13歳―23―
気付けば、ドーズ先生が離れたところで大の字になって倒れていた。吹き飛んだ後に床を滑った跡が見える。
ぐったりして、動き出す様子はない。
「ルナリア!」
と、不意に横からの衝撃。次いで、柔らかい二つの感触。
シウラディアが思い切り抱き付いてきていた。
「すごい、本当に勝っちゃうなんて!」
「シウラディア、危ないよ……」
なにせ両手に凶器を持ってるし、エンチャントだってまだ解除してない。急いでエンチャントを解除する。
「大丈夫? なにか変なことされてない?」
「うん。多分……」
「本当にここに運んで、少し話をした後、昏睡魔法で眠っててもらっただけですよ。それも先ほど解除しました」
そう返事をしたのは、こちらに近づいてくるギルネリット先生だった。
「……お二人とも、本当にごめんなさい。私がもっと早く、決断できていればこんなことにはならなかったのに」
「先生……」
シウラディアが何かを言おうとした、瞬間。
コツッ、コツッ、と足音が聞こえた。階段をヒールの高い靴が踏みしめる音だ。
全員の視線が大階段に移る。
艶やかなプラチナブロンドに、深蒼の瞳。身分に似合わぬ質素な黒いロングコートと、その下に着た薄手のワンピースが妙に似合う、リーゼァンナ王女殿下その人だった。
「……ドーズを破るか。誠に信じられんな。『あの』ルナリア・ゼー・トルスギットと同一人物とは思えん」
そう言って、深みのある笑みを見せる。
「ギルネリット。済まなかった。これからの人生は、悪い女狐に騙されるなよ」
「姫様、そんな……」
ギルネリット先生の反応に、くっくっ、と小さく声を出して笑う。
「諸々、積もる話もあるが……まずルナリア。少し、話をする余力はあるか? それとも、とっとと騎士団に突き出すか?」
「……騎士団に突き出したところで、王族は処罰されないじゃないですか」
王族は王宮しか処罰を下せない。それも、国家転覆や他王族の暗殺といった所定の罪状のみ、かつ明確な証拠が発見されたときのみだ。
ここ数十年、王族に罪状が言い渡された事例は存在していない。
「言葉の綾さ。中庭に移ろう。話す気があるなら、付いてきてくれ。殺す気だとしても、中庭の方が都合も良かろう。他の者は済まないが、外して欲しい」
そう言うと、リーゼァンナ王女殿下は階段を降りて、倒れたドーズ先生の横を通る。
彼の息の有無だけを確認すると、そのまま奥にあるドアまで進んでいった。閂を外す。
私はガンガルフォンをしまい、杖剣を納刀。杖剣をシウラディアに返して、その後を追うことにした。
「ショコラ、皆、ごめんなさい。王女殿下と二人きりで話をさせて」
「大丈夫なのか?」
「戦闘能力はないはずだし。危険はないわ」
リーゼァンナ王女殿下は魔法がほとんど使えない、というのは有名な話である。
ショコラに答えて、次にギルネリット先生を見上げる。
「もちろん殺す気なんてありません。ご安心を」
「……いえ、殺す気だとしても、文句なんて言えません。それでも、ありがとうございます」
ギルネリット先生は、深々と頭を下げた。
私は殿下が通ったルートをなぞるように、彼女の後を追う。
殿下はちらりと私を振り返ると、すぐまた前に視線を移して、ドアを開き奥へと消えていった。
ドーズ先生の近くを通るとき、私も彼の顔を覗き込もうとする。
と、丁度そこで彼が大きく咳き込んだ。一瞬、私の体がビクッてなる。
荒い息で胸元を痛そうに押さえながら、ゆっくりと体を起こした。
ドーズ先生のシャツは胸元が盛大に破れ、引き絞られた胸筋から腹筋の上半分を覗かせている。見える範囲だけでも、大小様々な斬傷、刺傷、火傷など、ありとあらゆる古傷の跡が見て取れた。
膝立ちになって私を睨み付けてくる。
「……行かせん。殺させん、あの子は……」
苦しそうに呼吸しながら譫言のように言って、ドーズ先生は手探りでシミターを取る。
「ドーズ先生。約束します。殺しなどいたしません」
私を睨む彼の目を真っ直ぐ見返しながら、私は答えた。
「信じ、られるか。……殺されかけた相手を、殺し返さないなど……」
