13歳―24―
中庭に出る。
リーゼァンナ王女殿下は、夕暮れの空を見上げていた。
「美しい夕暮れだ。処刑にはうってつけだな」
「……勝負は付いたんです。死ぬだの殺すだの、もうやめましょうよ」
そう答えると、殿下は視線を下げて、私に振り向いた。
「おや、ずいぶん可愛らしい恰好だ。憧れのドーズ先生の上着がそんなに欲しかったのか?」
「んなわけないです。先生が、羽織っていけ、ってくれたんですよ」
ぶかぶかなジャケットの裾は私のスカートより長く、袖は私の指先をすっぽり覆ってなお余りある有様だ。
「なんだつまらん」
「……意外と俗っぽいんですね、殿下」
「実はそうなんだよ。君の友人からはザコ呼ばわりされたしな」
その時の事を思い出したのか、殿下はくっくっ、とまたおかしそうに笑い出す。
彼女の隣に並んで、私も夕暮れの空を見る。
目が痛いくらいに、鮮やかだった。
「貴様、回生者であろう」
殿下は盗み聞きに配慮してか、小声でそう尋ねてきた。
「……そうです。殿下も?」
「ああ。一兆一人目のニアピン賞だと言っていた。舐めた神様だ」
「私は丁度一兆人目、と言われました。ということは、私たちほぼ同時に命を落としたんですね」
「そういうことらしいな」
どちらからともなく、視線を交わす。殿下は私よりずっと背が高い。
「ルナリア。なぜシウラディアを聖女から引きずり下ろした」
「引きずり下ろしたわけではなく、単にロマを助けたかっただけです。その分、シウラディアは私が幸せにすると決めました」
「ならガウストはどうなる?」
「どうなる……と言いますと?」
「シウラディアが聖女にならねば、あと一年もせず死んでしまう」
前生、ガウスト殿下は悪魔の軍勢の襲撃により、命を落とす。
その時、心を通わせたシウラディアが覚醒――今思うと、感情の高ぶりによる暴走だったのだろう――し、彼をはじめとした死者を全員蘇生させる。
のみならず、蘇生された者は一時的に強力なバフ効果を得、見事悪魔を撃退。
その蘇生の奇跡をもってして、シウラディアは民衆からの絶大な支持と、聖女の座に君臨するのだ。
――実際は戦いのあと、もしくは最中にすでに死亡していたわけだけど。
「私はどうなってもいい。どうせ近く死ぬ身だ。だが、ガウストは……あの子だけは、なんとしても助けてくれ」
その言葉に、驚く。
この人が私やロマを殺そうとした理由は……
「……ガウスト殿下を、守るためだったんですか?」
「当たり前だ。私は、あの子の姉なんだから」
――あ、ダメ、泣きそう。
なんで気付かなかったんだろう。
悪魔の軍勢のこと、私は『ロマと私でなんとかすれば良いや』なんて、フワフワした結論で片付けてしまった。
けれど、この人にとっては、たった一人の弟の命が掛かっているのだ。
――反省だなあ……
私がレナを、命がけで守ったように。
この人はガウスト殿下を、なにがなんでも守ろうとしたのだ。
部下に人殺しを強いたとしても。自分が報復を受けたとしても。
「……ご安心ください殿下。あの悪魔の襲撃で甚大な被害を被った理由の一つは、聖女不在だったからです。でも、今はロマが居ます。それに、私も完璧ではありませんが、極聖魔法が使えます。なんとしても、悪魔どもは私たちが駆逐して見せます」
「お前はちゃんとそこまで考えていた、と?」
「……申し訳ありません。ちゃんと、というほどではありません。正直、偶然みたいなものです。が、結果的に、シウラディア一人に任せるより勝算は高いはずですし、被害も抑えられるはずです」
「……そうか。まあ確かに、言われてみれば、その通りかもしれんな」
そこで、殿下は顔だけでなく、体ごと私に向き直る。
「分かった。ドーズが負けた今、もう私はお前を信じるしかない。ガウストを、この国の未来を、お前に託そう」
「そんな、おおげさな……」
「さあ、早いところ私を殺すといい。もたもたしてるとドーズやギルネリットが止めに来るかもしれん」
「だから、そういうのはもう良いですよ」
「……私の気が変わって、また君を殺しに掛かるかもしれんぞ」
「その時はその時です。またドーズ先生を倒すだけですよ」
「ドーズがさらに強くなっていたらどうする?」
「私が、それを超えるくらい強くなっておくだけです」
言って、私は思わず笑みが零れる。
――また本気のドーズ先生と戦えるなら、それはそれで、ありかも。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、なんていうけど。
我ながら、確かに戦闘狂の素質あるな、と思った。
「なぜだ。私は君を殺そうとしたんだぞ? 王族殺しの罪に問われるからか? 安心しろ、根回しはしてある」
「だーかーらー、もうそんなのどうでも良いですよ。全部許します」
「……なに……?」
理解できない物体を見つけたかのような目で、リーゼァンナ王女殿下は私を見下ろす。
「上の子が、下の子のためにしたことなんですから。全部無かったことにします。恩に着せる気もありません」
「自分で言うのもなんだが、それで済むことではないだろう」
「済みます。シウラディアや他の子にも被害らしい被害ないですし。むしろ、今回の件で私とシウラディアの仲が深まったまである。それでいいじゃないですか」
「…………」
殿下はまじまじと私の頭の先から爪先までを見渡す。
見渡されても、私の思考が理解できるとは思えないけど。
「でも、昔教わりました。上の子が下の子のために犠牲になろうとするなら、親は怒るって。子供側が無理することじゃない、もっと周りを頼りなさい、って。
その時、その方は『自分は貴女たちの親じゃないから怒らない』と仰いました。
けれど、回生が理由なら、殿下の親すら殿下を怒れないでしょう。
だから、私が怒ります。弟の命を自分一人で背負い込んだ、貴女を」
「……なんだ、おしりぺんぺんでもされるのか?」
「体罰まではしませんけど。ダメなことはダメだよ、って教えるまでです」
言って、私は下から彼女を見上げて、にっこりと笑って見せた。
「今回は仕方ありません。けど、私たちはこうして知り合えたわけですから。今後回生関係で困ったら、すぐに私を頼ること。約束ですよ」
再発防止を防ぐまでが、叱るということだ。少なくとも私はそう思う。
殿下はしばし目を白黒させたあと、どこか観念したように、笑みを零した。
「参ったな……。他ならぬ君にそう叱られては、反論もできん」
「無理に反論する必要ないじゃないですか」
「そう言うな。王族はおいそれと言い負けてはいかんのだ。ついつい口答えしたくなる生き物なんだよ」
「それより今殿下が考えるべきなのは、ギルネリット先生の信頼をどう取り戻すかだと思いますけど」
そう言うと、殿下は「ぐっ!?」と呻いた。急に腹痛でも思い出したか、お腹を押さえ出す。
「……なあルナリア。早速頼らせてもらえないか……?」
「いやいや、それは回生関係じゃないじゃないですか。ドーズ先生とかと協力してくださいよ」
「あの男に人間関係の相談なんかしたって無駄だ」
「いやまあ、それは分かりますけど……」
言ってから、殿下の言い方がジワジワと面白くなってきて、私は声を出して笑ってしまった。
そんな私に、殿下もまた口元を抑えて笑い出す。
――ここに来るまでは、思いもよらなかった。
私と殿下はひとしきり、ドーズ先生のことで笑ってから、屋敷の中に戻る。
皆は妙に朗らかな私たちを見て、不思議そうというか、唖然というか、『なんで……?』と言いたげな表情で出迎えてくれた。
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