13歳―21―
~幕間~
「……ルナリアさんが行ってくれて良かったわ」
炎弾や雷幕を張り巡らせる中、そんなギルネリットの声がやけに鮮明にショコラの耳に届いた。
「人間を殺すのは抵抗あるけど、亜人なら焼き殺そうが感電死させようが気にならないもの」
そう言って、ギルネリットはまたひとつ、大きな火球を生成する。
(いやいや……)
その顔を見て、ショコラは呆れてしまった。
「とてもじゃないが、殺すのを気にしていない顔には見えねーな」
そう言われて気付いたか、ギルネリットの表情は強張る。
「疑問だったんだよ。なんでシウラディアを攫うとき、ドーズと一緒にあんたが居なかったのか。ドーズが裏切りを警戒したから置いていったんじゃねーの?」
放たれる魔法を簡単に避け、戦技で打ち消しながら、ショコラは冷静に分析する。
「無理すんなよセンセー。あんたみたいなお人好しが慣れない言葉使うと、こっちの歯が浮くんだよ」
生まれてこの方、汚い言葉ばかり使ってきたショコラからすれば、それが自然に出たがどうかなんて簡単に判別できてしまう。
(昔の私だったら、売り言葉に買い言葉、『そっちこそズタズタに斬り殺してやる』とか言って特攻してただろうな……)
今、冷静に『この人がそんなこと言うわけ無い』と思えるようになってる自分が、少しだけ可笑しいし、誇らしい。
「……黙りなさい」
ギルネリットが火球を放つ。
「煽り耐性皆無かよ。まあ、育ち良さそうだしな」
「うるさい!」
次々に放たれる魔法を、ショコラは軽々いなす。
元々、魔法と戦技は戦技が有利といわれているし、ここには広大な回避スペースもある。ショコラにとって、防戦することに難は無かった。
とはいえ攻め入る隙が見当たらないのもまた、事実だったけれど。
「……貴女に何が分かるのよ。何が……」
「あー、そういうの良いから。人間の女特有の、一方的に理解を強要するヤツ」
魔法だけでなく、言葉も軽くあしらうショコラである。
「何も分かるわけねーだろ。子供攫って、利用して、挙げ句殺そうとする奴らの考えなんて、分かりたくもねえ。テメエの親玉はクズで、あんたはその片棒担いでる使いっ走り。それが真実だよ」
「……違う、あの方は、あの方は……」
違うと言いつつ、内心では否定できないのか。
ギルネリットの攻勢は目に見えておとなしくなっていった。
「ドーズの方がよっぽど潔い。理由なんて知らねえのに、主の命令だからってだけでルナを殺そうとしたらしいじゃねえか。違うってんなら、うじうじ言わねえでそんくらいの気概見せろよ」
「…………」
ギルネリットは一度、強く食いしばる。
……と、ゆっくりその力も緩めていった。
「……分かってるわよ。私が割り切れてないのも、姫様を信じ切れてないのも……」
「信じられねえ主人なら、見限りゃ良いのに」
「そんなわけにいかない。……私はあの方に、命を救われたのに」
「たかが命救われた程度、見限らねえ理由にならねえよ」
――まるで隙だらけなのに、なぜだろう。
ショコラは、ここで攻撃を仕掛ける気にならなかった。
それよりも、言いたいことの方が多い。
「俺は、アンタみたいに迷わないって断言できる。なにせアイツは、『自分の指示を全部好きになって、興味を持って、心からやる気になれ』とかぬかして来やがる。迷う余地をくれねえからな」
言って、ショコラは笑った。
そんな自分に、ショコラ自身も内心驚く。
敵の前で笑うなんて、これも以前だったら考えられなかった。
「違いが分かるか? テメエのご主人様はアンタを傀儡として見てるが、うちのご主人様は傀儡に興味ないんだよ。まあ、心から支配しようとしてる、って考えると、ある意味タチが悪いとも言えるが」
言いながら、ショコラは自覚した。
なぜ自分は攻撃を仕掛けないのか。
それは、ご主人様を自慢したかったのだ、と。
判断に迷う主を持ってしまった女に対して、『自分の主はこんなにすごいんだぞ』と言いたいだけだったのだ。
それを自覚して、ショコラは密かに苦笑する。
「……、なるほど。確かに貴女は、一般的な従者と違うとは思ってた。ルナリアさんに心酔してるというか、敬意しか感じられない。私と違って……」
「従者が主人を信じらねえのは、主人の方が悪いに決まってる。恩とか力とか金だけで従者をねじ伏せるような奴らは、古今東西没落していくもんだ。
順序が違えのよ。慕ってるし、尊敬してるし、愛してる。だから、付き従う。これが俺の、奴隷としての生き様だ」
「……すごいわね。貴女も、ドーズさんも……」
気付けば、前庭に浮かぶ攻撃魔法はひとつも無くなっていた。
元々、ギルネリットは真面目に戦うつもり……というか、戦う心構えができていなかったのだろう。強い言葉を言って無理矢理鼓舞していただけで。
「別にすごくねえ。話聞いてたか? アンタがやる気になれねえのは主人のせい。アンタに責任があるとすれば、そんな主人に付くべきか優柔不断なままなところだよ」
「……こんな年下の子に、説教されちゃった。情けない教師ね」
「全くな。でもしゃあねえんじゃね? 俺だって、ルナに会えなきゃ一生こんな考えできなかった」
ショコラはギルネリットに近づく。
戦爪こそ納めないものの、今の彼女に攻撃する気は失せていた。
「だから、そろそろ決めようぜセンセー。いつまでこんなガキ相手に情けねえところ晒し続けんのさ」
「……かっこいいわね、貴女」
「ありがとよ。最近は可愛いしか言われねえから、最高の褒め言葉だ」
「貴女の場合、可愛いって言われても嬉しがりそうだけど」
「相手による。ルナなら毎日言われても言われ飽きねえ」
「ふふっ、それを聞くと確かに、かっこいいより可愛いの方が上回るかも」
「やかましいわ」
気付けば、戦爪が届く距離まで近づいていた。
「……で、どうすんだよ。まだやるってんなら、もう俺の射程圏内だが?」
「あら、困ったわね」
言いながら、なにか吹っ切れたようなギルネリットは、あまり困ったようには見えない。むしろ、さっきまでの方が困っていたように見える。
「『たかが命救われた程度』か。……考えたこともなかったな」
「死んでた方がマシな命なら、永らえる意味もねえ。
で? センセーの命はシウラディアを殺すために永らえたのか? 時間ねえんだ。早く決めてくれや」
そう急かされたギルネリットは、穏やかな声で答える。
『命の恩』という強すぎる拘束を解かれた彼女の目は、力強く意思が灯っている。普段、生徒の皆に向ける、優しさがこもった意思だった。
それは、長年戦いこそが全てだったショコラにとって初めて、戦わずに掴んだ勝利だったと言えるだろう。
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