表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/105

14歳―12―

~幕間~


 当たり前だが、リーゼァンナは物心ついた頃から傅かれて生きてきた。

 自分より何十年も生きた大人達が、媚び、(へつら)い、顔色を窺い、お菓子や物をくれたりする。


『まあ、そういうものなのか』


 他の王族や上級貴族の子供と同様、順応するのは早かった。


 好奇心旺盛なリーゼァンナは、毎日城や王宮を探検していた。乳母やメイドを連れて行くことも多い。

 そんな姿から、幼少の頃はおてんば姫で有名だった。


 そんな日々が続いた、八歳の頃。王都にほど近い街がまるごと占拠される事件が起きる。犯人組織は多くの人質を取り、王宮に対して金品はもとより、全囚人の開放など、法外な要求してきた。


 占拠は二ヶ月の長期間に渡り、王宮内でもいかに鎮圧、制圧するか、という話題で持ちきりだった。


 そんな時、リーゼァンナがいつものように城を巡っていると、父……国王や、宰相、各大臣を含めた団体と鉢合わせする。

 憔悴した顔で、彼らは道すがら占拠事件のことを話していた。


 そこに、リーゼァンナは言う。

「騎士団を突撃させれば良いのですわ! だって、我が騎士達はどんな困難からも民を守る、強く勇ましい方々ですもの!」


 深く考えての発言ではない。

 父や皆が困ってるのを、助けたかった一心だ。


 普通だったら取り合うわけもない、そんな子供の戯言を……

「……そうです。これ以上長期化させるのは、王の面目も立たなくなります!」

 一人の大臣が、熱心に後押しして国王に言い募った。


 リーゼァンナは後で知るが、その大臣は以前から強攻策を提案していたらしい。


「ならん。何度も言っただろう。人質が盾にされ、それを我が騎士が斬り殺すことになる。勝ったとして、残るのは死した街のみだ」

「ですが、潜入も交渉もやり尽くしました! これ以上は、もう……」

「……リゼ。向こうに行っていなさい」


 隈を浮かべ、頬がこけた父に言われて、リーゼァンナは大人しく道を譲る。


   †


 国王の忠言も虚しく、その日のリーゼァンナの言葉を皮切りに、王宮内の意見は段々と強攻策へと傾いていく。


 皆、これ以上の長期化を恐れていた。


 国民達も王宮を『無能』『腰抜け』と罵るなど、怒りの矛先を向けつつあり、早急な解決が求められていたのもある。


 もはや国王もその波に抗えず、数日後、騎士団は突撃部隊を編成。夜の闇に乗じて、進軍が始まった。

 戦いは三日間に及び、結果は騎士団により制圧完了。王宮内は歓喜の声で溢れかえった。


 経緯を知っている周囲の者から、リーゼァンナは「姫のお言葉のお陰」「王女様のご進言があってこそ」などともてはやされる。

 そんな嬉しそうな皆を見られたのが、リーゼァンナも嬉しい。


 ――あの時、お父様に提言して良かった!




 制圧から二日後、リーゼァンナの部屋に直接父が訪れた。


「ついてきなさい」

 それだけ言って踵を返す父に、リーゼァンナは言われたとおり後を追う。


 連れて行かれた先は、国政室。王や大臣などが日々会議をしている部屋だ。『絶対に入ってはいけない』と釘を刺されている場所。この日初めて、リーゼァンナはその中に入った。


