13歳―20―
地図を頼りに、王女の住む屋敷に辿り着く。
確かに大きな屋敷ではあるけれど、王族が住むにはかなり控えめと言えるだろう。身分をあまり公にしないためのカムフラージュなのかもしれない。
門は閉じているものの、見張りの姿は見えない。
「ここか」
「ええ」
私が答えると、ショコラは侍女服を脱ぎ始めた。
模擬戦の時以外はすっかり見なくなった、ツーピース姿になる。相変わらず布面積が小さ過ぎて、私から見ると心許ない気がしちゃうけど。
私は魔力の足場を階段状に作って、それを飛び移りながら塀の上に昇る。
ショコラは侍女服を近くの茂みに置くと、助走を付けて一気に塀を駆け上った。垂直の壁を足だけで昇り、最後に塀の縁に手をかけて、軽々と飛び上がるように私の隣に立つ。相変わらずとんでもない身体能力である。
二人で前庭を見渡すが、やはりそこにも警備の姿は見当たらない。
……ただ一人、噴水の前に立つ、杖を持った女性以外には。
その女性と目が合う。距離は遠いし、服装も違うけれど、ギルネリット先生だった。
私とショコラは塀から降りて、彼女の方へ向かう。
「……門、押せば簡単に開きましたのに」
そう言って、ギルネリット先生は苦笑して見せた。
いつもの魔女服ではなく、さっきまでショコラが着ていたのと似た侍女服姿。帽子もなく、代わりにフリルのヘッドドレスを付けている。その恰好で自身の身長ほどもある長い杖を床に付いているのは、いささかシュールだ。
「ずいぶん警備が甘いんですね」
私は言いながら、ガンガルフォンに手をかける。
「今は私とドーズさんが居ますから。……無駄な頭数が要らない分、ある意味王宮よりも厳重と言えるかもしれませんよ」
「……なるほどです」
これ以上無い説得力だった。
正直ギルネリット先生の実力は、授業も別だしあまり知らないけれど……彼女の薫陶を受けたシウラディアの成長速度を見れば、推して知るべしだろう。
「ルナ、先行け。コイツは俺が引き受ける」
言いながらショコラは戦爪を展開した。
「シウラディアさんは今、二階に居ますよ。……余計なことしないように、眠ってもらっています」
――さて、どうしよう。
もちろん、シウラディアの救出を最優先したい。が、この二対一の有利状況を崩してしまって良いのか……?
「お前がここに残っても過剰戦力だ。ここで時間使ってる間に、シウラディアに何かされるかもしれん。この前みたいな洗脳とか。ただでさえここに来るまでにも時間使っちまった、良いから急げ」
確かに、ショコラの言う通りかもしれない。
「……分かった。ここ任せるわ」
「おう」
ぶっきらぼうに返事をするショコラは、もう私を見ていない。
ただ目の前の敵に、最大限の警戒を向けていた。
「どうぞ。玄関のドアは開いてますよ」
ギルネリット先生も私を見ず、ショコラに向けて杖を構える。
私は足の補助魔法を強めて、一気に三歩で玄関まで到達。
一応警戒していたけれど、不意打ちや罠のようなものはなく、そのまま玄関前のピロティ下まで入り込んだ。
高さ二メートル、幅一・五メートルくらいの大きなドア。
両手で押すと、見た目より案外すんなりとドアは動いた。
蝶番がギィギィと音を立てて、私が入れるだけ開く。
そこで、背後から地面をえぐる振動と、炎が打ち放たれる音がした。
私はショコラ達の方を振り返りたい欲求を抑えて、周囲を警戒しながら屋敷の中へと進み入る。
まず、広大な玄関ホールが目に飛び込んできた。
入り口から真っ直ぐに伸びる赤いカーペット。
その先、正面には大階段。踊り場を経て、左右に階段が伸びている。
その大階段の踊り場。壁に立てかけられた大きな風景画の麓に、長身の人影が見えた。
似合わぬ燕尾服を纏うその男の傍らの手すりには、鞘に入ったシミターが立てかけてある。
何かを言おうとしたドーズ先生は、一度口を開いて何か言おうとしたようだったけれど……
思い直したように閉じて、燕尾のジャケットのボタンを外した。
脱いだジャケットを小脇にかかえて、シミターを取る。そして階段を降りながら、ネクタイを緩める。
「見損ないました。あなたを、尊敬していたのに……」
胸の奥から湧き出てきた言葉をそのまま発する。右手をガンガルフォンの柄に伸ばした。
「勝手に尊敬して、勝手に幻滅していろ。俺は生まれてこの方、こういう男だ」
ドーズ先生がシャツの第一ボタンを外すころ、丁度階段を降りきっていた。階段のてすりに燕尾服を掛けて置く。
「そこを通せ」
ガシャンッ、と音を立ててガンガルフォンを鞘から抜き取る。
「君こそ、回れ右して淑女らしく生きろ」
「あいにく、私の思う淑女は悪に屈しないので」
「……それはおてんばと言うんだ」
こんな時までいつもの掛け合いみたいになるのが、少し嬉しくて、とても嫌だった。
「はっ」
というドーズ先生の呼気。
極聖とはまた少し色味が違う、金色のオーラを纏い始める。極聖を黄金とするなら、闘神気は輝く山吹色といった方が正確かもしれない。
私もエンチャントを始める。
――格上相手の戦法なんて、いつだって変わらない。
今回は9000の防御力相手に、13000のHPを削りきらねばならない。
12000の攻撃力を防ぎつつ、それを強化したりする戦技をいなしながら……
考えれば考えるほど、絶望的すぎて笑えてくる。
けれど、昼間のような恐怖は、自然と感じていない。麻痺したのかもしれないけれど、それよりも、シウラディアを失う方がよっぽど怖い。
――攫われる前から、ちゃんと今みたいなメンタルになってくれれたら良かったのに。
人間の心理とは、複雑で面倒なものである。
でも、いい。
助けるのが間に合ってくれるなら。
重ね続けた魔力の層が、ひとつの剣身に圧縮されて擦れ合った結果、反発し合って稲妻を生み出す。
あまりの魔力の高圧に、周囲の空気が燃えて真空になった結果、炎が生まれ、小さな竜巻がガンガルフォンを中心に渦巻く。
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・右手装備 ガンガルフォン+306
・左手装備 (同右手)
・物理攻撃力 31073
・物理防御力 301
・魔法攻撃力 33427
・魔法防御力 404
・魔力神経負荷 92%
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――そっちが究極の戦技なら、こっちは究極の魔法剣よ。
これが今同時に重ね掛けできるエンチャントの、ありったけ。
エンチャントは重ね掛けの数値が多くなればなるほど、難易度と魔力神経負荷が累乗に掛け上がっていく。
とはいえ数値的には、防御系の戦技を加味しても充分以上のはず。
なんとか、一度でもこれを、彼に当てることさえできれば……
ドーズ先生がシミターを抜剣する。
鞘を放り捨てて、地面に落ちる音を合図に、私たちの闘争は始まった。
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