14歳―10―
四日目。
まだ空は黒い雲が覆っているけれど、雨はすっかり止んでいた。
晴れているときは綺麗な森に見えたこのダンジョンも、薄暗い中だとその凶悪さも相まって、なんだか不気味に見えてくる。
相変わらず、この恵まれた地で育った魔物達の攻撃は多種多様な上、間断がない。
王宮に探索を諦めさせたほどの物量と質量は、半日英気を養った私を、けれど急速に消耗させていく。
特にこの日は、初めて見た木で出来た人形の魔物がしつこくて、いくら倒しても次から次が出てきて終わらない。
体感一時間以上戦い続けて、もちろんその間全く進めない。
せめて一体一体が弱かったら良いんだけど、生意気にも前衛後衛の概念で陣形を組み、怒濤の波状攻撃を仕掛けてくる。
――これは、ジリ貧だ……
このままだと私の体力か魔力神経の限界の方が、全滅させるより早く訪れるだろう。
幸い、移動速度は四足歩行の魔物よりは遅い。遠距離魔法はしてくるものの、空を飛ぶことは出来ないようなので、逃走した方が良さそうだ。
「殿下! こいつらから逃げます! 護法剣解いて抱えますので!」
離れたところに居る殿下に言う。
「分かった!」
両手でメガホンを作って、殿下が答えた。
近づいてくる前衛の木人形を斬り裂いて、開いた道を駆け抜けて殿下の元へ。
私が触れる直前で護法剣を解除し、左腕で抱えて一気に跳躍。
そのまま魔力の足場を生成、地上三メートルほどの高さを跳んで木人形の群れから離れた。
後ろを見て、魔法攻撃が飛んでこないか警戒。
案の定、放たれた風魔法をガンガルフォンで打ち落としていく。
「ルナリア、左下!」
殿下の声で視線を向ける。
すぐ間近に、木人形ののっぺりした顔があった。
――えっ?
ちらりと見えた視界の端で、二体の木人形が両手を合わせてこちらに上げているのが見える。
――くっ、二体掛かりで投げてきたのか!
目の前の木人形が棍棒を振り下ろす。
その先には、殿下の頭があった。知性があるこの魔物は、こっちが弱い方だと分かって狙っているのだ。
ガンガルフォンは今魔法を斬ったばかりで、振り抜いた位置も正反対。迎撃は間に合わない。
逡巡は一瞬。
殿下を包むように抱き寄せて、補助魔法全開で左肩口を覆う。本来筋肉の補助であるが、無いよりマシだろう。
左肩から背中の辺り、その部分だけ刳り抜けてしまいそうな衝撃。
「ぐぅっ!」
「きゃあ!」
意識が飛びそうな速度で、私と殿下の体が叩き落とされた。
なんとか地面にガンガルフォンを突き立てて、地面に直撃することだけは避けた。
そこに八方から襲いかかってくる木人形の群れ。
「邪魔、だぁ!」
自分の体を軸に、ガンガルフォンの回転斬り。周囲を一掃する。
僅かに出来た隙間を突いて、再び足場を生成。
そのまま上に昇って、再び空中を跳んだ。……また補足されないように脚力の補助全開で、足場の間隔も飛び移れるギリギリに配置。
「……殿下、私に強くしがみついててください」
「ルナリア、左腕が……」
「力が、上手く入らなくて……。さっきみたいに、気付いたらすぐ声を出してくれると助かります……」
「……ああ、分かった」
――左肩から先の感覚が、ぼんやりしている……
ただ一時的に麻痺しているだけなのか、それともどこかの骨が折れたか……
木人形の武器が刃物でなかったのだけは幸いだ。
†
その後確認してみたところ折れてはいないようで、左腕を動かすこと自体は出来た。
が、動かすたびにズキズキという痛みが走る。我慢できないほどではないけど、少々うっとうしい。
戦いに大きな支障はないだろうけど、初日にやった片腕バク転みたいなアクロバットはやめておいた方が良さそうだ。
「……すみません、私の裾を少し持っていただけますか?」
「構わないが、どうした?」
「三角巾を作りたくて。移動してるときは、固定した方が楽かなと」
「……そうだな、そうした方が良い」
殿下に裾を持って貰って、小さな魔法剣でドレスの裾を横向きに斬る。