 王の入室に、それぞれ席を立って深く礼をする大臣達。

 少し遅れて、リーゼァンナの姿に動揺と疑問の声が漏れ出す。


 父は一番奥の席に座り、その横にリーゼァンナを立たせた。


「では、報告を」

「へ、陛下……よろしいのですか?」

 ドアの近く、鎧を着た男性がリーゼァンナを見てそう尋ねる。


「ああ。一切の隠し立てなく、微細正確に述べよ」

 そう言った父を見る大臣達は、一様に信じられない者でも見るかのようで。良く分からないながら、リーゼァンナは怖くなった。


 ぎゅっ、と父の袖を掴んで、鎧の男の話を聞く。




 それは占拠事件の顛末の報告会であった。

 騎士団の進軍を察知した敵組織は、まず見せしめに三歳の少女を公園で惨殺し、磔刑にして晒し者に。


「お前達の子供、親、家族、友人知人……同じ目に遭わせたなくなかったら、貴様らを見捨てた騎士団を殺してこい!」


 そう言われた街の男達は、それぞれ手に武器を持って騎士団に応戦。結果、この作戦で発生した戦闘のほとんどは、騎士と住人達の殺し合いであった。


「……騎士達は、自国の民に剣を向けたというのか?」

 父の冷たい質問。

 それは、とっくに返事が分かっているかのようで。


 ただ他の者……特にリーゼァンナに、返答を聞かせるためにすぎない。


「はっ……。拘束に成功した者はその限りではありませんが……、騎士数名に死傷者が出たため、指揮官はやむなく抜剣命令を……」

「分かった。続きを」


 ……そこからの話を、リーゼァンナは正直、正確に覚えていない。幼い頃の記憶だし、今生はこの報告会がなかったからだ。今生では父に任せた結果、三ヶ月経過のち、無事無血で解放されている。


 ただ報告会の後、議事録を読み返したことがあり、何が起こったかは今でも記憶に残っていた。


 男達を倒した後は、女子供が『盾』にされたこと。

 攻撃をためらう騎士から、隙を突かれて倒され殺されたこと。

 人質の救出作戦……という名目で、結果半数以上救出できずに終わったこと。住人の死者のうち、騎士達の手によるものがほとんどを占めたこと。


 占拠事件は泥沼の様相を呈し、多くの住人の血と命を失って、勝利を得たこと。



 ――私のせいだ。



 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、吐き気が込み上げ……次の瞬間には、思わず胃の中の物を吐き出していた。

 ――私が、突撃させれば、なんて言ったから……


 目から、口から、あらゆる液を出しながら、リーゼァンナはその場で大声を上げて泣いた。


   †


 それからおてんば姫はなりを潜め、大人しくなった。

 けれど、ただ落ち込んでいただけではない。


 まずは、様々な戦の議事録を図書室で漁って読み出した。二度とあんな戦いは起こさないよう、どうすれば起きなくなるかを、自ら率先して勉強し始めた。


 見たこともなく名前も知らない三歳の女の子に――罪もなく死んでいった多くの民に、誓う。


「あなたたちの死は、絶対に無駄にしない……」


 勉強をしていくと、戦とは周囲の地形、関わる者達の性格や傾向、動機、思想と理念、成り立ち、時期や季節、用意できた武器や装備などなど……ありとあらゆるものに影響されているということが分かってくる。


 次第に学びの範囲は広がり、様々な方面の知識を貪欲に飲み込んでいった。


   †


 報告会から数ヶ月後。

 ある大臣から「よろしければ、お知恵を拝借いただけませんでしょうか」と声を掛けられる。


 それはあの日、リーゼァンナの突撃案に真っ先に同意した大臣だった。


「実はあの占拠事件以降、各地で類似犯が出るようになりまして……。あの事件を収めるに至った殿下の玉言を、またいただきたいのです」


 それを聞いて、リーゼァンナは一も二もなく頷いた。

 ……あんなもの、玉言どころか、地獄を引き起こしただけだけど。

 あれを繰り返さないために少しでも役に立てるなら、なんだってする。


 その大臣に案内されて、再び国政室へ。


「姫!?」

「貴様、なぜここに……」


 これもリーゼァンナは後に知ることだが、声を掛けてきた大臣はこの時期、能力を疑問視され立場が危ぶまれていた。会議の最中にも関わらず外に居たのも、無能と烙印を押されたからだ。


