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13歳―22―

「うおおおおおおおお!」

「やああああああああ!」


 咆哮と裂帛(れっぱく)

 同時にガンガルフォンとシミターがぶつかり合う。


 軽くエンチャント200は吹き飛ばすその剛剣には、もちろん斬鉱断鉄が乗っている。


 これでここまで六合目。ドーズ先生の攻撃は全て、斬鉱断鉄によるものだ。


 MPは決して多いと言えない彼が、闘神気の上に斬鉱断鉄を連発できているのは不思議だ。が、良く観察すると、彼の体に淡い緑色の光が下から上に昇るように明滅している。


 恐らく、MPを自動回復する魔法陣がこのホール全体に敷かれている。ギルネリット先生が仕込んだんだろう。

 私の体にもその緑の光がちらほら見えるから、私のMPも回復しているのかもしれない。が、正直MPが枯渇するなんて無いから、実質私には無意味。


 そして私の魔力神経は、戦いが続けば続くほどに負荷が掛かり続ける。

 一方、魔力神経を介す必要が無いドーズ先生には、そんな心配無用だ。


 つまりこの魔法陣は、私と戦うために用意されたものなのだろう。


=============

・魔力神経負荷 668%

=============


 すでに視界は真っ赤っか。眼球から血が出ているかもしれない。

 それでもなんとかドーズ先生の動きだけを集中して捉えて、それを避ける。


 ――まるで、当てられる隙が見えない。


 戦いは、ほぼ純粋な剣術勝負になってきた。

 どちらも一撃必倒、余計な小細工が通用しない相手というのは、お互いの共通認識。


 そうなると、俄然私の方が不利だ。

 ここまで本人の性能差があると、最早武器の性能差でゴリ押すのは限界がある。


 考えてみれば、それは当たり前で。

 今まで私が戦ってきたのは狂化状態のパルアスや、対人戦に慣れていないロマ、極聖で一方的に有利だった悪魔とか、そんな相手ばかりだった。

 本当の意味での格上と戦うのは、これが初めてだったのだ。


 諦めが、私の心に侵食してくる。


 慌てて思考を切り替える。

 ――ダメだ。心で、負けるな。

 シウラディアを助けるんだ。


 前生の償いをしなくちゃいけない。

 あの子は今度こそ、本当にガウスト殿下と結婚して、可愛い子供をたくさん産んで……幸せに、長生きしてもらうんだ。


 あの子には、その資格と権利がある。

 それを、奪わせたりしてはいけない。


 ……しては、いけないのに。


 振りかぶるドーズ先生の姿が、実際の何倍にも大きく見える。

 どうしようもなく受け止めたシミターが、再び私のエンチャントを剥ぎ取っていった。

 すぐにエンチャントをかけ直す。


=============

・魔力神経負荷 749%

=============


 ――まだだ。

 まだ、戦える。


「……諦めろ」

 久しぶりに聞こえた、ドーズ先生の声。

 それで、私の耳はまだ機能していたことに気が付く。


「多分気付いてないだろうから、教えてやる。口から血が垂れている、恐らく魔力神経から内臓にダメージが行ってるのだろう。腕もさっきから肩より上に上がっていないし、足取りもたどたどしい。君はもう勝てん。もう苦しむな。潔く、ここで俺に殺されろ」