ドレスから切り離した布きれの真ん中に左手首を置いて、両端を首の後ろに回す。左の前腕が地面と平行になるように、殿下が上手く調節してくれた。
「……すまない」
私の後ろで結びながら、殿下が謝る。
「なんの謝罪か良く分かりませんが……」
顔だけで振り向く。
「前向きですよ、殿下。過ぎたことにこだわってても仕方ありません。昨日仰ってくれたじゃないですか」
「あ、ああ……そう、だったな。今のは、良く無かった……」
言って、殿下はぎこちなく笑う。
――殿下の様子が、おかしい。
なんとなくそう感じはしたものの……具体的にどこが変なのかは、上手く言葉に出来なかった。
このときの私は、気付かなかったのだ。
この四日間、殿下は護法剣の中で、自分の無力を呪う言葉を吐き続けていたことを。
私が初めて大きな怪我をして、心の均衡が崩れかかっていることを……
†
四日目の戦いは、熾烈を極めた。
木人形達が木の巨人を連れてきたことを皮切りに、その巨人を目印にまた別の魔物が寄ってくる。この日の最初、木人形に見つかったことが運の尽きだったのか。
左腕の怪我のせいで、殿下を抱えて逃げるのも難しい。
――つまり、殲滅するしかない。
良いさ、やってやる。
その方が、分かりやすくて私らしい――
間違いなく人生で一番多くの魔物を撃破しだろう。
気付けば周囲は暗くなっていた。月が見えていたけれど、正直いつから戦い始めたか覚えていなくて、どれくらい経ったのか良く分からない。
「ルナリア!」
その声に驚いて振り返る。
護法剣を解除したつもりはない。
――まさか、魔物に破られた!?
そう心配するも、こちらに駆け寄ってくる殿下は無傷だ。周囲に魔物も見えないし、逃げてるような様子もない。
護法剣は自然に解除されたのだ。
護法剣は一度生成すれば十時間は保つ。もともとギリカを軟禁するために開発した魔法剣だ。他の魔法剣より長く持続するし、その分魔力も消費する。
駆け寄ってくる殿下に急いで近づいた。
周囲を見渡して索敵。暗いから、いつもより入念に……
「……大丈夫だ。君が全部、やっつけてくれたよ」
離れたところで見ていた殿下には分かっていたのか、そう言って私の額を親指で拭う。
その親指の先には血が付着していた。
「見たところ、あまり深くはなさそうだ。痛みはどうだ?」
「いた、み……」
言われて、気付く。
「……左の、肩と背中が、凄く痛くて……額は、大丈夫。でも、クラクラして、世界が揺れてる……」
上手く口が動かなかったけど、段々喋り方を思い出してきた。
全身の魔力神経の痛みは、とっくに麻痺してるから良いとして……。
この十時間ほどの記憶が飛び飛びで、なんで頭を怪我してるのかも良く覚えていない。
「……少し休んでいこう。今の君は、動ける状態じゃない」
「いえ、ここに留まるのは、危険です……」
周囲を見渡す。目当ての川を見つけた。
――確か、あっちだ。あの川の先……
「戦ってる時、良さそうな場所を見つけました。休むなら、そこで」
「そうなのか……?」
殿下を連れて、川沿いを下るように三分ほど歩く。
その道中、殿下が果物を採取していた。ドレスの裾を広げて、その上に置いていく。
「ここです」
そこは小さな滝になっていて、先ほどの戦いでも何体か叩き落とした場所だった。
近くの坂になっているところから下に降りて、滝の裏側に回る。
そこはぽっかりと空洞になっていて、都合良く夜が越せそうだ。
「良いところだね。ここなら魔物も早々来ないだろう」
「はい」
二人とも中に入ったところで、護法剣を入り口に突き立てる。滝が落ちる音が聞こえなくなった。
「あれだけ長い時間大立ち回りしたんだ、まずは補給を……ルナリア!?」
殿下の声が大きくなって私を呼ぶ。
それとほぼ同時に、私の全身を誰かが叩く。
――いや、叩かれたのではない。
自分が地面に倒れ込んだのだ。
「ルナリア! 大丈夫か、ルナリア……」
殿下の声が遠くなっていって、私の意識はそこで途切れた。
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