 王女の威を借りて沽券を取り戻そうと、リーゼァンナに声を掛けたわけだが……本人にとっては心底どうでも良い。


「占拠された集落の地図を。あと、敵勢力の成り立ちと、数と装備、可能なら土着の信仰や教義に関する情報もお願い」


 宰相や大臣、部屋の中にいる執事達が、リーゼァンナと王を見比べる。


「……地図はここに。敵や現地のことは、宰相、復唱を」

「はっ!」

 王に命令され、宰相がリーゼァンナに教える。

 …………

 ……



 全ての情報がリーゼァンナの中に入り、なおも追加情報の脳内処理を平行して話を進める。


「エレトレイア砦解放戦と地形が似ています。この丘陵から挟撃して、こちら側に火樽を……」

「エレトレイアとは、ここに水源地があることと、この山道の幅が全く違う。それにガニエ作戦は冬の時期だったからこそだ。今の時期は効果が薄い」


 父と地図を挟んで、指さしながら話を進める。


「確かに……であれば、空はどうでしょう?」

「空……。そうか、メガリスの槍……!」


 王が感嘆と驚愕し、リーゼァンナを見る。

 と、同時に一人の拍手の音が国政室内に響いた。


 皆が視線を向けると、拍手していたのはリーゼァンナを連れてきた大臣だ。


「素晴らしい、流石姫様! そのお歳で陛下と軍議を交わすとは! なんと博識で賢哲な……」


「うるさい」

 リーゼァンナが一蹴する。

「おべっかでも賄賂でも後で受け取ってやるから黙って。命が掛かった会議なの。邪魔しないで」


 リーゼァンナは一瞬睨んで、すぐに視線を地図上に戻した。

 その威圧に、周囲の誰もが王の才覚を感じていると……


「リゼ、口が悪い。ここに居るのは仲間なんだからな」

 父が静かに窘めた。

「だが、言う通りだ。話を戻すぞ」


「……はい。失礼しました、陛下」

 リーゼァンナは素直に頭を下げる。


「その前に一つだけ。賄賂はやめておけ。受け取ると色々面倒だ」

「承知いたしました。一生受け取らないことにします」


 父はどこか楽しそうに口元を歪めて、一所懸命に思考するリーゼァンナのつむじを見つめた。




 その日から、リーゼァンナは度々国政室に呼ばれるようになる。件の大臣は関係なく、父自ら、呼び出すようになったのだ。


 大の大人が揃って解決できないことを、誰よりも考える。

 知恵熱が出るまで考えて、知恵熱が出ても考えて、鼻血が出ても考えて。


 時に現地に赴き、どの大人よりも働いた。

 王家に生まれた者として、これが責務なのだとリーゼァンナは実感していた。


 三歳の少女を殺した馬鹿な子供でいることが、我慢ならなくて。

 罪なき住人を殺した馬鹿な子供が生きるのを、許せなくて。


 リーゼァンナは学び、考え続けた。

 国、父、母、弟、王宮、騎士、貴族、民……

 人、心、哲学、宗教、倫理、道徳、命、時間……

 全ての事象を四次元的に思考し、三次元で実行する。

 そういう人間に、育っていった。


   †


 そんなリーゼァンナからすると、この森に落ちたときから自分が弱点だったことは明白だ。

 だから、『後ろ向きな話はしないように』と誘導した。


 自分が邪魔者であることに気付かないふりをして、ルナリアの思考を狭めさせた。

 本当は死ぬほど恥ずかしかったけど、裸で抱き付いて暖めるような真似もした。自分への情で絆そうとした。


 ――自分が死ぬわけには、行かない。


 ただその一心で。




 けれど、リーゼァンナは忘れていた。

 めまぐるしく回る頭脳が、見落とした。

 

 見ず知らずの人の死に吐くほどストレスを覚える自分が、『目の前で痛めつけられる少女を見て耐えられるわけがない』という、簡単な事実に。


~幕間 続く~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いきなり今まで述べられていなかった、割と結構大事件でしたね。確かに突撃したら人質が犠牲になるですけど、ただ突撃を止めるだけで簡単に人質を救える気が全くしないですけど。ちなみに王様は割と賢明の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