14歳―8―
結論から言うと、果物を取った意味はほぼなかった。
なにせ少し歩けば、なにかしらの木の実や果物がそこかしこに成っている。天然でここまで見事な栽培環境が整うなんて奇跡だろう。
水場も多く、動物も魚もちらほら居るし、鳥だって飛んでる。その気になればタンパク質だって事欠かない。調理の問題はあるけど。
水や食料が豊富なのは、先の見えない私たちにとっては良いことだ。
が、それ以上に問題がある。
こちらを襲ってくる魔物の多さだ。
日差しがオレンジ色になるまで歩いて、戦闘回数を詳しく覚えてられない程度に発生した。多分二十か、三十にいったかも、くらい。
その都度殿下には申し訳ないが、狭い護法剣の中で待機いただいている。
授業や本では見たことも聞いたこともない魔物ばっかりで、大小様々だ。アナライズがなかったら……そして弱点属性を的確に突ける魔法剣の才能がなかったら、絶対にここまで進めなかったと断言できる。
人型の上半身と花の下半身をした魔物、意思を持ち柔軟に変形するツタの魔物、全長五メートルは超える鷹か鷲みたいな魔物、空を駆ける馬みたいな魔物、怒ると炎を纏う猪みたいな魔物……
動植物系だけかと思いきや、毛が生えていない猿みたいな小型の魔物、牛っぽい頭を持った小巨人のような魔物、ガーゴイルに似ているけど腕が三本ある魔物など、二足歩行系も存在してた。
一メートルくらいある大量の蜂の魔物相手には、強さより生理的嫌悪感で苦戦した。
……とりあえず巨大な虫系の魔物は、ここのダンジョンのみならず一生戦いたくないくらいには軽くトラウマである。
†
そうして、もうすぐ日が沈む頃。
人間大で二足歩行系のトカゲみたいな魔物群、その最後の一匹を斬り裂いた。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
……上がった息が戻らない。
全身の魔力神経が痛みという悲鳴を訴えてくる。
とにかく、ここの魔物が強い。一撃一撃に神経がすり減る。
戦闘時間だけでいえば、毎日の訓練の二倍程度なのに……体感の疲労度は、二倍どころじゃない。
あらためて、本当の命をかけた実戦経験の少なさを思い知った。
「……大丈夫か?」
護法剣を解くや否や、殿下が私の肩に触れる。
「ここ、切れているな。手当て……しようにも、する物がないんだが……」
「だい、じょうぶです……。かすり傷、です」
「……今日は、どこかで休もう。そろそろ日も暮れる」
「……はい……」
少し前に、丁度良さそうな洞穴を見つけている。
二人でそこに戻り、入り口に大きな護法剣を突き立てた。
……そこで膝から力が抜けてしまう。
「ルナリア!?」
膝を付いた私に、慌てたように殿下が近づく。
「だ、大丈夫です。ちょっと、ふらついただけで……」
「それは、大丈夫とは言わんよ。少し横になるといいが……岩の上に直接寝るのもなんだな」
殿下はロングコートを脱いで、私の下に敷く。
「殿下、コート……汚れて、しまいます」
「気にする必要ない。まだ固いだろうが……」
「いえ、ありがとう、ございます……」
「……そんなの、こちらこそだ。喋らなくて良いから、ゆっくり休んでくれ」
それから、朦朧としているのかまどろんでいるのか、良く分からない時間がしばらく続いて……
気を失ったのか眠ったのか、良く分からないまま意識を失った。
†
翌日は、朝からとにかく戦闘続きで。
他の魔物達から情報共有でもあったのか、昨日を遙かに超える頻度でずっと魔物が襲いかかってきた。
まだ空が暗いうちから、入り口の護法剣をノック……というには激しすぎるノックで叩き起こされ、撃退。
場所が割れたのに居続けるのも良くない、と二人で寝不足の目をこすって進もうものなら、三歩と待たずに別の魔物。
太陽が真上に来る頃まで、ほとんど休む間もなく剣を振り続けることになった。
お昼になったら少しマシになって、私たちはやっと歩みを進められるようになる。殿下は私を心配して休憩を提案するけれど、留まっていたら休憩が休憩になるか怪しい。
歩いている方が精神的にも良いので、と強行することにした。
太陽の位置が少し傾いた頃、鳥型の魔物の襲撃を皮切りに、再び怒濤の襲撃が始まる。……まるで昼休みでもしていたかのように。
このペースではいつまで経っても出入り口には着けない……
かといって、殿下の護法剣を解く隙なんかあるわけない。
そんな焦燥感に駆られつつ、合間に適当にもぎ取った果物で補給をしながら、剣を振るい続ける。
二度目のラッシュが終わったのは、空がオレンジになる頃。
今のうちに、と私は少し焦る気持ちで、渋る殿下の手を引いて前へ進む。
――息が、苦しい。
――脚が、体が、重い。
生まれてこの方、こんなに長い時間戦ったことなど無かった。
昨日は、初日ということも合あって精神の方がきつかったけれど……
今日は単純に、肉体と魔力神経の方が厳しい。いくら補助魔法があっても、動いてるのは結局私の体なのだ。
――そういう意味では、心の方はもう適応できた気もする。
命のやりとりも、これだけ強行軍させられれば慣れるというものだ。
ズキズキと痛む魔力神経に、負荷を見るためアナライズをしようとして……やめた。見たって良いことはなさそうだし、あんまり意味もない。
「ルナリア、これ以上は危険だ。暗くなるし、なにより君が……」
と、そこで殿下が強い口調で言ってきた。
「……私は、大丈夫です。それより、今日は全然進めなかったんですから。殿下が大丈夫そうなら、進んでおかないと……」
「私は見てるだけだしなんともない。だが、君が倒れでもしたら全滅してしまう。なんなら、明日は丸一日休んでも……」
「……安心して休める場所があるなら、それでもいいですが……曲がりなりにもここはダンジョン。そんな場所、あるとは思えません……」
「……それは、そう、なんだが……」
「大丈夫です、殿下」
私は努めて、笑って見せた。上手く笑えたかは、正直自信がない。
「殿下は必ず、私が地上に帰します。信じて、ください」
「……ルナリア……」
笑顔の自信がないから、私はすぐに殿下から目を逸らして、また前に向き直ってしまう。
――本当だったら、今日から私たちは、新しい人生が始まっていたのだ。
こんなところで……前生と僅か数日違いで……死んでなんて、いられないんだから。
その日は、見つけた大きな木の根元で寄り添い、殿下のコートを二人の掛け布団代わりにして眠りについた。
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