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13歳―28―

 ……それから時が経ち、約八ヶ月。

 正一年生も残り僅か、私の十四歳の誕生日が差し迫った日。

 悪魔襲撃の当日。


 リーゼァンナ殿下との約束を果たす時が、やってくる。




 私と殿下は、皆に今日までなにも知らせないことにした。

 襲撃が確認でき次第、ロマをはじめ聖教会に報告を上げる手筈だ。


 私は魔力の足場を駆使しながら、空から襲撃をいち早く察知しようと、聖教区の上空をぐるぐるとパトロールする。 


 ……が、いつまで経っても、悪魔の群れらしき陰は見えない。


 私が見てない方向から来てるんじゃないか、なんて巡回する速度を速めるけれど、やはりどこからもそれらしきものはついぞ無いまま、やがて夕方になった。


 前生は、襲撃は昼前にすでにあったはず。

 不思議に思いながら、私は一度殿下の屋敷に戻って報告をした。


「なんだ……。悪魔たちの事情が、前生と何か変わったのか……?」

 リーゼァンナ王女殿下は顎の下に手を添えて、思案する。

 彼女のその言葉に、ふと思い当たる節があった。


 ――悪魔関係で前生と変わった事なんて、ロマの中に寄生していた悪魔しかないんじゃ……?


 確か、バアルといったか。

 今生と前生の流れが一緒なら、バアルはあの日ロマの体を乗っ取ったんだろう。


 そこから、仲間の元へ合流し、この一年ほど準備をし、聖教区へ侵攻してきたのだとしたら。

 今生で襲撃がないのも納得がいってしまう。


「……殿下、あの……」

 私は恐る恐る、声をかけた。

 今生でロマを助けたときの詳細から始まって、自分の推理を話した。

 …………

 ……




 一通り話し、最後に「前生での悪魔の軍勢は、ロマの体を手に入れたバアルが主導だったのかもしれません。だとしたら、今生で襲撃は起きないのかもしれません」と締めくくる。


 殿下はしばらく、沈思黙考していると……

「く、くくく、あはははははははははは!」

 頭を抱えて、爆ぜるように笑い出した。


 ――いや、そんなに笑うようなことかな……?

 もしかしてなにか悪い物でも食べたんじゃないか、と私が心配になる頃、殿下は段々と落ち着きを取り戻していった。


「あー、おかしい……。すると、なんだ。私は、とっくの昔にこの国を救ってくれた英雄を殺そうとしていたわけか。いやはや、なんとも滑稽なザコ貴族だ」

「いえ、別に国を救ったつもりなんてありませんでしたけどね……」


 それからも、殿下の笑いの余韻が引くまで、しばしの時を要した。


「……さて。いかんともしがたいこの大恩、どう返したものかな。なに、できた恩はすぐに返す主義なのでね」

 言って、リーゼァンナ王女殿下は安心したように、腕を組んで椅子に深くもたれかかった。


「本当ですか? じゃあ、リンとロウの続編書いてください!」

「おいおい、物語を作るというのはそう簡単なことじゃないんだぞ。……だが、まあ、他ならぬ君への恩返しだ。わかった、善処しよう」


   †


 さて。悪魔の方が解決したとなれば、次の問題の解決に望まなければいけない。


「ところで、前生でリーゼァンナ殿下がお亡くなりになったのは、一体なぜだったのでしょう?」


 前生の私とほぼ同時に死んだということは、あと半年もない。

 今の私は、シウラディアをイジメてもないし、ガウスト殿下の婚約者でもない。死刑になることはないはずだ。

 だがリーゼァンナ王女殿下の死因は、まだ聞けていなかった。


「……丁度、どう切り出そうか考えていたところだ。聞いてくれて助かるよ」

「別に、普通に切り出していただいて良かったですのに」

「色々と事情があるんだ」

「事情、ですか」

「ああ。丁度先週、父上……国王陛下に請願してきた」

 そう言って、白いテーブルの上にあるティーカップを取る。



「『次の玉座をいただきたい』とな」



 そして殿下はカップに口を付けて、上品に紅茶を一口飲んだ。

「……ぎょく、ざ……?」

 玉座。王の座る椅子。それは、つまり……。


「そんなことを言ったから、半年後に暗殺された」

「殿下は、将来王になるおつもりで……?」

「ああ。女王になろうとしているんだ、前生でも今生でも」


 魔物との戦いの末に切り開かれたこの国は、その玉座に女性が座したことは有史以来一度も無い。簡単な話、戦闘能力に劣る女性では前線指揮など取れなかったからだ。


『女は王になれない』


 ――その常識を疑ったことなど、これまで一度も無かった。


「そのために、前生でも今生でも幼い頃から政治に携わって、着々と地盤を築いてきた。だが、『女王』に反対する連中に謀殺される。

 その日の地方視察に付いてきた護衛達が全員、反対派の手先でな。なすすべ無く女の尊厳を踏みにじられた後、最期は崖から馬車ごと突き落とされた」


 前生の死の経緯を、まるで物語のあらすじでも語るように淡々と殿下は話す。


「だから今生では、ドーズやギルをスカウトして側に置くようにしたんだ。とはいえ、その日までただ飼い殺すのももったいない。それまではこの国の未来のため、学園で教鞭を執って貰うことにした」

