14歳―1―
それからまた少し時が経って、私は十四歳になり、二年生になった。
前生では、いよいよ死刑にされる年齢。
三ヶ月後には裁判が起こり、その翌月に断頭台に乗せられる……。
今の時期はすでに、ゼルカ様をはじめとした取り巻き達から裏切られていた。学園に行けば物が投げつけられたり、罵声を浴びせられる日々が嫌になって、寮に引きこもっていた頃だ。
今生ではもちろんそんなことなく、ゼルカ様とも引き続き関係は良好だし、私に物や罵声をかけてくる者もいない。シウラディアは生きているし、今は『シウ』『ルナ』と呼び合うくらい仲良くなった。
だからここからの学園生活は、私にとっても初体験。周りの皆と同じように。
そのことが少しだけ不安で、けれどとても楽しみだ。
さて、毎年恒例のアナライズしてみよう。
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【ルナリア・ゼー・トルスギット】
・HP 149/149
・MP 11323/11323
・持久 96
・膂力 20
・技術 215
・魔技 527
・幸運 1
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 中央学園制服
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 23
・物理防御力 309
・魔法攻撃力 187
・魔法防御力 513
・魔力神経強度 中
・魔力神経負荷 0%
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相変わらずな伸び方してるMPはまあ良いとして……。
去年と比べて魔技の伸びはかなり大人しい。今の生活で伸びる限界値がこのあたりということだろう。
そろそろ卒業後を見越して、持久やHPを伸ばすことを考えた方が良いかもしれない。
そもそも冒険者になるかどうかもまだ、決めかねているわけで。まずは進路を決めるところからね。
†
二年生が楽しみに思える理由の一つが、
「お姉様ー♪」
レナが準一年生として入学してきたことだ。
「レナー!」
お互い手を大きく振り合う。
レナの準入学測定が終わった昼下がり、私たちは寮の前で合流した。
こちらに小走りで駆け寄ってくるレナの後ろには、フランとセレン先生がいる。
レナが勢いそのまま私に抱き付いてくるから、私はそれをぎゅっと抱き留めた。ふわっ、と良い匂いが鼻先を掠める。
「制服姿のお姉様、すごく素敵です」
「ありがとう。あとでレナの制服姿も見せてね」
「はい!」
次いでレナがショコラとエルザに挨拶をする中、少し遅れてフランとセレン先生が追いついてくる。
「一週間ぶりでございます、ルナリア様」
二人は丁寧に私に礼をした。
先週まで帰省していた中で、二人がレナの侍女として来るという話は聞いていた。
フランは元々レナの専属だし、セレン先生はお父様とお母様が『護衛ができる者を連れて欲しい』ということで抜擢されたそうだ。私兵団の女性で一番地位が高いからだろう。
そもそも私兵の中に女性は極めて少ない。レナの魔法の師匠でもあるし、気心知れた仲というのもありそう。
「あらためてになりますが、引き続きレナのこと、よろしくお願いします」
「はい、もちろんでございます」
セレン先生は三年前のあの日、パルアスを含む野盗に襲撃された現場に居た一人。私が誰よりレナを大事にしていることを、とっくに知っている。
私みたいに自分から首を突っ込まなければ、学園生活で危険なことなんてまず起きないとは思うけれど……。それでもセレン先生がレナの側に居てくれるのは、私としても心強い。
それから寮に入って、窓口で鍵を受け取り、レナの部屋に行く。
私の部屋から一つ上の階で、間取りはほとんど同じだ。私の時と同じく、ベッドの上にレナの制服が用意されている。
「準入学測定はどうだった? 上手くできた?」
フランに着替えさせられているレナにそう尋ねてみた。
「筆記は、ちょっと難しくて……。正直、あんまり自信ないです。でもマナーと手技は先生にもお褒めいただけましたし、上手くできたと思います!」
「分かる、筆記難しいよね」
……言ってて、二年前の苦い記憶を思い出してしまった。
「明日の結果発表が憂鬱です……」
「まあまあ、重く考えず。現状把握のためだと思いましょう」
「そう、ですね。見て見ぬ振りしてちゃ、ダメですね」
そんな話をしていると、レナの着替えが終わった。
「こんなに軽いのに、鎧より頑丈だなんて、なんだか不思議」
レナは自分の体を見下ろして、スカートを翻したり、腕の裏側を覗いたりしている。
――かっわいっ……!
思わず両手を口に当てて、世界一可愛い存在にひたすらに感動を覚えていた。
この二年で少し伸ばした髪とブレザーのコントラストは、ため息が出るほど愛らしく、美しく。そこにレナの笑顔がプラスされるだけで、この世の全てに感謝したくなる。
この目で学園の制服を着たレナを見られる日が来るなんて、夢みたい。
――創造神様、本当に私を回生させてくれて、ありがとうございます……
「レナ」
「はい」
「……ぎゅっ、てして良い?」
「そんなの聞くまでもありませんよ、お姉様」
少しだけ頬を染めて笑うレナは、完璧なまでに至高の美少女で。
レナの方から両手を広げてトコトコと近づいてくれる仕草が、可愛すぎて悶えそうになる。
「えいっ」
なんて、私の心臓を打ち抜くようなかけ声で、私に抱き付いてきてくれた。
――フランとセレン先生には、くれぐれも、学園で変な虫が付かないように見張ってて貰わないと。
こんな可愛いくて尊い存在に、下手な輩を近づけさせるわけにはいかない……!
