前生夢
※ 逃走 一 前生夢
コボからの小説もどきを読み終えて眠りに入ったの午前三時過ぎ頃だ。ものすごくリアルでしかもたった一晩で見れてしまったなんて信じられないくらい長い長い夢だった。夢も現実の一種だと言う人がいるがもしかすると本当にそうかもしれない。そしてその長い長い夢が儂の前世の記憶を完全によみがえらせた。目が覚めたのは午前十時ごろだ。この夢であのアジア系コンビの正体もなんとなくわかった。今度のミッションの敵に違いない。今もきっとどこかから儂を見張っているのだろう。
それはそうと今度のミッションのリーダーはどうやらコボのようだ。しかも女だというのだから面白くなってきた。それと忍者に生まれ変わったムサシの強さはきっと人間離れしているはずだ。そう考えると明日が待ちどうしくてたまらないがその前にやらなくてはならないことがあった。今晩訪ねてくる客人にふるまうものや他にもいろいろ買わねばならず儂は急いで外出した。
やっとホテルに戻れたのは午後六時ごろだった。少々疲れていたもの呑気に時間をつぶしてなどいられない。シャワーを浴びてから敷布団の上にコタツを乗せその上にウイスキーやつまみを乗せたらちょうどお待ちかねのチャイムが鳴った。
二 鎌倉大仏
ドアを開けるとなぜかご少々御機嫌斜めなナスビの後ろに鎌倉大仏様が立っておられた。儂はラッキーと思わず心の中で口笛を鳴らしたが、それは大仏様のお顔がまん丸顔をしておられたからだ。丸顔が細顔よりもおしゃべりなのは口を動かすのが楽だからだという説があるそうだ。知らんけど。ナスビと大仏様を何本かのウイスキーやおつまみと儂の満面笑顔の総出でお迎えをしてやった。
鎌倉は部屋に入るとすぐに戸籍を要求してきたが、しかし儂はまずは乾杯からでなくちゃあ縁起が悪いと言って強引にウイスキーを勧めてやった。へそ曲がりで縁起かつぎ親父のイメージを昨晩ナスビに植え付けておいたのが功を奏したようで、大仏はあっさりとウイスキーを飲み干した。しかも、もう一杯おかわりまで要求してきたのだからもうあとは儂の思う壺だった。
三 大仏武勇伝
儂の着ているスカジャンから話は盛り上がっていった。 「あんたのそのスカジャン面白いねえ」 と大仏頭がのぞき込んできた。(おお。いい流れが来たやんけ。) 「若い頃のぼくは任侠映画が大好きでしてね。それでこれをみつけたときに思わず買ってしまったんですよ」 そこから映画悪名で スカジャンを着ていた田宮二郎のかっこよさから始まり、勝新。鶴田浩二。高倉健など男の中の男の話に花を咲かせていよいよお待たせの鎌倉大仏様の武勇伝を懇願してやった。
「ところで僕の見たところ若い頃の親分さんもかなり無茶してはったんとちゃいますか。いや今でもですかな。ハッハッハー。そこんところのお話ぜひお聞かせ願えませんか。これこの通りですわ」 敷布団に頭をこすりつけて儂はお願いしてやった。
「いやあ俺の話なんて。ええ?あ~そうかいそれじゃあ仕方あるめい。ちょっとだけだぜ」 (なんで東京弁なんじゃ?笑) すると自慢話の出るわ出るわでもうどうにも止まらない♪になり、それは儂自身がちょっぴり後悔するほどだった。ナスビは鎌倉殿の話を聞いてるふりをしながらウイスキーをあおっていたがやがてそのうち鼾をかいて寝入ってしまった。ウイスキーに仕込んでおいた睡眠薬が効いてきたのだ。
ここまでは狙い通りであとは涅槃物を待つばかりだ。しかしそうは思い通りにいかないのが世の常。飲み始めてすでに一時間以上もたっていてウイスキーを三本も明けているというのにおしゃべりマシーンの電池は切れそうにはなかった。
四 ワルサーPRK
最初の作戦は失敗だ。少々手荒くなるがこうなれば作戦変更するしかあるまい。 「えらいお待たせしてすいませんでした。今から戸籍をお渡しますね」 儂が押し入れのリュックの中から取り出したのは当たり前だがもとより戸籍なんかじゃない。布ガムテープを二個左手首に通して右手には長さ二十七センチのサイレンサー付きワルサーPRKのオモチャの拳銃を握った。
