13歳―19―
目を覚ますと、寮の自室の天井が視界一面に広がっていた。
「ルナリア様! 良かった……」
真っ先に声をかけてきたのは、エルザだった。
普段見ない、心からの安堵の表情に驚く。
――私、なんで……
考えて、すぐに思い出す。
ドーズ先生の殺意と、手も足も出なかったこと。
「……今何時?」
「午後の十四時を回ったところです」
「そうだ、シウラディアは!?」
「所在は知れぬ。ドーズ・ブラッダメンに攫われたと見るべきじゃろう」
応えたのは、エルザの後ろから姿を見せたロマだった。
「……すまん。シウラディアまで回収して、二人抱えてアイツから逃げられる気しなかった」
と、エルザの横に居たショコラが謝る。
――そうか。私が生きてるのは、ショコラが助けに来てくれたからか。
「まあそう気負うな。あの男からルナリアだけでも生かして逃れられるのはお主くらいよ」
主人に代わってショコラを労うロマ。
それは同意だし、ショコラは助けてくれたこと、ロマはそんなショコラをフォローしてくれたこと、それぞれ感謝しかない。
けれど今は、それより大事なことがある。
私はベッドを降りて、クローゼットから新しい制服に手を伸ばす。私の身近にある防具では間違いなく一番のものだ。
ボロボロになった制服はエルザが脱がせたのか、キャミソールとキュロットだけだったところにそのまま制服を着る。
「ルナリア様、なにを……」
「決まってる。シウラディアを助けに行く」
エルザに応えながら一人で着替えを終えて、立てかけてあるガンガルフォンに手を伸ばす。
「待て」
ロマがその小さい体で私に近寄る。……丁度、ドアとの間に立ちはだかるかのように。
「此度の件、学園の責任者と話したら面白い情報が出てきよった。ドーズ・ブラッダメンと、ギルネリット・ネイヤーに関してじゃ」
私は体の前でカチンと鞘のベルトを締めながら、ロマの話に耳を傾けた。
「二人とも、元はリーゼァンナ王女の付き人だそうじゃ。王女自ら登用し、学園に送り込んできたんじゃと」
「……王女?」
意外な名前が出てきて、流石に一瞬、私の動きは止まる。
……先日の参謁の時を思い出した。
私が剣を握っていることを問いただす、涼やかで射貫くような鋭く青い瞳。
「……シウラディアに会いに来た黒い女って、まさか……」
「その可能性は高かろう。王女にとっては、ワシのような聖女は邪魔になったのかもしれん。もともと聖教会とは仲も良くないしの。……お主まで消そうとしてるのは合点がいかぬが」
――いや、合点はいく。
私は今生でロマを生かし、シウラディアから聖女の座を奪った張本人だ。
そして、黒い女は前生の事を知っていた。
黒い女が王女殿下なのだとしたら、私とロマを消して、シウラディアを聖女に据えるのは、『正しい歴史』に戻そうとしているに過ぎない。
――その『正しい歴史』の先に、シウラディアが死ぬと分かっていて。
なんて、そんな話、ロマや皆にはできるはずもないけれど。
「故に、これ以上の抵抗は王女と敵対することになる。家や臣下のためにも、一旦引き下がれ。かくいうワシも聖教会から厳格に『動くな』と釘を刺されたわ」
「引き下がってる間にシウラディアは死に近づいちゃう。だったら私は、王でも王女でも叩き斬る」
――そんなことわざわざ言わなくたって、ロマだったら理解してるだろうに。
「ただ、ロマが動かない方が良いのは私も賛成。下手すると聖教会と王宮の内戦に繋がりかねない」
言って、私はエルザとショコラに目を向ける。
「私は、トルスギット家やその従者が王宮に目を付けられようが、シウラディアの救出を優先する。退職届は即刻受け付けるけど、今辞めたって手遅れかもしれない。その時は、諦めて私と一緒に死んで頂戴」
「俺はもちろん最初っからそのつもりだ。……エルザ、あんたはどうする?」
ショコラは即答して、横目でエルザを見た。
エルザは一呼吸、小さくため息をついてから、
「今辞めたって手遅れなら、ご一緒するしかないではありませんか。無論、私も死ぬまでお供いたします」
なんて、いつもの無表情で言いのける。
「ありがとう。二人とも大好きよ」
そう言うと、ショコラは少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻き、エルザは少しだけ口角を上げて目を細めた。
そしてふたたびロマに向き合う。
「そういうわけだから、そこを通して、ロマ」
物理的にはちょっと迂回すれば良いだけだけど。それだけの意味じゃなく私は言う。
