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14歳―4―

　レナも加わって賑やかになった二年生の日々は、毎日が楽しくてあっという間に過ぎていく。

　四ヶ月が経った。

　私はやっぱり死刑になる気配なんて微塵もなく、回生は大成功した、と言えるだろう。

　本当の意味で、新しい人生の始まり。前生の知識なんて一つも無い、まっさらな日々……。

　その始まりの日は、つまり前生の私の命日。

　そして、同じく前生でのリーゼァンナ王女殿下の命日である。

　　　†

　私は今、馬車に揺られて移動していた。

　二年前にリーゼァンナ王女殿下が開墾した村への定期視察の道中。

「トルスギット公爵家の令嬢が、私の酪農や畜産を勉強したいと言うので、今回同行することとなった」

　と、殿下は事前に騎士の皆に説明していた。　

　曲がりなりにも王女の公務に付き人として付いてきた身。流石に学園の制服ではなく、王女を引き立たせるために色味の薄いブルーのベアトップドレスを着ている。

　肩と背中が開放されており、スカート部は太ももの上までスリットを入れた私仕様だ。形状としては、ドーズ先生と初めて戦った時の色違いと言って良い。

　同じ馬車にはリーゼァンナ王女殿下、それにドーズ先生とギルネリット先生。殿下は黄色を基調としたシンプルなドレスに、いつもの黒いロングコートを羽織っている。二人の先生もそれぞれ屋敷で見たときと同じフォーマルな恰好だ。