両手を背中に回しておどけるように捕食者は獲物に近づく。いつもはニコニコと笑顔を振りまき正体を隠しているが素顔の儂は自分でも怖いと思うほど恐ろしい顔をしている。二つの顔を使ったギャップは効果覿面だった。 「おどれ死んでみるけ」 オモチャを突き付けて目一杯怖い顔で睨んでやると後はもうやりたい放題だった。
シャワールームに連れていき便器とその後ろにくっついている鉄管に両手両足、頭、腹などを布ガムテープでぐるぐる巻きにしてやった。作業が完了して部屋に戻ると相変わらずナスビは大鼾の爆睡中である。
大仏の手持ちカバンを開いてみた。 (薄い?なんじゃこりゃ。約束の半分の五十万しか入ってへんやんけ。ナスビが不貞腐れていたはずだ) 儂の正義感が爆発してシャワールームでワルサーの銃底がパンチパーマを直撃した。これはナスビの恨みも含めてだった。
奴の胸ポケットから財布を取り出して数えてみた。職業柄百万ぐらいは持っていると思っていたのだがこちらも当てが外れた。想定していた半額しかなかったがこれは仕方がなかった。とりあえずここから離れることにしよう。
ところが儂はやらかしていた。ナスビの姿が消えていたのだ。おそらく大仏の悲鳴を聞いて目が覚めたのだろう。そういえば鼾をかいている人の眠りは浅いと聞いたことがあった。こうなれば三十六計逃げるに如かずだ。ホテル前の路地を何百メートルか走れば堺筋に出れる。そこでタクシーに乗ろう。儂はオモチャのピストルを腰のベルトに挟みドアの鍵をしめてホテルの玄関を出た。
五 忍者ムサシ
きついお迎えが儂を待っていた。道路に飛び出しところであのアジア系の大男たち八人に囲まれていた。同じ顔、同じ体形のクローン人間だ。腰のワルサーを抜き左側の奴からゆっくりと右側の奴まで威嚇してやったが、やや後ろに引いたもののそれ以上奴らは下がろうとはしなかった。オモチャのピストルではこれが限界のようだ。
乾いた木を叩くようなバコンという音がすると、進路をふさいでいた左端の奴が路地の向こう側に吹っ飛んでいった。ヒーローの登場だ。助っ人は二メートルを超える大男だったがストッキングを顔にかぶっているのでわからない。それでもこんな時に現れる奴なんてムサシ以外にあるまい。
「助かったやんけムサシ」 「久しぶりじゃなアサやん。話があるけんそのまま銃で奴らを威嚇しとってつか~あさい」」 半円を描くように右側の道路をふさいでいる男たちを睨みながらドスを効かせてフリーズと一喝してやった。
「アサやん今日の昼、コボに会ったんじゃけんどな。もんげ~別嬪さんに生まれ変わっとったけんビックリしたぞな。そんで今度のリーダーはコボじゃけんな」 「なるほど今の時代政治家を見てても女のほうがリーダーシップがあるもんな」 「アサやんそれとな今回倒す敵はこいつらの国ではない。あの国の経済は西側には所詮敵わず落ちていくばかりじゃ。そして武力も同じ道を歩むぞな」 [ほんだらホンマの敵国はどこなん」 「国でも人でもなくて実は量子コンピューターの AIぞなアサやん。そのAIに奴らの国はそそのかされとるんじゃ。これ以上は明日話そう。あとは拙者にまかせてつか~さい」
「ムサシ一人で大丈夫なん」 「アサやん此処にいる拙者は本物ではないぞな」 「幻術か」 「いかにも。さすがじゃのうアサやん。じゃけん何の心配もいりゃあせん」 幻術とは忍術の一種で幻覚を見せる術だ。戦国時代の忍者、飛び加藤が有名だ。 「ほんなら明日な」 ドカンバコンという音を背中に受けながら猛ダッシュで堺筋まで出るとタクシーがタイミングよくやってきた。あとは北へ数百メートル先の交差点を右折すればすぐに高速道路の入り口だ。
六 逃走
ところがここでもそうは問屋が卸さなかった。やっぱりピンチが待っていた。 (あれっ。ナスビが背中を見せて道の真ん中に立っているやんけ。しかも後ろの儂をちらちら見ながらや。おやっ。南から外車が三台こっちに向かってくるぞ。う~んこれは非常にまずい)
儂は運転手に新大阪駅と告げると五十万円の札束を見せ 「悪いけどめっちゃ急いでくれたら二万出すけど無茶な運転してくれたら五万でどないやろか」 と言ってやった。ここからなら高速代を入れても普通四千円ぐらいだろう。すると運転手の返事は 「ホンマでっか!ほんなら元暴走族の腕の見せ所だんな」だった。