 言われて、私は口の端を指で拭う。

 付いた液体の色は判別できなかったけれど、私はそれを強く握りつぶした。


「……死んでも、諦めてなんて、あげません」

 パルアス戦を思い出す。

『まだ体もできてない子供だから』『相手は歴戦の大人だから』『女だから』『魔法剣だから』……


 そんな言い訳は全部、あの日の菜の花畑に捨ててきた。


 今、シウラディアを助けられない自分を、私は決して許さない。


「私、ワガママなので。全部ぜんぶ、欲しいんですよ」

 前生で得られなかった、友情が、信頼が、愛が、幸せが……

 何一つとして、諦められない。諦めたくない。


 それならば、震えてる場合ではない。

 負けを怖がってる場合ではない。


 私は何度目か分からない、ガンガルフォンを持ち上げる。


   †


 ――それから、どれほどの時間が経っただろうか。


 何時間も経った気がするし、まだ十分くらいな気もする。

 ドーズ先生の剣を受け止めるのも、もう何度目か分からない。魔力神経負荷は、1500%を超えたところで見るのをやめた。


 目は見えてるのか居ないのか、自分でも良く分からないのに、でもなぜかドーズ先生の動きは把握できている。まだ一撃も直撃を食らっていないはず。


 ――もしかしたら、実際はとっくに死んでいて、夢を見てるだけなのかもしれない。

 なんて、思わないでもないけれど。 

 そうではないと信じて、戦い続ける以外にない。


「……なぜだ。なぜ、そこまで君は……」

 珍しく、ドーズ先生の戸惑ったような声。


 ――うーん、やっぱり夢かも、これ……

 視界は判然とせず、意識は朦朧として、剣を掴む感触も正直良く分からない。


 それでもひたすらに、私はドーズ先生に向かってガンガルフォンを振る。


 魔力と戦技がぶつかる音。

 ドーズ先生の息づかい、足音、衣擦れ、視線、殺気……

 それらを頼りに、私は何度でも、エンチャントを繰り返す。アナライズを見てる余裕がなくなってからは、もうずっと重ねがけし続けている。


 そしてガンガルフォンを振るう。ひたすら、真っ直ぐ、最短距離を意識して、彼を斬りに行く。



「ルナリア!」



 そこに突如、透き通るような可愛らしい声が響いた。


 声がした方を見る。

 瞬間、一気に視界が開けたような気がした。


 声の主は二階から駆け下りてきたらしき、シウラディア。

 なにかを振りかぶって、こちらに投げてくる。

 左手で受け取ると、それは私が彼女にプレゼントした杖剣だった。


「そんな悪者に負けるな! ルナリア!」


 その、ちょっと幼い言い回しに、こんな時だというのに思わずくすりと笑ってしまう。

 杖剣を投げたシウラディアの後ろから、ギルネリット先生とショコラが姿を見せる。


 ――そっか。ショコラ、ギルネリット先生を説得してくれたんだ。

 大金星よ。

 帰ったら、うんと褒めて、撫でてあげなきゃ。




 杖剣には、魔力神経を補助するエンチャントがかけられている。

 そして、私の魔法剣の才能は本来、自分で使うことを前提に創造神から与えられた。


 ……つまり。

 シウラディアが持つより私が持つ方が、魔力神経の回復力も高い、ということだ。


 ドーズ先生は一瞬、ギルネリット先生を睨み付けて、

「……それで? 魔力神経を少し回復したところで、どうなるというんだ?」

 平静を取り戻して私に向き直る。


「……全然違いますよ。これで、まだ戦える」

「代わりに左手が埋まった。苦しい時間が延びるだけだ」

「そうですかね。割と楽しいですけど、この極限状態」

「末恐ろしいな。戦闘狂の素質がありそうだ」

「戦闘狂でも何でも良いです。私の望みが叶うなら」


 ……視界がクリアになって、今更ながらに気付く。

 喋っているドーズ先生の服の端々が、切れていることに。


 ――私の攻撃は、届いていたのだ。


 ダメージになってるかは怪しいレベルだけど。

 一方の私も、制服はやっぱりボロボロ。スカートも裂けて、キュロットが見えちゃってる。


 ほとんど肩に引っかかってるだけの上着を、左手の親指で引っかけるようにして脱ぎ捨てた。


=============

・魔力神経負荷 372%

=============


 ――おお、やるじゃん私の補助エンチャント。

 いやまあ普通だったら激痛にのたうち回るレベルかもしれないけど。そこは天才の私。これくらいの負荷なんて最早負荷とは呼べないぜ。


「……敬意を表す、ルナリア」

 ドーズ先生が両手でシミターを握り込む。

「まさか、こんな年端もいかない少女に、身震いさせられるとは思わなかった」

「勝手に尊敬しててください。私は生まれてこの方、こういう女です」


 ドーズ先生はやはり珍しく、小さく笑った。

 そしてゆっくりと、シミターを脇構えにし、姿勢を低くする。


「せめて痛みなく、逝かせてやる」

 直後、その体躯に見合わない素早さで駆けてきた。

 それを右腕のガンガルフォン一本で受け止める。

 

 私には、ひとつの確信があった。


 彼もギルネリット先生も、これまで私の左手にあるこれを『杖』としか呼んでいない。

 確か、シウラディアの前で抜剣したこともなかったし、あの日のシウラディアは意識の怪しいところもあった。『杖剣』の意味をもしかしたら、上手く理解していなかったのかもしれない。


 だからこその、好機。

 一度限りの、不意打ち……!


 ガンガルフォンとシミターが反発し合って、轟音と共に互いの距離が少し離れた。

 相変わらずの衝撃波は私の全身を襲い、髪やブラウス、スカートにダメージを与えていく。上着がなくなった今、防御力はかなり落ちてしまっているだろう。


 けれど私はそこで、ガンガルフォンにエンチャントをかけ直さない。


 杖剣の柄部分を握って、鞘の部分を口に。

 咥えて支え、左手をひねる。

 カチン、とロックの外れる音。


 口と左手を離して、杖剣を抜剣した。その勢いで鞘を放り捨てる。

 杖剣に即エンチャント。


「なに……っ!?」

 

=============

・右手装備 ガンガルフォン+82

・左手装備 アンドレの杖剣+291


・物理攻撃力 29207(最大・左手)

・物理防御力 114

・魔法攻撃力 30374(最大・左手)

・魔法防御力 246


・魔力神経負荷 379%

=============


 補助魔法で無理矢理踏ん張って、左足を踏み込む。


「うあああああああああああああああああ!」


 シミターを振り抜いた直後、僅かに体勢を崩したドーズ先生の体の中心に突き込む。


「くっ!」


 ドーズ先生はなんとか体勢を整えようとするも、間に合わない。

 山吹色の火花が私の視界を塞ぐ。


 さらにもう一歩!

 踏み込む。全身全霊を込めて。


 闘神気と、他にもなにか防御の戦技をドーズ先生は使っていたのだろう。

 それらを『パリン』と突き破る感触と共に、彼の胸の中心に杖剣の先端が突き刺さった。

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[良い点] おおぉ!ルナさんは相当気高く強大な意志力を見せていますね! 女の子同士の為に頑張るのは最高に尊いです〜
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