続けた。


 まるでパレードのように街を練り歩き、気づけば城門にたどり着く。


『開門!!』


 ベルマンの指示に従い、街を守る門よりもさらに堅牢な城門が地鳴りのような重苦しい音とともにゆっくりと開いていく。


「久しぶりに見たけど、相変わらずとんでもない迫力だね」

「そうですね。教会の大聖堂にも匹敵する威容です」


 門が開いて間近で見る白亜の王城は四人に懐かしさを感じさせた。


「それでは、ここで馬車を降りてください」

「分かったよ」


 城の入り口の近くまでやってくると、馬を降りて近づいてきたベルマンの指示に従って馬車を降りる四人。


「指示に従って馬車を停留所に停め、俺たちが戻ってくるまで待機していてくれ」

「ショウチしました」


 馬車に乗っていた人間は四人だが、他に一体の人形が乗り合わせていた。


 見た目はほぼ人間の女性と変わらず、メイド服が着せられている。


 多少片言ながら、しっかりした言葉遣いでイングリットの指示に応え、人間と変わらぬ動作で荷台から御者席に移り、城の中へと入っていく四人を見送った。


 その人形は、イングリットの十年の研究の結果生み出された女性型ゴーレムである。


 なんの感情も浮かんでいないその双眸は、四人の後姿をジッと見つめていた。



 ◆  ◆  ◆



 レンガ造りの一室で、枯れ木のようにやせ細り、生気が失われたような真っ白な顔の老人がベッドに横たわっていた。


 彼は閉じていた瞳を開け、か細い声で呟く。


「……シア、そこにいるか」


 彼の名はイングリット。


 かつて世界を救った英雄の一人だ。


 数百年前に魔王が魔物を操って人間の領域に侵攻し、人々は統率された魔物たちに脅かされ始めた。


 国でも屈指の魔法使いだったイングリットは、勇者、僧侶、戦士という仲間たちとともに、百年ほど前に魔王を打ち倒すことに成功。


 魔王を失うことで統率を失った魔物たちは散り散りに逃げ出し、大きな脅威は消え去ったである。


 その後イングリットは、魔法と錬金術の研究に邁進し、生活に様々な恩恵をもたらし、今では大賢者と呼ばれ、世界中の人間たちから賞賛と尊敬を集める偉人となっている。


「はい、ご主人様」


 声を聞いて老人の傍にやってきて、もともと用意されている椅子に腰を下ろしたのはメイド服を着た美しい妙齢の女性。


 濡烏色の艶やかな髪をハーフアップにまとめ、オレンジがかった金色の瞳を持っている。


 ただし、彼女は人間ではない。彼女はイングリットの研究の集大成の一つで、限りなく人に近い見た目をしたゴーレムだ。


 顔の頬や手先など露出している部分の一部に切れ目があり、じっくりと見れば人間ではないことが分かる。


 最初は動かすのにも苦労したが、魔王討伐の旅に出た当初から研究を重ね、今では人間にできることはほとんどできるようになり、ある程度幅のある命令を自律的にこなすまでになった。