タクシーは太子の交差点を信号無視をし右折するとあっという間に高速道路に入った。儂が後ろを振り返って奴らの車を探すと追いかけて来ているのは二台だった。一台はたぶんホテルに向かったのだろう。
出入り橋で降りて二号線を右折し、梅新東の交差点を左折して新御堂に入ることにした。
新大阪駅に向かうのには北浜出口で降りるほうが早いのかもしれないが、二号線を走るのには訳があった。二号線はびっしりと車が混んでいて素人が梅新東の交差点までたどり着くにはうっとおしほど時間がかかるのだ。この道でタクシー運転手に勝てる奴はそうそうはいない。
梅新東には思っていた以上早く近づけた。奴らが追いつくことはもう無理だろうと思ったがしかしそれは甘かった。突然大音量のクラクションが鳴り響いたと思ったら、右隣に奴らがぴったりとくっ付いていた。そこは直進車線だが強引に左折するつもりのようだ。
先頭の助手席に座るナスビがとこちらの運転手に止まれと喚きだした。突然の大騒ぎに運転手は驚いていたがこのまま事故でも起こさせるわけにはいかない。 「運転手さん。ここは僕に任せたください。何にも心配はいりませんのでこのまま新大阪に向かってください」 ウインドウを降すと儂はナスビの顔を思いっきり睨みつけてやった。
奴の顔が今にも泣きそうになったので今度は後部座席の幹部らしき男を見るとどうした訳かこいつもやたらと怯えていた。虚勢を張って大声で喚いてはいるが儂は目を見るだけで心が読める。これは子供のころからの儂の特殊な能力でこの年になって一段とスキルアップした。オモチャの拳銃をそいつに向けたのとガチャンとかグシャンなんて音が何台も連続して聞こえたのとタクシーが左折して新御堂に入ったのはほぼ同時だった。五分で新大阪駅に着いた。こうして無事追跡を振り切れたが奴らのあの異常な怯えの訳が分かったのはもう少し時間がたってからだった。
ドライブレコーダーのチップを抜きながら運転手に三十万円を渡した。 「これはこのチップ代と口止め料も含んでいます。もしさっきのやくざたちとのトラブルを警察に届けたりするとこの金は証拠物件として取り上げられるでしょう。怖い思い損ですよ」 「この金はありがたく頂戴させていただきまっさかい警察には届けしまへん。心配おまへんで」 運転手の言葉に噓はないようだ。
タクシーを降りると早足で歩いて十数秒でトイレに入った。ダイソーで買った二つの大きな袋は紙の上からビニールで補強してありチャックもついている。今まで来ていた服やリュックなどをこの袋に詰め込み、古着屋で買ったドブネズミ色のペラペラのスーツに着替え、靴も黒のブーツから白の運動靴に履き替えた。冴えない格好だが何しろ残りの予算がぎりぎりだったので仕方がなかった。
七 ダイアナとの再会
新幹線をやめてタクシーに乗ることにした。それはもしかすると警察の動きがあるかもしれないと思ったからだ。ムサシのアクションも派手だったしさっきのタクシー運転手の気が変わることだってある。そうなると警察は新幹線に集中するだろうし逃げ場もない。もちろんタクシーの検問もあるかもしれないが、その場合はタクシー業務への遠慮もあって念入りには行われない。そして儂のあの派手なファッションばかりに注意が行くだろう。
しかしタクシー乗り場には多くの人たちが順番待ちで並んでいて時間がかかりそうだった。やっぱり手っ取り早いのはこのままここの降車場にいて客を下したタクシーに乗り込むことだろう。すると早速目の前にタクシーがやってきた。そして後部座席のドアが開くと虹色のオーラに包まれた長い脚がわしの目に飛び込んできた。それは我が愛するダイアナだった。彼女は今日もため息が出るほど美しく昨日とは違ったロングスカートの黒色スーツもいかしてた。
