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別れと再開

※ 別れと再会編  一  カマキリ夫人

地獄のミッションを何とか終えた俺たちは日ごと深まりゆく秋の日を穏やかに過ごしていた。(旭日丸をタカムラ殿に返したのはめちゃんこ残念だったがよう。泣) けれどもそれは兄弟たちとの別れが日一日と近づく寂しさの募る日々でもあった。そして別れのまえに解決しておかなければならない問題が二つも残っていた。


一つはムサシを溺れさせることなくどうやって俺とアサやんを川に流すかだ。だけどこの解決法は案外簡単に見つけることができた。以前に見た釣り人が座っていたあの釣棚を使うのだ。ムサシが釣棚の上から尻を突き出せばその尻の穴から俺とアサやんが川面に落ちる。これなら簡単だ。しかしふたつめの問題はちょっと厄介だった。


どうやらメスカマキリが何か恐ろしいことを交尾中に行うらしい。しかしそれがどんなことなのか俺達にはわからなかった。そんな漠然とした不安を抱えていたある日のこと。俺たちが釣棚の下見に行ってみると、その釣棚の上で二匹のカマキリが今にも交尾を始めようとしていた。こんなチャンスはめったにお目にかかれるものではない。俺たちは棚の上からかぶりつきで見学させてもらうことにした。交尾が始まるとオスはただただ夢中になっているだけだったがメスはそんな単純な玉ではなかった。


怪奇な現象は交尾開始からすぐに始まった。驚いたことにカマキリ夫人の首がスルスルと上に向かって伸び始め、ほどなく俺達に気づくと不気味な色目をムサシに送ってきた。それでも本当のホラー劇が始まるのはまだまだこれからだった。嘗め回すようにムサシを見つめた後その首は作業中のオスの頭の上に伸びていった。


「なんやロクロ首やんけ」 「恐ぎゃあてかんがな。ムサシはどうでゃ」 「ホンマに恐~てえことが始まるのはこれからじゃろ~な。そんな気がしておえんぞな」  ムサシの懸念は当たった。なんとオスの頭をカマキリ夫人が齧り始めたのだ。しかしもっとショックな出来事がこのあと出現した。それはすでに頭の半分しかないオスがまるで何事もなかったかのように平然と交尾を続けていることだった。


とんでもない交尾の毒気に充てられた俺達はう~んとうなったきり言葉を失っていた。やがてオスの全身を食べ終えた夫人は再びムサシに色目を使い誘ってきた。 「ちょっとそこの渋いお兄さん。あんたもどうかしら。こっちにいらっしゃいよ」 「なんじゃ。この妖魔め。拙者が成敗してくれようぞ」 そう言いつつもなぜか後ずさりするムサシに 「何よ意気地なしね。女が怖いのかしらチェリー坊や。 サクランボ 食うてたまるか 秋祭り。 ホッホッホッごめんあそばせ」 下手な句を詠むと夫人は羽根を広げていずこかへ飛び去って消えた。


食べ散らかされ残っていたオスの羽根や手足が風に吹かれて川面に浮かびそのまま流されて見えなくなった。ああ無情。


二  村祭り

カマキリ夫人との未知との遭遇はムサシの結婚が前途多難であることを教えてくれた。夫人に声をかけられたムサシが後ずさりしたのは潔癖症ゆえの嫌悪感からだろう。このままでは生き物の義務であるDNAのつなぎさえもムサシは放棄するかもしれない。俺達は足取り重く帰路についた。。


そんな俺達だったが堤防に上がってみると何やら賑やかな音が耳に入ってきた。ワッショイワッショイ。ピーヒャラピーヒャラ。ドンドコドンと賑やかなお囃子の音だった。大勢の村人が刈り上げた田んぼの中の一本道をだんじりを担ぎこちらに向かっていた。 「そうか今日は村の秋祭りだったんだで」 「こら気分転換に丁度ええやんか」  そんなわけで俺たちは水防倉庫の屋根から見物としゃれこんだ。