　周囲には王宮騎士達が詰める護衛の馬車が、前に三台後ろに四台。

　……殿下曰く反対派だけで構成された、護衛隊という名の王女暗殺部隊。

「ドーズ、ギルネリット」

　殿下は静かに、二人の側近の名を呼ぶ。

　元々寡黙なドーズ先生に、私もどこか緊張して口が動かない中、ギルネリット先生が出す話題も尽きてきたタイミングだった。

「戦う準備を、しておいてくれ」

　身じろぎせず殿下を見るドーズ先生と、少し不思議そうにするギルネリット先生。

「……この辺りは人気(ひとけ)も魔物も居ない山間地帯ですが……」

　馬車の外を見て、ギルネリット先生が疑問を口に出した。

　今、馬車は整備された山道を進んでいる。遠くに小さくなった木々と山々が見渡せた。

「だからこそだよ」

「……王宮騎士の連中か」

　殿下の言葉を聞いて、ドーズ先生が言い当てる。

「君たちも女の王に傅(かしず)けないというなら、彼らに与するといい」

「ひ、姫様、その話は……」

　ギルネリット先生が慌てて殿下を制しようとする。ちらりと横目で私を見た。

　殿下が王位継承を狙っていることは、一切公表されていない。まだ王宮内と身内だけのトップシークレットなのだ。

「ルナリアは全部知っている。その上で、私の護衛に来てくれた」

　三人の視線が私に集まる。

「……ともかく、周り全員敵ということだな」

　ドーズ先生が確認する。……というより、全員の認識共有のために言葉にしてくれただけかもしれない。

「ああ。そう思っておいてくれ」

「分かった」

　それだけ言って、ドーズ先生はネクタイを軽く緩め、横に立てかけたシミターを手に取った。

「君たちには色々と聞きたいことがあるが……。まあ、いい。今は無事帰るよう努めるとしよう」

　たち、ということは、すでに私と殿下の二人に違和感を覚えているのだろう。

　――怖いな、帰ったらなに問い糾(ただ)されるのやら……

「助かる。こちらも君の質問にどう答えるか、ルナリアと打ち合わせする時間が欲しいからな」

　そんなドーズ先生に殿下はごまかそうとせず堂々と、かつ飄々と言いのけた。

「別に、言いたくなければ無理強いはせん」

「だそうだが、どうしようか？　ルナリア」

　殿下が横目で私を見る。

「こんな目の前で打ち合わせしようとしないでくださいよ……」

　そう言うと、殿下は楽しそうに目を細めた。

　――けれど、確かに。

　ふと、考える。

　明日からは、全く新しい人生が始まるのだ。

　それなら、信頼できる人にだけでも、これまでの事を話してしまっても良いのかもしれない。

　……少なくともファンクラブの人達とかは、話したら神格化されそうだし言えないけど。

　それから少し間を置いて、馬車がゆっくりと停止する。

「……どうした？」

　ドーズ先生が御者に尋ねる。

「前の馬車から停止指示がありまして……」

「失礼」

　と、そこで馬車の後ろから声がした。

　そのまま返事を待たず、馬車の後ろの天幕が乱暴に開かれる。

「なんです、無礼でしょう。ここを誰が御座(おわ)すキャビンと心得ますか」

　ギルネリット先生が天幕を開けた騎士を睨んで抗議した。

　騎士はそんなギルネリット先生を無視して、私を見る。

「ルナリア様。一つ、お尋ねしてよろしいでしょうか」

「……なんでしょう」

　兜の上から、こちらを吟味するような視線を覚える。

「女がこの国の王になるのは、相応だと思われますか？」

　低く冷たい声で、そう聞かれた。

　その騎士の後ろには、次々と他の騎士が集まってきて居るのが見える。

　――私がトルスギットの……有力貴族の娘だから、返答次第では生かそうということか。

　私は一度、小さく息を吸って……

「王に必要なのは性別ではなく、器量と存じます。そして、リーゼァンナ王女殿下は、間違いなくその器量をお持ちですわ」

　答えながら、私は立ち上がる。

　左手にガンガルフォンを持って。

「……やはり女。状況を理解する頭も弱いか」

　騎士が土足で上がってくる。

「『女が権利を持てば国が滅ぶ』という格言もある。この国が滅ぶ前に、俺たちが滅ぼしてやる」

　一斉に金属がすれる音。騎士達が同時に抜剣したのだ。

「斬り、削ぎ、叩き、潰し、壊し、犯せ！

　オルトゥーラの英霊たちが築いたこの地を守れ！

　正義執行の時間だ！」

　外から大音響の咆哮。

　騎士達が乗り込んでくる足音と、大きく揺らぐキャビン。

　窓を突き破る、剣や甲冑を着た腕。

　懐刀を抜き、御者台から立ち上がってドーズ先生に斬りかかる御者。

「――スフィアプレート」

　ギルネリット先生を中心に、私たち四人を一瞬にして球状のバリアが覆う。

　剣も腕も懐刀も、全て弾き飛ばされた。

「皆さん、私に掴まってください！」

　言われて、咄嗟にギルネリット先生の右腕に掴まる。ドーズ先生は腰を抱えるように持った。当の本人は左腕で殿下を抱えて、互いに抱き合う恰好になる。

　その後、一気に上昇。バキバキッ、と天井を突き破って、スフィアプレートごと私たちは空に飛び出した。

「打ち落とせ！　魔法部隊！」

　直後、四方から黒魔法の一斉掃射。

「ぐぅっ……！」

　炎、雷、氷、闇、光……あらゆる属性の弾丸や波動を受けて、ギルネリット先生が苦しそうに呻く。

「一度降ろせ！　俺とルナリアが出る！」

　ドーズ先生の合図で、スフィアプレートが岩陰に降ろされた。

「剣槍部隊、突貫！　魔法部隊、幻獣召喚！」

　次の瞬間、後衛の方から複数の光の柱が立ち始める。その中で召喚が行われたのだろう。

「ルナリア、召喚獣を任せる」

「分かりました」

「人間はなるべく俺に回せ」

「……？　なぜですか？」

「君に人殺しさせたくない」

「大丈夫です！　覚悟はしましたし、してきています」

　――レナを助けるときから、そんなの覚悟はとっくに完了してる。

　ドーズ先生は横目で私を見、すぐにまた駆け寄ってくる敵兵に視線を戻した。

「……俺は、教師だからな」

「こんな状況でそんなの言ってられませんよ」

「別に、大した状況じゃない」

　言って、ドーズ先生は僅かに、口の端に笑みを浮かべる。

「この程度の有象無象、教師の心を残したままで仔細無い」

　小さく呼吸して、ドーズ先生がシミターを抜剣する。

「……分かりましたよ。できるだけ善処します」

　ここで論争しても仕方ない。そう答えて、私もガンガルフォンを抜き放った。

「それでいい。……ギル、リゼと後衛、任せるぞ」

「はい」

「あ、待ってください。殿下の護衛なら……」

　私は四本の護法剣を生成、そのまま殿下の四方を守るように地面に突き立てた。

「これで大丈夫です！　とはいえ、あんまり近づけたくありませんけどね」

「無論だ。……来るぞ！」

　騎士達の第一陣がもうすぐそこまで迫っている。

　空を飛んだり、走るのが速い幻獣がそんな騎士達に追いつき、追い越すのが見えた。

　私とドーズ先生は、同時にエンチャントと闘神気を発動する。

「すまんが頼んだ。私を、助けてくれ」

「おう」

「はい！」

「もちろんです！」

　殿下の言葉に三者三様に答えて、私たちは敵軍に向かって駆け出した。

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