13歳―15―
ということで大浴場。お風呂会開始から少し遅れて、シウと三人が加わった。
「いつも教室でお見かけこそしていましたが、こうして同じお湯に浸かれる日が来てなによりです」
シャミア様がぽんと手を叩いて、三人に向けて微笑みかける。
「いえ、こちらこそ……」
「すごっ……皆、肌綺麗……」
呟くシェリを、メアリが肘で小突いていた。
「じろじろ見ない! 失礼でしょ」
「シウラディア様、退院おめでとうございます。……大変でしたね」
続いてエープル様がシウラディアにそう声をかける。
「ありがとうございます。……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」
「とんでもございません。お母様のご容態はいかがですか?」
「それなんですが……先日、父が見舞いに来まして。『大勢の貴族から援助の申し込みが来たぞ!? どうなってる?』と混乱した様子でした……」
「はい。ルナリア様の主導で、この場の全員で出資を募らせていただきました」
何でも無いことのように言いのけるエープル様。
全員でそれぞれ手持ち資金から彼女の家に援助を送ったのが、シウラディアが倒れた翌日のことである。
「おかげさまで、ほとんど元の体調に戻ったそうです」
「そうですか! それは良かったです」
「皆さんは母の恩人です。このような場で恐縮ですが、本当にありがとうございました」
お湯に顔が付くか付かないか、というところまで頭を下げるシウラディア。
「ルナリア様とゼルカ様以外は、お礼を言われるほどではございません。私含めて、『平民に援助したら、親に怒られるんじゃないか』と尻込みしていたんですから」
「それでも最後は援助されたんですから。堂々とされるべきだと思いますよ」
私は横から口を挟んだ。
「ルナリア様が『彼女の母親を見殺しにするのと、親に怒られるのなら、私は後者一択なだけです』と仰ったから、皆覚悟が決まったまでです」
「そのお覚悟を決めていただけたことこそが、本当にありがたいですし、嬉しいです」
シウラディアが真っ直ぐに皆を見渡す。
「このご恩は必ずお返しいたします。何年かかっても、必ず」
すると、そこでアリア様が、
「なら、また困ったことがあったら、真っ先に私たちに相談してください」
そう言った。
「一人で抱えて、またあんな風に爆発しちゃわないように」
「……そう、ですね。仰るとおりです……」
「それ以外のモノを返してもらっても、私たちは受け取る気も無いです。『私よりまずルナリア様か、次点でゼルカ様に』としか思わないので。ね?」
アリア様に振られると、皆苦笑しつつ、頷いて見せる。
「…………」
シウラディアは何も言い返せず、一人一人を見やる。目尻に僅かに光るモノを浮かべて。
「のびのびと学園に毎日来てもらって、週末にこうしてお風呂でお喋り相手になってくれて、ルナリア様と仲良くされている姿を横で見られる。……それだけで充分です」
「アリア様……」
「ただそれとは別に、ファンクラブに入ってもらいたいとは前々から思ってたので。その話はまた今度しましょうね」
「……ファンクラブ?」
「聞かなくて良いですよシウラディア」
私が言うと、令嬢達は笑い出す。
そんな空気に、シウラディアの表情も少しずつほぐれていった。
それから、まったりとした穏やかな時間が過ぎていく。
ジョセフィカ様とアイリン様とシャミア様でメシュースを可愛がったり、アメリとシェリはアリア様とエープル様と朗らかに話していた。
……けれどそんな時、不意にシェリは、その表情を堅いものに変える。
「……あの、皆さんは本当に、私たちとこうしていて平気なんですか?」
意を決したように、シェリは全員に聞こえるくらい、少し大きめの声で問いかけた。
「心のどこかで、拒否感というか……、嫌だなって気持ちは、本当にないんですか?」
そこで彼女は僅かに涙を浮かべる。
「私は、私が皆さんの立場だったら、嫌です。……こんな、肌も日に焼けて、手だって家の仕事でガサガサだし。……なにより、心が汚い女」
「シェリ……」
アメリがそっと彼女の肩に触れた。
「私、ずっと、貴族なんてクズだって、そう思ってたし、実際口に出して言ってました。……平民にだってクズは居る、って知ってるのに。人による、って考えられなくて」
シェリがそう言って俯くと、アメリも皆に向き直る。
「……私もです。ただ、『貴族』ってだけで、一括りしていました。確かに嫌がらせしてくるような貴族は多いけど、それだけで皆さんのことも悪く言ってきたんです」
「私も」
シャミア様の膝の上で、メシュースも言った。
「……可愛いがってもらう資格、ない。頭撫でてもらう資格、私にない」
三人が沈鬱に下を向く。
和やかな空気から一転、気重い空気が流れる。
「……ふふっ」
けれどその重圧を斬り裂くように、可愛らしいエープル様の笑い声が浴場に反響した。
「失礼。なんだか、懐かしいな、と思ってしまいまして」
三人が不思議そうにエープル様を見る。
「そちらのショコラさん、ご存じですよね」