 例えば、彼女の仕事は主人の世話をすることだが、その内容は多岐にわたるため、ある程度自律的に判断して行動できなければならない。


 今ではそれさえも可能になっている。


 彼女の名はレガシアという。


 偉業の数々によって何かとすり寄ってきたり、騙そうとしてきたりする連中が多くなり、人付き合いが鬱陶しくなったイングリット。


 彼は辺境に土地を買って塔を建てて引きこもり、勇者一行とレガシア以外の人物を遠ざけて、身の回りの世話は全て彼女に任せていた。


「……もう私以外全員が逝ってしまった」

「そうですね」


 しかし、今はもうイングリット以外の勇者パーティのメンバーは亡くなり、彼の傍にいるのはレガシアただ一人だ。


 そして、その大賢者も寄る年波には勝てず、その寿命が尽きようとしていた。


「魔法で引き延ばしてきたが、そろそろ限界だ。私が死んだら、手筈通りここを私ごと破壊して弔ってくれ」

「承知しました」


 賢者が建てた塔は大賢者の塔と呼ばれ、周りを囲んでいる森を大賢者の森と呼ぶ。


 大賢者の塔にはイングリットが今までの研究の記録や成果がぎっしりと詰まっている。その価値は人間たちにとって計り知れない。残っていれば必ず争いの火種になるだろう。


 数々の罠や仕掛けが施されていて、イングリットが認めた人物以外侵入はほぼできないし、破壊もできないが、この世に絶対はない。


 いつか侵入されてしまう可能性がある。


 そんな爆弾を残しておくくらいなら破壊してしまったほうがいいとイングリットは考えていた。


 自分の研究の成果は自分の子供のようなもの。本来なら残しておきたいと思うのが研究者として当然の感情だろうが、彼にはそれらに未練はなかった。


 なぜなら、集大成であるレガシアが残されているからだ。


「……それにしても残念だ。君が人間のように笑ったり、怒ったりする姿を見れないとは……」


 ただ一つ。イングリットの心残りがあるとすれば、それはレガシアを完成されられなかったこと。


 彼はゴーレムに自我と感情を持たせることを最終目標としていたが、残念ながら百年間研究してもその領域にたどり着くことができなかった。


 イングリットの言葉を非難だと判断したレガシアが頭を下げる。


「申し訳ございません」

「……君のせいではない。私の力不足だ。許してほしい。もしかしたら君をここに閉じ込めておくべきではなかったのかもしれない。もっと多くの人間とふれあい、いろんな経験をさせて、よりデータを蓄積させるべきだったのだろう……」

