13歳―16―
翌日、日曜日。お昼前。
シウラディアを通じてギルネリット先生に退院の連絡をすると、「それならなるべく早くにあの話をしておきたい」と私に宛てた返事があった。
あの話、というのはシウラディアの鑑定のことだろう。
私としてはもちろん早いほうが助かる。すぐに落ち合う段取りを取り付けてもらった。
なるべく人に見られないよう人気の少ない場所ということで、ダンジョン演習の集合場所で話すことになる。
ということで今、私たちは学園の裏山を少し上った、洞窟が複数見える更地にやってきた。
そこにはすでにドーズ先生が一人待っている。ギルネリット先生の姿は見えない。
――こんなところにまで帯剣してきてるのは、なんでだろう?
一瞬そう思ったけれど、この後自主鍛錬する気なのかもしれない。それ以上は深く考えなかった。
「お待たせしました。休日にこんなところまでご足労いただきありがとうございます」
「お互い様だ」
「ギルネリット先生はいらっしゃらないんですね。連絡役をしてくださったので、てっきり」
「あいつは別件があってな。……シウラディア、体調はどうだ」
ドーズ先生は簡素に私に返事すると、次にシウラディアに目を向ける。
「え、あ、はい、今はすごく良いです」
「その杖が、ルナリアの用意した魔道具か」
「はい、これのおかげで一気に回復しまして」
「そうか。大切にして、手放すなよ」
相変わらず、淡々とした口調で真っ直ぐに説く。
「はい、ありがとうございます。……それより、先生には大変失礼なことを言ってしまい、申し訳……」
「こんな仕事してれば子供のヒステリーには慣れてる。気にするな」
――真っ直ぐすぎて、シウラディアびっくりしちゃってるけど。
「親が大変なときになにもせず周りを当てにするだけのヤツより、自分でなんとかしようとしただけ偉い。今回を機に周りを頼ることを覚えれば良いだけだ。
そしてゆくゆく、本当に自分一人でも親を、他者を、守れるような人間になれ」
「先生……ありがとう、ございます」
ドーズ先生の言葉に、シウラディアはゆっくりと、深々と頭を下げた。
「ここに来たということは、今後も学園に通って問題ないということだろう? それなら話を進めよう。ルナリアが持ってるのがアナライズ結果だな?」
「はい。紙に書き起こしてきました」
言って、私は手に持っていた二つ折りの紙をドーズ先生に渡す。シウラディアをアナライズで見た時の情報が書いてある。
説明文の部分も、全てそのままに。
ちなみにシウラディア本人には、昨日の夕方、この紙を書き起こしながら全部説明してある。
ドーズ先生が紙を開き、中を読み始めた。
=============
【シウラディア】
・HP 89/89
・MP 291/28993【状態異常:漏洩】
・持久 46
・膂力 19
・技術 39
・魔技 122(有効分)/4988(無効分)
・幸運 77
・右手装備 仕込み杖+10
・左手装備 なし
・防具 中央学園制服
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 29
・物理防御力 248
・魔法攻撃力 139
・魔法防御力 266
・魔力神経強度 弱【状態異常:微損傷】
・魔力神経負荷 --%(激しく明滅している)【状態異常:暴走】
人間。
出生時に悪魔の影響を強く受けた個体。魔法関係全般の機能に異常を来たしている。
MPの漏洩の解消と、無効分の魔技を有効化できれば絶大な魔法が放てると見込めるが、発動後は議論の余地無く死に至ると想定される。
=============
しばし、先生は無言でそれを眺めていた。
「……死に至る、か……」
ドーズ先生が顎をさすって呟く。どうやら最後まで読み終えたようだ。
「シウラディアは、普通の人間では持ち得ないMPと魔技を潜在的に持っているようです。が、それを解放すると間違いなく亡くなってしまう。まあそんなMPと魔技を行使したら、人間が耐えられるわけないのは当然ですけど」
「例の黒い女は、もしかしたらそのことを知っていたのかもしれません。だから、聖女になれる、と言っていたのかも……」
私の推測に、シウラディアが続く。
「漏洩と暴走のせいで魔力神経の負荷が人より大きいから、あんなことになったんだと思います。なので、その負荷を分散させられるようになった今、一般的な魔法なら問題なく使えるようになったかと。今後も、普通の魔法なら習得や上達していけると思います。無理しないよう、注意しながらになりますけど」
「……なるほどな」
ドーズ先生は頭の中がまとまったように顔を上げる。
「黒い女がシウラディアを口封じに来るか、それともまだ聖女にしようとしてくるか、それは分かりません。が、どっちにしても最終的にはシウラディアは……」
それから先は、口にするのも憚られた。
「……シウラディア。少し良いか」
ドーズ先生がシウラディアを手招きする。
はい、と応えて、トコトコと彼に近づくシウラディア。
――なんだろう。
ギルネリット先生ならともかく、ドーズ先生がシウラディアと二人で話す用件なんてあるんだろうか……?
そう不思議に思った、次の瞬間。
ドーズ先生の手刀が、綺麗にシウラディアの延髄を叩いた。
シウラディアはなすすべ無く意識を失って、倒れるところをドーズ先生に抱きとめられる。
ゆっくりとドーズ先生はシウラディアを地面に横たえた。
そして立ち上がり、ドーズ先生が胸元に手を入れてもまだ、私は何が起きたのか、頭で理解が追いつかない。
……ピーカブーのアミュレットを二つ、首から外してやっと、私は思い至る。
――彼は、敵だ。
と。
「まあ、そういうことだ」
相変わらずの無表情は、いつもどおりどこか抜けた口調で、アミュレットをポケットにしまう。
「シウラディアは聖女になって、家族はおろか一族郎党、末代まで丁重に保護されるだろう。間違いなく、シウラディアが守るんだ」
言って、自然な動作でシミターを抜剣した。
それは恐ろしく滑らかで、きっと呼吸の次にこなし続けてきた動作に違いない。
「ルナリア。君は不運だが……野良犬に噛まれたと思って、ここで死んでくれ」
瞬間、全身が粟立つ。
アミュレットを外した彼が零す本物の殺意が、私の体を本能的に射竦めた。
急に喉が渇いて、全身が小さく痙攣をはじめ、無性に背中を向けて逃げ出したくなる、この感情は……
『恐怖』
前生で盗賊やパルアスに出遭ったときよりも、さらに根源的で。
もっと正確に言えば、確実な死を目の前にした恐怖だった。
「そのままじっとしてくれると楽で助かる。なにせ、次の聖女殺しは骨が折れそうだ」
そのセリフに、私は少しだけ、言葉を思い出した。
「なんで……、なんで、こんなこと……!」
「さあな」
「さあな!? 知らないのに、こんなことの片棒担いでるんですか?」
「飼い犬が主人に尻尾を振るのに理由など必要無いだろう」
瞬間、ドーズ先生の姿が消える。
咄嗟に護法剣を生成して、右からの一閃を防いだ。
――少し喋れたことで、なんとか冷静さを取り戻せた。
それがなかったら今頃、真っ二つにされていたかもしれない。
「相変わらず年齢不相応な技術だ」
褒められたって、嬉しくもない。
――黒い女の、手先に。
完全に油断していた。
信頼していたし、信用もしていた。
だからガンガルフォンも持ってきていない。軽くて風通しの良い背中が、あまりに心許なかった。
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