14歳―6―
が、およそ3メートルほど昇った時だった。
「あれ?」
今居る場所より上に、足場が生成できない。
正確には、生成できるけれど、すぐに消えてしまう。
「どうかしたか?」
空中で立ち止まる私に、殿下が尋ねる。
「作った足場がすぐに消えてしまって……」
「なに?」
どうしよう、このままだとこれ以上昇れない。
自分自身をアナライズで見てみるが、MPにも魔力神経にも異常は無い。そもそも足場生成にMPも魔力神経もほとんど使わないし……。
となると、考えられるのは……
「この辺りに魔力を阻害する何かがあると思われます。土壌か植物か、あるいは生物や魔物か……」
――それとも人間、もしくは亜人……?
足下に広がる森に住んでいる者がいるのだろうか。
「魔力を阻害……そうか……」
殿下は口元に手を当てて、小声でなにかを呟く。
「ルナリア、ここは恐らく、ダンジョンだ」
「ダンジョン?」
足下に広がる森を見下ろす殿下に釣られて、私も下を見る。
「ガーベイジフォレスト……。地図を見たときの記憶が確かなら、この辺りにそう呼ばれるダンジョンが広がってるはずだ。もしかしたら前生で落とされたのも、この森だったかもしれん」
直訳すると、『捨てられた森』……?
「君も知ってるだろうが、ダンジョンを出る方法は三つ。正規の出入り口から出るか、最奥のボスを倒すか、脱出用のアイテムや魔法を用いることだ」
「そうか……、一度降りた私たちは、『ダンジョンに入った』という扱いになって……」
「ここから上に出ることは妨げられている、と考えられるな」
私のセリフの続きを殿下が引き継いで言う。
「……上から入れるくせに、出られないとか卑怯ですね」
「ダンジョンに物申しても仕方ないさ」
これまで、学園にある訓練用の洞窟型ダンジョンしか入ったことがない。だから、正規の脱出方法以外で出ようとする機会もなかった。
――非洞窟型のダンジョンって、こうなってるんだ……
「この分だと、ロッククライミングなどのやり方でも出られないだろう」
そもそもこんな高く、ところどころ反り返ってるような崖、いくら補助魔法があっても素人には無理だ。
「脱出アイテムや魔法はありませんから、出入り口を探すか、ボスを倒すしかありませんね……」
「そういうことなるな」
――『ダンジョンのルールを斬る』なんてエンチャント、もし仮にできたとしても、斬る対象が分からない。
このまま上に戻るのは諦めて、ダンジョン攻略に臨まなければならないようだ。
†
再び地面に降り立つ。殿下が私を離したので、私も左腕をどけた。
見渡すと、ガーベイジフォレストの名とはほど遠く、蒼々しい綺麗な森が広がっていた。
「……ここは、攻略も探索も放棄されたダンジョンの一つだ」
殿下は眉根を寄せて話す。
「門番がいるタイプのダンジョンで、これがとにかく強い。なんとか撒いて中に入っても、生息する魔物がこれまた類を見ないほどに強すぎた。探索隊は毎度全滅、ついには先々代以降一度も探索隊が向けられることはなくなった。
だがなぜか、このダンジョンから魔物が地上に排出されることはない。故に、ここは無きダンジョンとして放棄し、一般流通の地図にも載せなかった。王宮の図書館にある、『完全全土地図』以外には」
「……だから、捨てられた森……?」
「そういうことだ」
森の奥から風が吹く。
ざあぁっ、と木々と草花がざわめいた。
『ようこそ』とでも言いたいのか。それとも『来るな、帰れ』だろうか。
「……危険だということは分かりました。が、先生達の状況も気になります。急いでこの森を抜けましょう」
「ああ」
殿下が一歩、歩き出す。
「私たちが落ちた位置的に、おそらくあちらへ進めば正規の出入り口に着くはずだ。ボスと戦うよりはそちらの方が良いだろう」
「分かりました」
私にはどっちが入り口で、どっちが奥なのかも全く分からない。アナライズはあくまで物や人のみが対象で、ダンジョンの地図や構造を見たりはできないようだ。
殿下の言うとおり、崖から見て右側へと進んでいくことにした。
†
歩き出してからしばらくすると、周囲を無数の気配が囲うのが分かった。
