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13歳―18―

~幕間~


 シウラディアが目を覚ますと、見知らぬ天井が視界一面に広がっていた。


(ここは……?)

 ぼんやりとする思考の中で、徐々に意識を失う直前のことを思い出す。


「……そうだ。ルナリアとドーズ先生と話して、ドーズ先生に手招きされて……」


 そこまで思い出したけれど、それでもどうして今こんなことになっているのか、いまいち理解が追いつかなかった。


 と、そこでノックも無しにドアが開く。

 入ってきたのは、黒い装束を頭からすっぽりと着た、多分女性。

 ……その光景は、場所こそ違えど、治療院の中で起きたこととそっくりだった。


 が、治療院の時と違い、黒い女の後ろから続けてもう一人入ってくる。黒い女より少し背が高い女性だった。

 トレードマークの大きな帽子が無く、代わりに侍女服に身を包んだギルネリットが。


「……どうして」

 ギルネリットはシウラディアと目を合わせないように、どこか恐縮した様子で。


 対照的に黒い女はどこか尊大に、シウラディアが乗っているベッドの横にある椅子に座って足を組む。

「やあシウラディア。……未来の聖女様」

 見覚えのある口元がそう発する。

 やはり治療院に来た黒い女だ、とシウラディアが確信すると同時に、女はフードを外して顔を晒した。


 綺麗なプラチナブロンドの髪は、無造作に目にかかるくらい。透き通るような青い瞳に、シウラディアの姿が映る。

 年齢は十七から十九歳くらいだろうか。怜悧で冷徹な印象だけれど、女のシウラディアすら息を呑むような美女。……ルナリアと良い勝負だ。


「安心なさい。君の体の不調は今後、ありとあらゆる魔道具で治療しきってみせる。その後、君は聖女になって、全ての国民を救う英雄になるんだ。そんな粗末な杖など無くても」


 言って、女はベッドの横に立てかけてある杖剣を横目で見た。

 そこで思い出して、シウラディアはスカートのポケットに手を伸ばした。が、そこに入れていた物の感触は返ってこない。


「宝剣は流石に返してもらったよ。君が持っていても危険は少ないだろうが、一応な」

 黒い女は言って、懐から短剣を取りシウラディアに見せつけた。


 そこで段々と、事実に気付き始める。

 ――私を守る、と言ってくれたのに、今近くに居ないルナリア。

 ――記憶の最後、私を招き寄せたドーズ先生。

 ――黒い女と、その従者のように付き従うギルネリット先生。


「そんな……」

 信じられない物を見るように、ギルネリットに視線を向けるシウラディア。


 その視線を受けると、まるで火傷でもしてしまうかのように目を逸らすギルネリット。


「シウラディア。聖女の座を捨ててまで、ルナリアに付いたのはなぜだ? 今後の参考までに聞かせてくれ」

 冷たい視線はシウラディアの心情など鑑みず、ただ自分の興味を満たす質問を寄越す。


「……なぜもなにも、そんな上手い話、急に言われて信じる方が無理よ」

「だが治療院で話したときは、それなりに乗り気だったように見えたが?」


 痛いところを突かれてシウラディアの表情が僅かに歪む。

(……そうだ。私は、一瞬、本気でルナリアを殺そうとすら思ってしまった)

 けれどルナリアは、そんな自分すら許した。

 彼女は何でも無いことのように言いのけたけれど、そんなことできる人間、そうそう居ないだろう。


「……貴女の言うとおりよ。でもルナリアは、そんな私を許して、抱きしめてくれた。『そんなの誤解なんだから、簡単に解けると思ってた』なんて、笑って言ったのよ」


 ――ルナリアに会いたい。

 急に、無性に、そんな感情がシウラディアの胸中に込み上げてきた。


「ふむ……、見知らぬ女より、知った貴族の方が信頼できるということか。平民は貴族を嫌悪しているという情報を得ていたんだが、うまくいかんものだ」

 女は頭を掻く。美しいとそんな動作すら似合ってしまうから恐ろしい。


「……ルナリアは、普通の貴族とは違う」

 シウラディアは、その胸中に渦巻く感情の赴くままに、言い募る。

「自分というものを持たず、他人から用意された立場に固執するザコ貴族と、私の友達は比べるべくもないくらい凄い存在なの」

「そうか。睦まじいことだな」

「あなたこそ、どうなの? 私を利用しようとしてるのは、あなたの方じゃないの?

 そんな高価そうな短剣を用意して、こんな広い部屋に私を幽閉して、耳触りの良いことだけを言うあなたこそ、ザコなんじゃない?」


 シウラディアがいうと、女は一瞬きょとんと目を丸くする。

 そして、声を出して笑った。

 段々と声が大きくなり、最後は腹を抱え出す。


 そんな女に、今度はシウラディアが驚く。

 しばらくの間、部屋の中に女の笑い声だけが響いていた。


「……はあ……、いや、久しぶりにこんなに笑わせてもらった。確かに、その理屈で言うと私の方がザコだろうな」

 涙まで流した女は、自分で目元を拭いながらそう言った。


 笑っていた目をキリッと引き戻して、女はシウラディアと目を合わせる。


「だが、ザコはザコなりの矜恃もあれば、理由もある。こうなれば隠す必要も無いだろう。私のため、お前は聖女になって貰う。どんな手段を使ってでもな」


 女は不敵に笑いながら、内面のエゴを少しだけ表出させた。

 そして隣で立ったままのギルネリットを見る。


「ギル、この子の世話は任せる。未来の聖女様だ。丁重にな」

「……はい」

 ギルネリットは小さく返事する。

 そんなギルネリットに、女は立ち上がってその顎に手を添えた。

 そして一気に顔を近づける。あとほんの少し近寄れば、キスしてしまいそうなほどに。


「まだ迷っているのか?」

「い、いえ……。先ほど申したとおりです。心変わりは、ございません」

「……そうか。信じよう。頼んだよ、私の可愛い飼い猫」


 女はギルネリットを離して、そのまま部屋を出て行く。


 ギルネリットはそこで、今日初めてまともにシウラディアと目を合わす。

「……今、昼食を用意してもらってるから。もう一時を過ぎてるし、お腹すいてるでしょう? 後で運んでくるわね」

 どこか虚ろな目でそう言って、ギルネリットは女の後を追って行った。


 一人きりになるシウラディア。


 監視もないのは一見不用心だが、おそらくギルネリットの結界が二重三重に張られているのだろう。

 シウラディアは杖剣に手を伸ばして、それをぎゅっと握りしめた。

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