それから寮内を一通り案内して回る。
大浴場にさしかかったときには、「私も次のお風呂会からは参加させてくださいね」なんて言われた。以前お風呂会の話をしたときから、ずっと参加したがっていたレナだ。
そして最後に私の部屋まで案内する。
と、その道中、廊下の合流地点でシウとロマの二人にばったり出くわした。
「おっ、タイミング丁度じゃったかの?」
「だね」
二人にレナを紹介しようと、前もってこの時間に呼び出しておいたのだ。
「何度か話してるけど、こちらクラスメイトのシウラディア。こちらは、この前卒業したばっかりのロマ」
レナに向かって二人を紹介する。
「この子はレナ。さっき準入学測定したばっかりの、私の妹よ」
次に二人に対してレナを紹介した。
「お初にお目にかかります。ルナリアお姉様の妹の、レナーラ・ダア・トルスギットと申します」
「初めまして、シウラディアです」
「ロマ・ラダゴリカじゃ。近所住みじゃから、今後もちょくちょく顔を見せるつもりでおる。これからよろしくの」
ロマは卒業して寮の部屋はなくなったけれど、私とショコラとの訓練は以前通りだし、夕食を私の部屋で摂るのも相変わらずだ。厳密に言えば部外者なんだけど、この寮はOGの出入りに甘くて、管理人も顔パスである。
「はい! お二人ともよろしくお願いします」
ロマの側近であるヒルケさん達とも軽く挨拶を交わし合った後、私の部屋に入った。
「ここがお姉様のお部屋ですか」
同じ間取りにもかかわらず、レナは興味深そうにキョロキョロと内装を見渡している。二年前まで私の部屋にあったインテリアもあるし、懐かしいのだろう。
それから四人でソファに座る。間もなく、エルザがお茶とお菓子を用意してくれた。
「あらためて、いつも姉がお世話になっております」
レナが恭しく二人に礼をする。
「こちらこそ、ルナリアには世話になりっぱなしじゃ。年長者の威厳など吹き飛ぶくらいにのう」
そう答えて、体が小さくなって以降猫舌なロマはお茶をふーふーと冷ましている。
「ね? 可愛いでしょ? 私よりずっと」
二人には前々から、『妹は私の数十、いや数百倍は美少女なのよ!』と力説してきた。今日、やっとそれを証明できたわけである。
「お姉様! 他の方にもそういうこと言うのは、おやめになった方が……」
「? もう何度も言っちゃってるけど……」
「お姉様……」
レナは私に向けてた視線を二人に戻した。
「……お姉様がいつもご迷惑をおかけしております……」
妙に恥ずかしそうに、レナはもう一度頭を下げた。
「かかかっ、姉妹仲が良いのは結構なことじゃて。肉親が居ないワシからしたら、迷惑でもなんでも無い。安心せい」
そんなレナをロマは笑い飛ばしてくれた。
「ありがとうございます。……私がいくら訂正しても、ダメなようでして……。付き合わせてしまって申し訳ございません」
「なるほど。お主もなかなか苦労してそうじゃな」
「褒められること自体は、嬉しいんですが……」
「これルナリア。大事な妹に心労揉ませるでない」
「……なによ。私は別に、ただレナが可愛いって真実を……」
私は抗議じみて言う。
「それだけ聞けば、まあ真実と言っても良かろう。価値観は人それぞれじゃ」
そして、ロマは小さく息を吸って……
「じゃが、客観的にはお主の方が圧倒的に可愛いし、美しいと言わざるをえん」
そう、はっきり言い切った。
足下が急に崩れ、視界が暗転し、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃。
「なっ……そんな、ロマ、なにを……?」
「お主が事前にハードルを上げに上げまくるから、実際目にしたワシらの第一印象は『まあ可愛いけど、言うほどじゃないな』となってしまう。なにせ毎日のように、似た顔でもっと綺麗なルナリアを見とるんじゃから」
周りを見渡すと、レナが何度も深々と頷いていた。
他の人も、ロマの言葉に同調するように、私から目を逸らしたり、無表情を貫いたりしている。
――そんな、そんなことって……
縋るようにエルザやフランを見るが、いつも従順な二人ですら困ったように眉を寄せていた。
それを見て、私はドーズ先生と戦った時以上の、絶望感に包まれる。
……ショコラだけは、面白そうにニヤニヤしてたけど。
「繰り返すが、可愛らしい子じゃぞ? 十二分に美人と言える。が、お主が余計なことを言うから、聞かされた方はちょっと肩透かしだし、なによりレナーラ本人が一番恥ずかしい思いをするんじゃ。
レナーラは自分とお主の容姿の差を客観的に理解できておる。
妹という色眼鏡が掛かっていることに気づけぬうちは、今後もずっとレナーラに恥を掻かせ続けることになるぞ。ゆめゆめ、是正せい」
ぐぐぐっ、と思わず拳を握る。
反論したくて……けれど、上手い言葉が思い付かない。
『お姉様の方が可愛いし綺麗』
その言葉は、レナからずっと言われていた言葉だったから。
ロマから別角度で同じ事を言われて、私は認めざるを得なくなっていた。
「だって、だって……、うぅっ……」
「……なにも泣くことないじゃろ……」
絶望に打ちひしがれて、私は両手を床に付く。
「レナは、世界で一番可愛いんだものーーーーーーーーー!!!」
私の叫びは部屋中に木霊して、やがて消えていった。
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