13歳―27―
そんな彼女の背中を見送って、窓の向こうに行ったところで、殿下は姿勢を変えて前のめりになる。
「ギルが戻るまでの時間稼ぎありがとう。これで込み入った話ができるな」
「時間稼ぎのつもりではなかったんですけどね……」
とはいえ、もちろん私もこの話だけで終わる気無かったけれど。
「私が聞きたかったのは、以前と変わらん。『なぜ女だてらに剣を取ろうと思った?』」
それは今年の参謁の時、彼女から聞かれた質問だった。
「君ほどの美貌と地位があれば、今生でガウストの妻になるなど容易だったろうに。なぜ、わざわざ剣だったんだ?」
――どうしよう。
実の姉(しかもブラコン気味)に、「弟さんと結婚なんかしたくない」と答えるのもリスキーだ。
理解を示してくれるかもしれないけど、「やっぱりお前殺すわ」とならない保証もない。
少し考えて、私はその部分は避けて答えることにした。
「剣を選んだ理由は、大きく二つです。一つは、とにかく武力がほしかったから」
「武力?」
「はい。回生するとき、創造神から『才能をひとつあげる』と言われて考えたんです。
前生では、レナ……妹が、暴力に晒されて、心を病んでしまったので。今生では、守りたい、と。他人に頼るんじゃなくて、私が直接守れば良い、って、そう思ったんです」
「ああ、例のギガースを撃破したときのことか」
「はい、そうです」
「創造神は、君に才能を渡したのか」
「殿下はそうではないのですか?」
「特に何も無い。ただ、記憶を引き継いだだけだ。私がニアピン賞だったからかもしれんな」
「確かに、一兆人記念キャンペーン、と言っていました」
「……ふむ。それにしても、なるほど、剣を持ったのは『下の子のため』だったわけか」
「ある意味殿下と同じですね」
「それで? もう一つの理由というのは?」
「もう一つは、単純に好きだったからです。前生でも、剣を習ってる時間が一番幸せでした」
「珍しいな。世間の女児は、人形とか絵本とか装飾とか、そういうのを好むだろうに」
「あの日も答えましたが、きっかけは、ある絵本なんです。剣士の女の子が、相棒の狼と冒険する物語。あれが大好きで、親にせがんで剣を習わせてもらいました。そうしたら、ドンドンのめり込んでしまって。結局前生では、『女にふさわしくない』と取り上げられてしまいました。
だから今生では、余計な筋肉付かないようにしたり、掌が硬くならないようにしたり、細心の注意を払って説得したんです」
「なるほど。その結果、その美しい肢体に鍛え上がったわけか」
「美しいかというと……。前生より育ちも悪い気がしますし」
「いやいや、スレンダーで素敵だよ。芸術品ですら再現できまい」
さらりとキザなことを言い出す殿下。
――この人、男にも女にももてそうだな。
男性が同じセリフを言うといやらしく感じるけれど、他ならぬ彼女の口から出ると、とてもふさわしく聞こえた。
「ところで、その絵本というのはリンとロウのことか?」
「はい。ご存じですか?」
「ご存じも何も、あれは私が描いた物だ」
――……え?
「……え?」
「巷の冒険活劇物は、男子向けの物ばかりなのが気に入らなくてね。一巻を描いたのは八歳の頃だったか。前生ではあまり売れなかったし、今生では描かないつもりだったんだが……。なんだかんだ、思い入れのある作品だったからな。つい、今生でも描いてしまっ……」
そこで、私はたまらず、殿下の両手を私の両手で包むように握った。
「大ファンです! 握手してください!」
声が上擦ったのも気にせず、私はそう懇願する。
「……いや、もう握手してるぞ。してるというか、されてるというか」
「うわあそうだったんですねどうりで再誕者戦のリンの表情が少し凜々しい感じというかカッコ可愛くなってたと思ったんですあもしかして二巻最後にロウに包まれて寝てるシーンが追加されてたのも今生になってからのアレンジですかもう最高にキュンキュンで最初アレ私前生でこんな良いシーン見逃してたのかなとか思っちゃってましたけどでも納得しました描き直して改良されてたからあんな最高のエンディングになったんですね本当に尊いですもうあそこだけ何回すり切れるほど読んだかいやでも五巻の中盤の雨の描写も替わってましたよねそのおかげでリンの苦悩というか大変さが伝わってきて読んでる方の心にもグッと来るものが……」
「ま、待て待て落ち着け、お菓子が落ちてしまうから……」
はっ、として手を離す。そういえば私と殿下の間にはお茶とお菓子が置かれてるんだった。
「……失礼しました。火傷などされてませんか?」
「ああ、別にこぼれたりはしてないから、平気だよ」
――ああ、どうしよう。まさかリーゼァンナ殿下がリンとロウの作者だったなんて……
今になって緊張してきた。今日、王女と話すとなっても緊張なんて全然してなかったのに。
「しかし、そうか。参謁の時から薄々察してはいたが、あの作品がきっかけだったか」
殿下はそこで微笑む。どこか自嘲するような、けれど朗らかに。
「君を幸せにできたなら、今生でも描いて良かったと思わざるを得ないな」
私の剣に邪魔をされた彼女は、そう言ってさらに笑みを深めた。
「殿下……」
――なんて方だろう。
巡り巡って、自分が作った物がきっかけで弟が危機に晒されているというのに。
同じ立場だったら、私はこう笑えるだろうか?