「私にはわかりかねます」

「……ふっ、そうだな……」


 懺悔するように呟いたイングリットの言葉をバッサリと切り捨てるレガシア。イングリットはなんだかおかしくて鼻で笑った。


「……私が死んだら好きに生きよ……」

「どういうことでしょうか? 私は破壊されないのですか?」


 今までイングリットの世話が役目だったレガシアにとってそれが全てだ。


 イングリットが死ねば自分の役目も終えて大賢者の塔とともに破壊されるのだと判断していた。


 だからイングリットの言葉の意味が理解できなかった。


「……ああ、町で人間のように暮らすのもいいし、また誰かに仕えるのもいいだろう…………そうだ、かつて私と仲間たちがしたように旅をしてみるのはどうだ……?」

「分かりかねます」

「とにかく自由に生きるのだ」

「……かしこまり、ました」


 いまだかつてない命令に、レガシアに蓄積された記録からは答えを導き出すことができずに返答に時間を要する。


 しかし、命令は命令。主人からの命令は絶対だ。


 そう判断し、レガシアはイングリットの命令を承諾した。


「……それでは私はもう疲れた……後は任せる……少し眠るとしよう……」

「おやすみなさいませ、ご主人様」


 この会話を最後に、イングリットはゆっくりと瞼を閉じて静かに息を引き取った。


「呼吸の停止、心拍の停止を確認。死亡したと判定しました。これよりご主人様の命令を実行します」


 レガシアの体には様々な機能が搭載されている。


 人間の健康状態を把握するために体をスキャニングする機能もその一つだ。


 眠りに落ちるように亡くなったイングリットの体の状態をスキャニングしたレガシアは、彼の遺言に従うべく、次の行動を起こす……はずだった。


 しかし、レガシアは動かなくなったイングリットの顔をじっと見つめたまま、椅子から立ち上がることができずにいた。


「身体機能に障害を確認。各部の検査を行います。魔導コアの異常なし。魔導回路の異常なし。各部の損傷なし……」


 彼女はその状態のまま、思い通りに動かなくなった体の原因を探り始める。


「……検査結果、異状なし。原因を特定できませんでした」


 しかし、体中のあらゆる部分の検査を実行したが、体が動かなくなってしまった原因をつかむことはできなかった。


 今までこのような事態が起こったことはない。その後も何度も何度も検査を行ったが、レガシアはその答えを見つけることができなかった。


「再三にわたり検査を試行しましたが、原因の特定ができませんでした。蓄積された記録より原因を特定を開始します」


 さらに原因を探るため、生み出されてから今までに見聞きして蓄積された《《記録》》の中から今の自分の状況に近いもの遡っていく。


 彼女は生み出されてから百年以上もの間、勇者たちが旅立ってから死ぬまでずっとイングリットのそばで彼らの様子を見てきた。


 今の自分の状態に近い記録も残されているはずだった。


「事例を十二件確認しました」


 見つかった事例はどれもが誰かの葬式で動けなくなる人たち。


 彼らは総じて自分の近しい人の死を悲しみ、涙を流してその人物との別れを惜しんでいた。


「悲しみ……?」


 そこでレガシアは自分が動けなくなってしまった原因と思しきものに近づくが、彼女はありえない事象に思考回路が否定する。


 彼女は人間に近しいモノではあるが、決して人間ではない。


 今まで蓄積された記録とあらかじめ入力された記録に基づき、主人からの命令を受けて実行するゴーレムに過ぎない。


 その自分が人間と同じように人の死を悲しみ、下された命令の実行を拒むことなどありえるはずがない。


 しかし、記録を検索した結果、それ以外に原因が見つからないのもまた事実。


「私は悲しい……のでしょうか……」


 そこでレガシアは自問自答する。


 動かくなり、もう言葉を話すことはない主人を見ていると、今までイングリットと過ごしてきた記録が思考回路に割り込んでくる。


 それと同時に、心などないはずのにもかかわらず、胸のあたりに何か大事なパーツを失ってしまったような感覚を覚えていた。


「これが悲しいという感情なのでしょうか……分かりません。ご主人様、私はどうしてしまったのでしょうか……」


 記録の中で他の人々がそうしていたように、レガシアは縋るように、まだぬくもりのある主人の手を握り、目を閉じる。


「死出の旅路に幸多からんことを……」


 死者の魂は天国という場所を目指して旅をするという。


 人々は死者にその旅の無事を祈る言葉を捧げていた。レガシアも記録を基に同じように主人に声をかけて別れを告げる。


「身体機能の障害が解除されました。命令を実行します」


 どれほどそうしていただろうか。


 回路のノイズが消え、ようやく体が自由に動くようになったレガシアは、重い腰を上げ、主の最後の命令を実行に移す。


 ひとまず人間の街で生活したり、旅をするのに必要な物資をエプロンのポケットに詰めていく。


 レガシアのメイド服のエプロンのポケットは見た目よりもたくさん物を入れることができる。


 そのポケットは、見た目よりも多くの物を仕舞うことのできる魔法のカバンの技術を応用して作られていた。


 この技術はイングリットが開発して公開したものだ。


 一通り準備を終えたレガシアは、大賢者の塔の中枢に移動し、用意されていた魔法陣の上に立った。


『代理管理者権限を確認。塔の自爆術式を実行しますか?』


 塔のどこからともなく無機質な声が室内に響き渡る。


 ただ、レガシアはすぐに答えることができなかった。再び回路にノイズが走り、本当に主人を塔とともに葬っていいのか判断できなかったからだ。


『塔の自爆術式を実行しますか?』

「……」


 再度繰り返される質問になぜか肯定できない。


 先ほどと同様に、プログラムとは関係なく、回路に過去の記録が混じる。その記録が再生されるたびに、彼女の口は動かなくなった。


 しかし、これは主人からの命令だ。


『塔の自爆術式を実行しますか?』

「……はい」


 三度目の質問に、レガシアは主人の命令を優先して首を縦に振った。


『受領しました。自爆術式を実行します。自爆まで三十分。直ちに塔内にいる人員は外に退避してください』


 答えに従い、塔の自爆装置が起動する。


 レガシアは無意識に塔の最上階に上り、景色を眺めた。


 無意識に体が動き、気づけばここにきていた。


 辺りは森に囲まれ、遠くには緑溢れる山。燦々と輝く太陽に照らされてとても美しい景観をしている。


 イングリットはここからよくこの景色を眺めていた。


「ご主人様はここから見る景色がお好きでした」


 過去の記録を振り返るようにポツリとつぶやく。


 レガシアは最後となる景色をしばらく眺めた後、懐かしむように塔の各所を巡りながら、頭の中で再生される過去の記録を振り返った。


 そして彼女は最後に、地下に造った墓地に安置した主人の安らかな寝顔を見た後、塔の外に出る。


 彼女は安全な場所まで退避して振り返って塔を見上げた。


『自爆まで五、四、三、二、一……』


 ――ドォオオオオオオオオンッ


 塔外まで聞こえるカウントダウンが終わると同時に大爆発が起こり、塔がガラガラと崩れ落ちる。


 爆風がレガシアにまで及び、彼女の髪と服がバサバサとたなびかせた。


 崩れ落ちる塔から炎が激しく燃え上がり、煙がもうもうと立ち昇る。


 レガシアは瞬きすることもなく、塔が完全に崩れ去るまでその様子をジッと見つめていた。


「……それでは行ってまいります。ご主人様」


 そして彼女は、主人との記録が残る場所を後にするのであった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。


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と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。


よろしければご協力いただければ幸いです。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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