おそろいの白い法被姿の大人や子供たちもいかにも楽しそうだ。だんじりの中ではお化粧をした子供が前と後ろに座っていて、前の女の子が笛を吹くと後ろの男の子がそれに合わせて太鼓をたたいている。


やがて俺たちの向かいの郵便局の駐車場でだんじりはUターンして止まった。ここにやってきたのはどうやらお地蔵様にお参りするためだったらしく、全員そろって何度もお辞儀を繰り返していた。このような信心がきっとこの村を昔から守ってきたのだろう。


「なんだしゃん。いんま~あそこの葉っぱが動いたでよ」 だんじり屋根の先に飾られた榊の葉が怪しく揺れている。俺達は気になった。 「またさっきの妖魔とちゃうやろな。なんか嫌な感じがするけど見に行ってこましたろやないけ」


三  空を食らう夫人

だんじりの屋根まで飛んで榊の葉の奥を覗くとそこにいたのはやはりカマキリ夫人だった。そしてまたしても交尾の真っ最中であった。 「さっきやったばっかりやのにちょっと過ぎとるんとちゃうかあ」 しかしこのとき目撃した情景は先ほどとは違っていた。


「なんでゃあ妖魔は空気ばっかし食うとるだで」 此処でもロクロ首のように長く伸びたカマキリ夫人の首は後ろのオスの頭の上まで届いていた。しかし口をパクパクと動かしているもののオスの頭には届かず空気ばかりを食らっていた。それはオスの右の鎌先が妖魔の喉を押し上げていたからだ。  「なるほど。こうやればええんじゃな」 ムサシのこの一言で俺たちの心配事はすべて消えてなくなった。


四  三位一体

村人たちがお地蔵様の色あせた黄色いチャンチャンコを新しい色鮮やかなのと取り換えているのを見て俺はハッと気が付いた。その目にも鮮やかな黄色は閻魔大王様のみならず猫のタカムラ殿とも同じ色だったのだ。それですなわちこの三者が実は三位一体だったということに俺はその時に悟ったのだ。そういえば旭日丸の表面に現れたあの謎の顔も実はここに鎮座なされておられるお地蔵様のお顔だった。やがてだんじりは賑やかなお囃子の音を残しながら村へと帰っていった。明日も天気が良さそうなのでいよいよ俺たち三匹の別れの朝になりそうだ。


五  別れ

「小春日和のいい日旅立ちやんけ」 実感のこもったアサやんの言葉だった。人間から見れば春から秋なんてあっという間の出来事なんだが俺たち虫にとっては長い長い歳月だった。人間と虫とでは時間のスピードがどうやら違うらしい。例えば目の前のコバエを叩こうとして手を挙げてみたものの、忍者のようにパッと消えるのを経験したことは誰でもあっただろう。あれは人間の動きがコバエから見るとあまりにもスローモーすぎるからだ。大きな生き物と小さな生き物とでも生物間的相対性理論は存在するのだ。

俺たちは長く暮らした水防倉庫を出発した。先ずはお地蔵様に感謝と別れのご挨拶だ。それから釣棚を目指して堤防を一歩一歩登って行った。


センチな俺は泣きそうな気持をごまかすために来世の話を始めることにした。 「人間に生まれて何をするってか。そんなんなってみんとわからんやんけ。それよかムサシはどないなん」 「拙者は忍者になるんじゃ」 「忍者ムサシか。う~んそれはすごい。それだけは見んなあかんやろな。ところでコボは何かやりたいことあるん」 「俺は青春を謳歌するんだわ」 「そうかそうか自分らはええなあ。もしかしたら儂は悪い人間になってるかもしれんねん。なんかそんな気がするんや。それでも会ってくれるけ」 「ほんなん会うにきまっとるがや。なあムサシ」 「アサやんそれは死んでも約束するぞな」 こうして俺たちは再会を誓い合った。