ダイアナは儂を見つめてニッコリと微笑みかけたが人違いに気づいたかのように会釈だけして立ち去った。身なりのあまりの違いから昨日あった人物ではないと思ったのだろう。しかしこんな冴えないカッコの儂にとってはそれはむしろ幸いだった。彼女は儂の横を通り過ぎて虹色のオーラに包まれながら駅に向かった。新大阪駅の人ごみに消えるまでダイアナの後姿を見送りながら色々な思いが儂の脳裏をよぎった。一つは昨日と違って周囲が暗くなかったことだ。暗くなっていなということは彼女の存在が幻ではなくて実在しているということだろう。もう一つは彼女のオーラに気付くものが誰もいなかったことだ。そして彼女が昨日の儂に微笑みを送ろうとしていたことも気になった。これはもしかして儂に好意を抱いているからなのだろうか。いやもしかしてじゃなく間違いないだろう。いやそんな訳はない自分の顔を見てみい。
その場に立ち尽くしながら儂の頭はまだ混乱していた。そもそもこんなところで再会するなんてことがただの偶然なのだろうか。いやそうではなく儂とダイアナは運命の赤い糸で結ばれているからだ。今まで人を愛したことのない儂が初めて愛した人なのだからきっとそうに違いない。いや待てよそうはいっても年齢差があまりにも大きすぎるではないのか。儂は答えが見つけられずにしばらく悩んでいたがやがて素晴らしい解決策を見つけだした。(そうだ今度のミッションで儂が死ねばいいのだ。そして閻魔大王様にお願いすれば全て問題解決だ。地獄に酒があれば文句なしだが無くてもまあ大丈夫だろう) まあしかし結局死ぬことはできなかったのだけどね。
八 ニュース速報
ダイアナとの来世での結びつきを確信した儂は満面の笑みを浮かべてクシーに乗り込んだ。近鉄奈良駅から来た道とは逆方向、南へ少し走ると、新大阪駅に向かう多数のパトカーがサイレンを鳴らしながらすれ違った。
「お客さん、新大阪駅で大変な事件が起こっているんとちゃいますか」 「運転手さん、テレビつけてよ」 運転席の隣のテレビ画面には儂が映っていた。これらのパトカーは、先ほどの運転手がニュースを見て警察に通報したためだろう。ホテル前の防犯カメラに映っていた儂はカッコ良かった。玄関前で黒服の大男たちに囲まれた儂が長い銃で奴らをけん制していたが、ウェスタンハットにサングラスもよく似合っている。
「残酷なシーンが防犯カメラに映っているため、そのまま放送することができません」とアナウンサーが断りを入れながら事件のあらましを説明していた。目撃者によると防犯カメラに映った銃を持った男を黒服の男たちが取り囲んでいたが、突如現れた巨人が彼らを一瞬で倒し忽然と姿を消したという。さらに黒服の被害者たちは全員即死しており、彼らの顔がクローン人間のように同じだった事をアナウンサーは引きつった表情で述べ、引き続き市民に注意を呼びかけていた。
「このスカジャンを着た男がタクシーで新大阪駅に降りたことが判明しておりピストルも所持しているため、皆さまは十分にご注意ください。また、殺害犯の巨人男も現在行方不明で、犯人逮捕まで近隣住民は外出を控えるようお願いします」とのことだ。なるほどそれであのヤクザたちが怖がっていたわけだ。しかし、情け容赦のないムサシの処分の仕方から見ても今回のミッションの重大さが伝わってきた。
「それにしても大事件でんなあ、お客さん」 「運転手さんも犯人を乗せないように気を付けてください」 「ハッハッハ~こんな派手な服を着てうろついていたら、すぐに捕まりまっしゃろ。そやけどこんなチンドン屋みたいな服着るやなんて、アホとちやうの」 「ええ、そうですか。僕にはかっこよく見えますけどね」 「お客さんも少し変わっていますね、ハッハッハ~。あれ、検問をしてけつかる。ほんでで渋滞していたんかいな。あほらし」
新御堂の高架を降りると厳重な検問が行われていた。懐中電灯で私を照らした警察官がにっこり笑って、「気を付けてお帰りください」と言ってくれたので儂も「お役目ご苦労さまです」と丁寧にお返しをしてやった。。署長以上の上級警察官とは異なり一般の警察官は本当に真面目で謙虚なのでこれは儂の本心からの言葉だ。
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