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14歳―7―

 ようやく、『コイツには勝てない』と分かってくれたのか。

 敗走する群れの残りを呆然と見送りながら、私はエンチャントをやめて魔力剣を消す。


「はあ、はあ、はあ……」

 呼吸を思い出すと、僅かに息が上がっていた。 


 学園のダンジョンの、どの魔物よりも強かった。

 幸い一撃も食らわなかったけれど、正直運が良かったとしか思えない。連携がかなり強力だ。個体差もあって一律的な対策が難しい。防御力が弱めで、簡易の魔力剣でもダメージになってくれたから助かった。


 ――次また同じ状況になったら、こうはいかないかもしれない……


 たがまあ、なにはともあれ周囲に気配はなくなった。

 息を整えて、殿下の元に戻って護法剣を解除する。


「お見事」

「運が良かったです」

「白銀の剣花は、足技も華麗だな」

「……どこでその呼び名知ったんですか」

「多分、君に初めてそれを伝えた奴と一緒だよ」

 ――ガウスト殿下。まあ、それもそうか……。


   †

 

 再び森の中を進む。

 私は元々ヒールの低い靴だったからそのままだけど、「歩きづらい」と殿下はあっさり自分の靴のヒールを折った。私がやります、と言う間もないほどの手際で。


「君の体力をこんなことで消耗させるわけには行かない」

 なんて言いながら、もう一つの靴のヒールももぎ取ってしまう。


 それからさらにしばらく歩き、顔を上げても太陽が見えなくなった頃。


 微かな水の音がしたと思ったら、すぐに小川にぶつかった。

 魔物ではない、普通の動物が川の水を飲んでいる。私たちに気付いて、数匹が反対側へと逃げていった。


「ダンジョンに水場があるなんて、なんか変な感じします」

「そうだな。山間(やまあい)だからおかしくはないんだろうが……。動物が飲めるほど新鮮な水があるとは」


 言いながら、殿下が川に近づく。

 しゃがみ込んで、手を伸ばした。

 私が、まさか、と思って駆け寄ったときには、すでに水を掬って飲んでいる。


「で、殿下! 不用意に口に物を入れないでください!」

 ――小さい子供かアンタは!


「なに、毒味ならあの動物たちがしてくれている。さっきの戦いで汗を掻いただろう? 君も飲んだ方が良い」

「いやまあ、そうかもしれませんが……」


 私が横で立ち止まると、殿下が空を見上げた。木々の合間から青空が見える。


「この分だと、一日二日では森を出られないかもしれない。補給できるときにしておくべきだ。……戦う君は、特に」

「……もしかして、私のために毒味されたのですか?」

「それもある。この森を抜けるには、君の力が不可欠だ」

「だからって、殿下が体調崩されたら元も子もありませんよ」


 殿下はすぐに返事をせず、顔を降ろして、川面に視線を降ろした。

「……そう、だな」

「?」


 殿下の横顔はなにか思案しているようだった。

 が、すぐに顔を上げる。今度はほぼ正面に。視線を降ろしたときに何か見えたのだろうか。


「あれは、まさか……」

 足下に注意しながら、ドレスの裾を上げて小川の浅いところを渡る。


「だから殿下、そういうことするなら私が補助しますから……」


 さっさと渡っていった殿下を追う。

 石ばかりの河原から再び緑が生え出す、その境界に一番近い木を見上げている殿下。私もその視線を追って上を見る。


 丁度殿下が手を伸ばせば届きそうな位置に、黄色の丸い実が成っていた。


「間違いない、ゴールドフルーツだ」

 殿下が言って、その実に手を伸ばす。

 あっさりと木から取れて、殿下は胸の高さまで下ろして見つめていた。


 ゴールドフルーツとは、その名の通りに金に値する、といわれる超高級果物だ。

 栄養満点、滋養強壮、味も甘くとても美味だという。新鮮な物は公爵家ですらおいそれと買うことができない値が付くため、私は前生でも今生でも食べたことはおろか見たこともない。


 王女たる殿下は、当然何度か食べたことがあるから分かったのだろう。


「本当ですか? どうしてこんなところに……擬態した別の植物でしょうか?」

「……待て。向こうに成ってるのは、まさかエメラルドベリーか……?」


 次に殿下が見ていたほぼ正面、腰ほどの高さの茂みには、名の通り綺麗なグリーンの小さな実が輝いていた。

 エメラルドベリーは、私も以前に一度だけ――前生今生合わせたら二度――見たことがある。こちらも非常に高価な果物だ。


「あっちにあるのは、サファイアシトラス……? おいおい、この国の、いや世界の経済がひっくり返るぞ……」


 また別の方向を見て、殿下が目を白黒させた。サファイアシトラスも、同じく滅多に採れない幻の高級果物である。


「まさか幻覚魔法を使う魔物が……? まずいですね、だとしたら私じゃ対処できない……」


 周囲を警戒する。見渡しても動物以外の陰も気配も感じられないが……すでに幻の中に取り込まれているのなら、視覚も聴覚も当てにならない。


「……いや、こんな幻をわざわざ作る意味ないだろう。そもそもこんな希少品を魔物が知っていて、さらに我々をおびき出せる知識を持っている確率が、あまりに低い」


 低いかもしれませんがゼロでない以上警戒を……

 と言葉にして言う前に、殿下は手元の果物にかぶりついた。

 いつの間にか皮を一部剥いていたのだ。油断も隙も無い。


「ちょっと! さっきからなにしてんですかアンタ!」

 思わず口が汚くなる。

 ――護衛する身にもなっていただきたい。切実に。


「……間違いなく、ゴールドフルーツだ。私が食べたことある、どれよりも甘くて美味しい……」

「殿下、吐き出してください! 幻の中で毒を含まされた可能性が……」

「いや、これは本物だ。そう考えれば、納得も行く」

「……納得? なんの納得ですか?」


 殿下は私を見て微笑んだ。

 それはまるで、新しい宝物を見つけた少年のように晴れやかだった。


「長年、なぜガーベージフォレストから魔物が出ないのか、誰も解明できなかった。だが、この綺麗な水に、栄養価の高い果物、さらに動物の生態系があるなら、答えは簡単だ」


 言われて、私も気がつく。

「……そうか、食料……」


「そうだ。魔物達は出る必要がなかった。ここの魔物達から見たら、地上の方がむしろ劣悪な環境に見えてるだろうからね」


 王家が長年探索を……つまり、理解を放棄したダンジョンの新事実に、殿下は興奮した様子で言った。

 ……いやまあ、確かにすごい歴史的発見なのかもしれないけど……


 ――正直そんなことより、私は貴女を無事地上まで送り届けたいんですが……


「少し取っていくとしよう。ここから先、食料は貴重になるかもしれない」

「それはそうかもしれませんが、案外すぐに出られるかもしませんし。お願いですから、やむを得ない状況になるまでむやみに口に入れないでくださいよ」

「ああ!」


 聞いているのかいないのか、殿下はスカートの裾を持って広げ、そこに各果物を入れていった。大した量は持ち運べないが、それでも二人で一晩をしのぐくらいなら問題ないだろう。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐れを知らず、活発的な王女様ですね。今までもその通りですけどww
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