しかしそれにしても運命とは本当に皮肉なものだ。いつどこでどんな不幸が待ち受けているなんてことは誰にもわかりはしない。災難にあったのは堤防を登り切った時だった。俺たちは空中に浮かんでいて、笑いながら俺たちを見つめている少年の顔が目の前にあった。 ムサシ無理せんとチャンスを待つんや」「承知してしておるぞなアサやん」 もとよりムサシもそのつもりで抵抗をすることはなかった。


小さな箱に入れられて着いたのは俺たちがいつも見ていた村の一軒家だった。部屋に入ると俺たちは大きな透明の箱に落とされた。情けないことだが俺は何も考えずに夢中になって泳ぎまくっていた。なにしろこんなにも自由な気分になったのは生れて初めてだったからだ。しかもムサシの絶望的な危機さえも気づきもせずにだ。


「ムサシ大丈夫か」 と叫ぶアサやんの声が聞こえた。バシャバシャと音を立ててムサシが踠いているのにその時やっと気がつき俺は慌てて駆け付けた。 「水槽の壁までムサシを運ぶんや。それから上に登っていくんや」 とはいえ悲しいかな腕力極小の俺達ではムサシを助けることなんてとてもじゃないが出来そうにはなかった。


そんな俺たちを少年は上から覗き込み満足そうに笑うとムサシを指でつまんで、さっきの小さな箱に入れてどこかに去っていった。 「心配せんでも大丈夫や。あの様子やったら儂らを捕まえた土手にムサシを放しに行ったんやろ。あの少年の目的は儂らハリガネムシの観察なんや。そやからそれが済んだら儂らも川に流してくれるやろ」 アサやんの考えに俺は納得した。もっともムサシとのこんな別れは残念ではあったがこれも運命なのだと受け止めるしかなかった。


七  解き明かされた悪夢

俺とアサやんが泳いでいるところは水槽という水を入れるガラスの箱だそうだ。水を感じた瞬間に俺は脊髄反射を起こしムサシの体をすり抜けて水中に飛び出していたのだ。もっともそれは俺だけではなくアサやんもそうだったらしい。


ムサシが連れていかれてしばらくすると少年のお母さんらしい人が部屋に入ってきて掃除をはじめた。だからといって当たり前だが俺たちは彼女に何の不安も抱いてはなかった。ところが女の勘というのは鋭い。いつもと違ったものが部屋にあればすぐに気が付くらしい。彼女はけげんな表情を浮かべると恐る恐る俺たちのいる水槽を覗きにやってきた。


「全身をまっすぐに伸ばして動くな。一本の針金になりきるんや」 アサやんが叫ぶ。ところが俺はこんな大事な時に大いにやらかしまくっていた。水槽の上から人間に凝視され緊張してしまい全身がカクカクと動き始めてどうにも止まらなくなっていたのだ。


張り裂けるような悲鳴が水槽の水を振動させた。こんなすさまじい金切り声を人間の女性のどこヵら出るのか知らないが、ドカドカと大きな音を立てて男の人がやって来たのだからこれはこれですごい能力なんだろう。しゃがみこんで黙ったまま女性は俺たちを指さしていたが、水槽を上から覗き込んだ男性の正義感は爆発した。


その男の人は水槽を軽々と持ち上げるとトイレに直行して俺たちを便器に流した。トイレの水の勢いはものすごく、アサやんに二度ほど助けを求めたが返事はなかった。この後の記憶がないのはハリガネムシとしての俺の一生がここで終わってしまったからだろう。


『現在の俺は高校三年生でよう。あの村で暮らして青春を謳歌しているんだわ。そんでもって俺はこの間お地蔵さまからあるどえりゃあ大事なミッションを受けちまったで、二、三日のうちにお地蔵様の前で会おまい。この事はムサシにも知らせてあるでよう。また三匹で暴れるのが楽しみだが、今度はタカムラ殿も加わりそうだで。ほんでもって驚くでにゃあで。今生の俺は女なんだでよう』


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