「……羨ましい限りじゃ。昔なら、ワシもお主と同じ選択をできただろうに」
なんて、ロマはロマでセンチになって呟いた。
「部下を守って、内戦の火蓋を切らないようにするロマの方が正解よ。それにロマは、対人戦そんなに強くないし」
「言うではないか。これでもお主以外に負け知らずなんじゃぞ」
「今回は相手が相手だし。私の200エンチャくらいで負けちゃうなら、勝負にならないよ」
「200エンチャくらいなら、って、お主……」
私はただ黙って、微笑を浮かべてみせる。
そんな私にロマは目を見張ると、そのあどけない顔を苦悶に歪ませた。
「……嫌じゃ。行くな。ワシからすれば、シウラディアとかいう女など、どうでもいい。お主が死に行くなど、見過ごせん。このまま、聖教会に任せてくれんか。王宮や王女となんとか交渉してみせるから……」
私は微笑を深めて、ポン、とその頭に手を乗せた。
「本気なら、どうでもいいなんて言わず、聞こえの良い言葉を選べば良いのに。……わざと悪役になってくれて、ありがとうね」
言うと、ロマは歯を軋ませて、僅かに俯く。
「……ここで踏み出せるお主だから、ワシは気に入ったのだ」
「私も、ここで私情に走らず部下や聖教会のために踏みとどまれるロマだから、大好きなんだよ」
ロマが勢い良く顔を上げる。……その瞳は珍しく、涙目になっていた。
「お主が死んでしもうたら、踏みとどまれんくなる。お主に抱えられて風呂に入れず、寝かしつけられることもなくなった人生なぞ、もはや続ける価値もない。
……お主を殺した王女ごと、殲滅戦を仕掛けてくれるわ。そうなればお主の身内も、妹も、友人も、全員戦争に巻き込まれるやもしれん!
じゃから、頼む。生きて帰ってくれ……」
最後に私にすがりつくように服を掴むロマ。
膝を付いて、そんな彼女をそっと抱きしめた。
「当たり前よ。ロマにそんなことさせない。そんなことさせるために、あの時助けたんじゃない。
……帰ってきたら、シウラディアをちゃんと紹介するわ。良い子だから、もう二度と『どうでもいい』なんて言えなくなるんだから」
「……楽しみにしておるよ」
涙声でそう言うと、ロマは静かに嗚咽を上げて泣き始める。
「情けない、肝心なときに恩人の役に立てないなんて……」
泣きながら、それでも私を信じて理性で踏みとどまる彼女を、心底尊敬する。
私自身、未練を断ち切るような気持ちでロマをヒルケさんに預けた。
ゆっくりと立ち上がって、ショコラを見る。
「……ショコラ、まずは学園に行ってみましょう。先生が住んでるところ教えてもらえるかもしれない」
「分かった」
「エルザ、留守は任せたわ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませルナリア様、どうかご無事で」
エルザの礼を受け止めて、私はショコラと部屋を出ようとする。
「ルナリア様」
と、今度はロマを抱えるヒルケさんが呼び止めてきた。
「こちら、聖教区にある王女の屋敷への地図です」
ヒルケさんから二つ折りの紙を渡される。
「王女……リーゼァンナは、学園在学中からそちらに住まわれていたそうです。卒業後も『世情の勉強』と称してそこを拠点としていることを掴んでいます」
紙を開くと、確かに地図だった。聖教区の外れ、区境の近くに赤いバツ印が記されている。
「実際は聖教会への牽制と監視のため、などと噂もされておるがの……」
スン、と鼻を鳴らしながら、ロマが震える声で補足した。
「ありがとう。助かるわ」
こんなものをあらかじめ用意していたなんて。やはり、私を本気で止められるとは思っていなかったらしい。
「今夜は馳走を用意して待っておる。必ず帰って来い」
「ご馳走も嬉しいけど、今日はハンバーガーの気分なのよね」
「ふっ、欲のないヤツじゃ。……分かった、しこたま買い込んでおくから」
「あはは、それじゃますます、元気で帰ってこないとね」
そう笑いながら、私は寮の部屋を出る。
――ごめんね、ロマ。
心の中で、一度謝って。
それで終わり。
謝りすぎるのも、送り出してくれたロマに失礼だ。
――待ってて、シウラディア。
貴女は今生で、長生きして幸せにならなければならない子なんだから。
……本当は嫌だけど、それでもどうしても必要なら……
私の命くらい、貴女にあげるよ。
それが、前生で貴女の短い生涯を不幸なものにしてしまった私の、償いだと思うから。
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