姿をほとんど見せず、葉ずれや足音、微かに聞こえる呼気……そしてなにより、殺気のこもった視線。それらが確実に、何かが居ると雄弁に語っていた。
「殿下、一旦止まりましょう」
「ん? ……わっ!?」
護法剣を殿下の周囲に展開する。
「魔物達が包囲しようとしてるので、その前に殲滅してきます」
と、そこで茂みの中から複数の魔物が飛び出し、襲いかかってきた。まさか人間の言葉が分かったわけじゃないだろうけど……。護法剣の発動に反応したのかもしれない。
二頭を持つ狼のような魔物の群れ。大きさは二メートルを超えるものも居れば、一メートルに足らないものも居た。
魔力剣を展開、数五十。
こうすれば、一対多数でも擬似的に多数対多数に持ち込める。
意思を持った五十の剣(だけの)兵隊。
私ではなく宙に浮く魔力剣と戦いはじめ、段々と近づいてくる魔物は減っていく。だがそれでも、一部は私本人に狙いを定めているようだ。
――その先頭の、一番強そうなのをアナライズ。
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【???】
・HP 1032/1032
・MP 49/49
・持久 239
・膂力 187
・技術 72
・魔技 96
・幸運 10
・物理攻撃力 203
・物理防御力 199
・魔法攻撃力 122
・魔法防御力 136
一つの体に二つの頭を持つウルフ系モンスター。
統率の取れた素早い動きで獲物を狩る。
魔法攻撃力は高くはないが、炎を吐くことが出来る。連射は出来ず、目くらましや援護射撃が主な用途だが、至近距離で直撃するのは避けたい。
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エンチャントはとりあえず2。数値的にはこれで一撃で倒せるはず。
アナライズの名前が???だけど……この魔物に名前を付けた者が居ない、ということなのだろうか。
私がここで適当に『ダブルヘッドウルフ』とか呼んだら、それがこの世全ての鑑定魔法に反映されたりするのかな?
その辺りの検証はまた次に遭遇したときにするとして、先頭の一体を斬り伏せる。
両手を返して、次の魔物に下から斬り上げた。
と、今度は片方の口でそれを受け止められる。
押し上げる私と、押さえつけようとする魔物。
「giiiiiiiya!!!」
その隙に、もう一つの口が黒い炎の弾を放ってきた。
「くっ!?」
咄嗟に横向きにスウェーして躱す。
体勢を崩したところで、ガンガルフォンから口を離して一気に駆け寄ってくる魔物。
「こんのっ!」
私はそのまま後ろに倒れるように牙から遠ざかり……
ながら、脚の補助魔法を全開。
その上を通ろうとした瞬間、思い切り胴体を蹴り上げた。流石に、魔物相手にキュロット穿いてないとか気にしていられない。
「kywn!?」
私の体と大して変わらない大きさの魔物が、二メートルほどの高さまで浮き上がる。
地面に頭から落ちて、そのままその魔物は動かなくなった。
だがその間も、右から小型のすばしっこい個体が襲ってくる。私の喉元めがけて真っ直ぐに。
背中から倒れそうになるところを、左手を地面に。補助魔法を込めて、ショコラよろしくバク転で無理矢理立ち上がる。
0.1秒前まで私の首があったところで、ガチンッ、と二つの歯が音を鳴らす。隙だらけの側面に、ガンガルフォンを振り下ろした。
魔物に刃が当たる時にはすでに次の魔物を見る。手の感触だけで両断したことを確認しながら、背後から来る魔物に宙から魔力剣を落とした。
そちらは成果を確認する間もなく、今度は左と正面を同時に。もう後ろは上手く倒せた前提で行くしかない。
それが終われば今度は上から。
それも捌いて次は後ろを。
さらに次は左右の挟み撃ち。
炎を連射できない、というのが幸いだった。これで遠距離まで強かったら手が回らない。
のべつ幕なしに襲ってくる魔物……ダブルヘッドウルフの群れを退けたのは、それから三十分以上の時間が必要だった。
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