そう言って、私の隣で肩まで浸かっているショコラに視線を移す。
「もう一年前ですか。私はルナリア様に向かって、こう言ったんです。
『あの獣人、傷こそ目立つものの、非常に毛並みも良く、小柄で顔も美しい。愛玩用としては、かなり上等』と」
そう言ってエープル様は、少し悲しげに笑みを浮かべて、三人を見渡した。
「そう言われたときのルナリア様のショックは、私には計り知れません。一番の親友を、愛玩用と言われたんですよ? ……それでも、ルナリア様は、私と友になりたい、と仰ってくれたんです」
エープル様は私に向かって可愛らしく微笑んでみせると、今度は晴れやかに、再び三人と目を合わす。
「つまりここに居るのは全員、常識という名の偏見を、見事にルナリア様に吹き飛ばされた者ばかりなんです。だから、これから皆さんがすべきなのは、貴族に謝ることではなく、貴族と仲良くすることだと思います」
そこでシャミア様が、メシュースを撫でる手を再び動かし始める。
「もちろん、仲良くしたくない相手にまで媚びる必要はありません。先ほど仰っていたとおり、貴族の中にもどうしようもないヤツは居ます」
そう言ってシャミア様は、自分を見上げるメシュースににっこりと微笑みかけた。
続いてジョセフィカ様が立ち上がった。アメリとシェリの前に行くと、自分の両掌を見せる。
幼少の頃から土仕事に酷使した、その掌を。
「私も貧乏男爵家の娘なので、ご覧の通りです。ですがこの手を最初に優しく握ってくれたのは、他でもない、ルナリア様でした。
……確かに私も貴族の端くれではありますが、ここに居る他のご令嬢方とは家格が違いすぎてお三方の気持ちも分かります。
見た目に劣等感を抱くことも、地位で屈辱感を抱くことも、あります。でも少なくとも、この場の皆さんの前では、気にしなくて良いです。こうして、服も地位も脱ぎ捨てて知り合えたんですから」
そう言うと、ジョセフィカ様は左手だけを下ろして、右手をシェリの前に差し出した。
握手の合図。
シェリはそこに右手を――ガサガサ、と自ら評したその手を――そっと重ねる。
ジョセフィカ様はそれを強く握り返して、満面の笑みをシェリに見せた。
シェリも恥ずかしそうに、はにかんでそれに応える。
「ちなみに、さっき言ってた嫌がらせしてくる貴族って、誰なんです? ノーカ様あたりはしてそうですけど」
アリア様がアメリに尋ねる。
「そうですね、ノーカ、さま、と……」
「無理に様付けしなくて大丈夫ですよ」
と、アリア様は優しく言う。
「……ありがとうございます。ノーカと、あとギルバートの二人は、特に酷いですね」
「……ギルバート?」
シャミア様の眉間がピクッと動く。メシュースを撫でる手が再度動きを止めた。
「はい。ノーカは比較的他人にも分かりやすいことするんですが、ギルバートは結構陰湿で。人目がないところとか、分かりにくいことしてきます」
「やはりそうでしたか。……ゴミムシが」
「ひっ!?」
シャミア様の醸し出すオーラに、メシュースがそそくさとアイリン様の膝の上に逃げる。
シャミア様は顔だけは笑顔を取り戻して、アメリの方を向く。
「教えてくれてありがとうございます。アレは私が裁いておきますね」
ただならぬシャミア様の様子に、アメリはただ戦慄いていた。
「……ギルバートはシャミア様の従兄弟なのよ」
ジョセフィカ様が二人にそう教える。
「ヤツと同じ血が流れてると思うだけで吐き気がしますわ。叔父様もお祖父様も善い方なのに……
もし万が一、またギルバートが舐めた真似してきたら、すぐに教えてくださいね」
「わ、わかりました、その時は真っ先に!」
アメリがコクコクと頷いていた。
「ギルバートだけじゃなくてもね! 真っ向からは戦えないかもしれないけど……、相談受けたり、一緒に対策を練ったりはできると思うから!」
ジョセフィカ様が力強く言い放つ。
「どうして三年間を過ごす友人に悪意を持って行動できるんでしょう、理解できません。……私達は、味方ですから。正確に言えばルナリア様の味方ではありますが」
と、アリア様は相変わらず、きれい事だけでなく正直に言いのける。
「まあ、私たちとつながりを持った、というだけでもある程度抑止力になるとは思いますよ。唯一ルナリア様の威光が効かないのは殿下ですが、殿下も平民とは友好的な方ですし」
エープル様がそうまとめ上げる。
そんな彼女達に、三人はまた、その表情を柔らかな物に変化させていったのだ。
――そんな光景を見て、私は内心、驚いていた。
貴族の皆は、平民である彼女達に対してもう少し抵抗があると思っていたからだ。
だから、いくつか仲介の言葉も考えてきたつもりだった。
けれど、実際は全く不要で。
全員が、満場一致で、この四人を迎えている。
そのことが、すごく嬉しくて。
――そして、感動してしまう。
彼女達の精神的な成長に、年甲斐もなく胸が打ち震えた昼下がりだった。
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