 私の受けた衝撃をよそに、殿下はするすると話を進める。


 ――女王……


 もし本当に実現したら、それはこの国の歴史を大きく変えることになるだろう。


「……君も、女王になるのは変なことだと思うかい?」

「変とは思いませんが……」

 言葉に詰まる。

「……ガウスト殿下も王を継ぐことに意欲的なようですし、弟君と敵対なさるのは、少し不思議とは存じます」

「だって、アイツは王に向かない。君もそう思うだろう?」

「そ、それは……」


 何を言っても不敬罪になってしまいそうだ。……実際はリーゼァンナ殿下から同意を求めてきたんだから、罪に問われたりはしないだろうけど。


「ガウストは、王になるには生真面目すぎるし、優しすぎるし、頭が足りない。だから、自分の方が向いていると思ったまでだ」


 言い方は少々アレだけど、つまるところ弟のためを思っての判断ということか。

 ……言い方は少々アレだけど。


 歴史上初めての女王は、こんな素直じゃないブラコンお姉ちゃんだと考えると、少し面白い。


「ダンジョンを管理する仕組みも完成し尽くし、魔物が溢れることなど無くなった。

 王が剣をとる時代は、とっくに終わったんだ。

 今重要なのは、統治する力と、諸外国と渡り合う力、すなわち政治であり、渉外だ。そういう分野なら、女でもできる。現に女王を拝する人間の国だって存在している」

「そして、実際幼少から政治に携わってみて、自分でもできそうだ、と?」

「ああ。無論、向き不向きはあるけどね。その辺は大臣をはじめ周囲との連携(れんけい)如何(いかん)だと思っているよ」


 私はただただ、驚くばかりだ。 

 歴史を変えうる人間とは、こういう人なのだ、とまざまざと見せつけられて。


「……お気持ちは承知いたしました。ですが、暗殺のリスクがあると分かった以上、今生では避ける選択肢はないのでしょうか?」

 私はそう尋ねた。


 ……私は、前生での死因から遠ざかるようにしてきたのに。

 この人は、真っ向から立ち向かっている。

 それが傍目には、あまりに怖すぎた。


「我が身かわいさで引き下がるくらいなら、前生でもそんなことは言っていないさ」


 ――それもそうか、と納得しそうになる。

 けれど……。

 死の恐怖を体験してもなお、またそれに真っ向から立ち向かう勇気なんて、自分には無い。


 私がドーズ先生に勝った後、処刑しろ、と言ってきた時も思ったけど……

 この人はきっと、本質的には自分の命なんてどうでも良いと思っているのだ。



 ――この人を助けたい。



 レナの時とも、ロマの時とも、また別の気持ちが込み上げて、私はその結論に至る。


「分かりました。当日は是非、護衛に同行させてください。ドーズ先生達がいれば不要かもしれませんが……」

 そう言うと、殿下はハンサムに微笑む。


「もちろん、内心では頼みたくて仕方ないさ。が、あんなことした手前、さらに君を危険にさらすような真似はできない」

「そうですか。それでは、当日の予定をドーズ先生かガウスト殿下あたりから聞いて、たまたま同じ場所に居合わせるまでですね。日時はもう知ってるわけですし、なんとかなるでしょう」


 そう私も微笑みで返すと、殿下は予想していたように苦笑いに変わった。


「……君は人が良すぎる」

「リーゼァンナ殿下ほどではございませんとも」

 そうして、どちらからともなく、小声で笑い合う。


 ひとしきり笑いも収まった頃。

「……それでは、当日は護衛を頼めるか」

「はい。お任せください、殿下」

 そう答えると、殿下は右手を差し出してきた。

 私はそれを握り返す。


「君には迷惑と世話をかけっぱなしだな。次のリンとロウは気合いを入れないと」

「ふふっ、新作楽しみにしております」


   †


 それから、さらに数ヶ月後。

 数年ぶりに出版されたリンとロウの続編は、悪の王女とその手下を懲らしめて改心させるという、ハッピーエンドの勧善懲悪ものだった。


 中身は本当に、ものすごく面白くて、笑いあり、涙ありの感動物。控えめに言って、最高に面白かった。

 ――だけど、読み終わってから少しして、そこまで自虐しなくて良いのに、とは思っちゃった。

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― 新着の感想 ―
[一言] マジか、王女様は前生にめちゃめちゃヒドい目に遭ったんですね…なのに何故今生は全く違い所に力を入れていました
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