読んだ者の幸せだけを、こうまで真っ直ぐに喜べるだろうか……?
「……それにしても、あらためてすごいな、君は」
そんな言葉を投げかけられて、私の心中そっくりそのまま反射されたような気分になる。
「そんな。私なんて、別にすごくもなんともありません。むしろ殿下の方が」
「ふむ。それじゃあ、お互いすごい者同士ということか」
言ってまた、殿下は楽しそうに笑った。
良く笑う方だ。
誰に『すごい』と言われても素直に受け入れられなかったけれど、この笑顔に言われると、『それでいいか』という気になってしまう。
「君は、自分で人生を切り開いた。女という不利な条件でも剣を取って、本当に妹を助けて見せた。のみならず、今も君は周囲を助け続けている。手放しで賞賛されるべきだよ、君という人間は」
「そう言ってくださるのはありがたいですが、でも、私は殿下のことは邪魔しただけです」
「それは私の考えが至らなかっただけだ。悪魔の襲来から、ガウストやこの国を守ってくれるのだろう? それを成しうるなら、私が君達を殺そうとしたことは悪に間違いない。悪を邪魔することは、すなわち正義だ」
「殿下、自虐が過ぎます……」
「自虐ではないさ。これは客観というものだ」
言って、殿下はカップに口を付ける。
一口飲んで、ほう、と小さく息を吐いた。
「ところでルナリア」
「はい、殿下」
カチャリ、と殿下がカップをソーサーに置く。
「貴様、もう一つ理由を隠しているな?」
「……え?」
「ガウストと結婚する気ないだろう」
ぶわっ、と冷や汗が出てきた。
――なんで分かったの……?
「ガウストの妻になれた、という話を露骨に無視しすぎだ。それに前生では少なくとも婚約までいけたんだから、そのルートを辿らないのはおかしい。その後シウラディアをいじめたりしなければ良いだけなんだからな」
反論の余地無しっ!
流石と言うしかない。
「やはり前生の不貞が原因か?」
そう問われて、私は観念する。
「……それもあります。殿下とシウラディアは結ばれる運命なわけですし。
それに前生では王太子妃の座に固執して破滅しましたので。もうこりごりなんです。なので、今生は好きに生きていくことに決めました」
「それに未練はない、と?」
「はい。元々、王太子妃になれば、家族のためになると思っていただけでしたから。殿下自身にはなんの未練もありません」
ちらりとリーゼァンナ殿下を見る。
これまでの和やかな空気全部吹っ飛ばして、死刑でも言い渡されたらどうしようか、と戦々恐々である。
「はっはっはっ、そうか。まあ、そればっかりは仕方ないな」
豪快に笑って、殿下は立ち上がった。
そしてバルコニーの奥、学園の校舎が望める手すりの方へ歩いて行く。
「アイツはちょっと想像力が足りないし、剣の才能も無ければ頭もさして良くない。優柔不断だし、大きな胸の女性に目がないし、シスコンマザコンの気もある。私も正直、君にふさわしい男とは思わんよ」
……マザコンの気もあるんですか。
と危うく口に出して言いそうになってしまった。
いやまあ十三歳の男の子だし、『気がある』レベルならまだ可愛い範囲だと思うけど。
「それでも、私にとってはただ一人の弟だ。だからルナリア。改めて頼む」
殿下がそこで振り返る。
「ガウストを悪魔の手から助けてくれ。お願いだ」
私も席を立って、彼女へ歩み寄る。
「無論です、殿下。先ほども申したとおり、今生は好きに生きるのが信条なんです。言い換えると、欲しいものは全部手に入れる、です。私のせいでガウスト殿下を失うことなど、絶対にさせません。
レナを、ゼルカ様を、ロマを、シウラディアを救ったのと同様に」
「……ありがとう。自分を殺そうとした私の願いすら聞き入れる『好きに生きる』君に、最大の謝辞を」
殿下は私に近づくと、膝を付く。
そして私の右手を取り、その甲にひとつ口づけをした。
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