ふらふらと立ち上がり、震える腕でシミターを構える。
「ドーズさん、私たちは負けたんです。もう……」
そこでギルネリット先生が言った。
「黙れ、裏切り者。俺は諦めんぞ。あの子が、幸せにならねば、俺ごときが永らえた意味もない……!」
ボロボロで、ふらふらで、傷だらけの体で、闘神気も出せなくなっても……それでも眼光だけは鋭く、彼の闘争心は収まらない。
「だから、殺したりしないって言ってるじゃないですか。分からず屋なんだから」
相変わらず頑固な先生を、冗談めかして見上げて言う。
「分かるわけない。君が、あの子を恨まぬはずないだろう……」
「でも殺したりしたら、ドーズ先生は私に教えてくれなくなっちゃうじゃないですか」
ドーズ先生の目つきが、敵意のそれから、意外なそれに変化する。
「先生から教わりたいことは、まだまだいっぱいあるんですから」
そんな先生に、にっこりと笑い返して見せる。
私の笑顔の裏を見極めようとしているのか、ドーズ先生は黙って私を見つめ返してくる。
――お父様だったら、この笑顔で一発KOならぬ、一発OKなんだけど。ドーズ先生は流石にそんなに甘くないらしい。
「ドーズさん。これ以上の説得力、ありませんよ」
ギルネリット先生が私の真後ろまで来て、援護してくれた。
「ルナリアさんが姫様を殺すだなんて、本気で思ってるわけでもないでしょう? もしその気なら、私もドーズさんも、今頃生きていませんよ」
ぜーはー、と聞いてるこっちが心配になる呼吸しながら、ドーズ先生はジッと私から目を逸らさない。
「本当に、お話しするだけです。……私は、今回、王女殿下がこのようなことをした原因に心当たりがあります。そこを問わせていただきたいだけです。そして、その話は、皆がいるところではできないんです。一番の目的のシウラディアも取り戻せましたし、これ以上の暴力を振るう気はありません。どうか、信じてください」
そこで、ドーズ先生の体が傾ぐ。シミターを杖代わりにして、再び膝を付いた。
呼吸はさらに荒くなり、明らかに無理をしている。
「……土台、この体では、止めるなど、無理、か……」
――というか三万近い攻撃力を受けて、一度でも立って喋れる方が異常ですけどね。
闘神気と戦技で防がれたとはいえ、ほぼ直撃したはずなのに。
「……ギル、俺の上着を」
言って、ドーズ先生は手すりにかけた自分の燕尾服を指さす。
「この時間、中庭は、冷える……。そのままでは、寒かろう」
言われて、改めて自分の恰好に目を落とした。
スカートはズタズタ、ブラウスも右袖は無く二の腕まで見えていた。ところどころ切れて素肌が見えてるし、胸元はボタンがなくなって盛大に肌を晒してる。中のキャミソールも右肩の部分がちぎれており、左肩だけでなんとか落ちないでいる状態だった。
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
ギルネリット先生が階段の方へ小走りで向かう。
「……どこ見てるんですか。えっち」
思わず両手で自分の体を隠してしまう。ほとんど隠れてくれないけど。
「恥じらうような、歳でもない。三年は経ってから、出直してこい」
「……殺されかけたことより、その発言の方が許せませんけど」
「それは、怖いな……」
消え入りそうな声でそう呟いてから、先生は少しだけ微笑んだように、私には見えた。
戻ってきたギルネリット先生から燕尾服を受け取って、急いでそれを上から着る。
ぶかぶかの燕尾服をめいっぱい体の前で閉じた。
「風邪、引くなよ」
「……はい。上着、ありがとうございます」
小さく礼をして、私は小走りで中庭に向かう。
「ドーズさん!」
ギルネリット先生の声で一度振り返ると、ドーズ先生は気を失ったようで、うつ伏せになって倒れていた。
ドーズ先生のことは治癒魔法を発動するギルネリット先生に任せて、私は中庭に出るドアに手をかける。
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