13歳―14―
~幕間~
とある屋敷の中、とある部屋。
一人の女が大きな執務机に腰掛け、窓の外に広がる星空をぼんやりと見上げながら思案している。
そこにノックの音。女は「入れ」と答えた。
ドアを開けて入ってきたのは、身長190cmほどの長身の男だった。
男は部屋を進んで、執務机を挟んだ対面に立つ。
「シウラディアの様子はどうだ? 何か聞いてるか?」
女は外を見ながら尋ねた。
「順調に回復してると言っていた。このままなら、明後日にも学園に復帰できるかもしれないそうだ」
「明後日……。早いな」
「友人の貴族令嬢が、魔力神経を補助する魔道具を渡したことで快方に向かっているらしい。……正確には、魔道具ではないが」
「ルナリアのエンチャントか」
「そういうことだ。聖女の件といい、相変わらずぶっ飛んでる」
女はそこで初めて男の方を見、机の上に肘をのせ、指を組んで口元に持って行く。
「用件はその三人に関わることだ。まず、シウラディアを保護して、私のもとに連れてきてくれ」
「まず?」
「そして、ルナリアとロマを殺してほしい」
「……急に剣呑だな」
一見そう思ってなさそうな呑気さで、男は女を見下ろしていた。
「あの二人の存在は、歴史を歪める。この国を……民を、死地に追いやる。このまま自由にさせておくわけにはいかない」
「それは、君にとっても必要なことなんだな?」
「無論だ」
「であれば、是非もない」
「相変わらず話が早くて助かる」
そう言って手を下ろした女の表情は、険しい。
「礼はなにがいい? なんでも言ってみろ」
険しいままの顔で女は言う。
「礼など要らん。君から受けた無数の恩、その一つを返せるのみだ」
男は相変わらずの無表情でそう返事をした。
「反論は許さん。私はお前の飼い主。恩を返されては、お前はいずれ私の元を離れる。だから、恩など返させん。お前はずっと、私からの恩を背負って生きろ。だからさっさと、どんな礼がいいか言え」
「……ふむ」
男は呆れたような……どこか、子供のワガママを仕方なく聞き入れる大人のようだった。
「なら、この場での会話を全て忘れろ」
「……なに?」
眉根を上げる女。
「トルスギットの娘と聖女が、どこぞの犬に噛まれて死ぬだけの話。……だから君は、気に病むな。彼女らの命を背負い込む必要もない」
「なにに気づいてる?」
女は前のめりになって男に詰め寄る。
「なにも気づいていない。ただ、君に妄想癖はないし、他者の死に涙を流す人物だ、と知ってるだけだ」
「分かってるのか? 上級も上級の貴族令嬢と、聖女だぞ。それを殺すお前は、捕まれば死罪では済まない」
「愚問だ。それでも必要だと言ったのは君だろう? なら俺がためらう理由が無い」
言って、男はきびすを返した。
「……すまない。頼む」
女は小さく、男の背中に頭を下げる。
「飼い主が飼い犬に礼などするな」
そのまま、男……『飼い犬』は、部屋を出て行った。
男が閉じたドアの音を聞いて、女……『飼い主』は小さく、
「……馬鹿野郎が」
と呟く。
それは果たして、自分と飼い犬、どちらに向けたものだっただろうか。
「……それでも、私は……」
そこから先の言葉は、更ける夜の虚空に消えていった。
~幕間 了~
†
私が杖剣を渡してから、三日後。土曜日の昼過ぎ。
シウラディアが退院する、ということで三人のご友人――アメリ、シェリ、メシュース――と共に迎えに行く。
治療院の外に出てきたシウラディアは、すっかり健康そうだ。
彼女はまず三人と抱き合うと、最後に私を強く、抱きしめてきた。
「ありがとうございます。ルナリアのおかげで、無事退院できました!」
「どういたしまして。……よく顔を見せてくれる?」
言って、シウラディアの両頬に手を添える。
そのまま、じっ、とシウの顔を眺めた。
「うん、隈もなくなってるし、血色も良い。可愛いシウラディアに戻ったわね」
「か、可愛いかどうかは分かりませんが……おかげさまで」
「あら、自分を客観視するのは大事ですよ」
「……ルナリアにだけは言われたくないです」
「私はただ色が白いだけの吊り目ですから。正当な評価です」
「そんなことないけどなあ……」
それから五人(その後ろにショコラとエルザ)で寮に向かう。
「あの、この後お風呂会ですよね?」
道中、シウラディアが思い出したように尋ねてきた。
「ええ。十五時からいつも通りの予定ですよ」
「あの後、皆さん、怒ったりされていませんでしたか?」
「怒る? まさか」
「ルナリアに酷いこと言ってしまったのに……」
「あの時言っていたことは誤解だと全員分かってますし。私はそんなものに屈しない、というのも全員分かってますからね」
「……すごい絆と信頼ですね」
そこでシウラディアは言いづらそうに俯く。
――離れて行ってしまったという、平民の友人達のことを気にしているのだろうか。
とはいえ私がそちらまで介入するのも、逆にこじれちゃいそうだし。難しいところだ。
「あの、良ければ今日参加したいんですが、よろしいですか?」
シウラディアはどこか意を決したように言う。
「良いも何も、寮生は自由に入れる大浴場です。貸し切ってるわけでもありません」
「そうですが……、私が居ることで皆さんが不快になるのも嫌なので……」
「ありえません。お話相手が増えて皆さん喜びますよ。なにせ一年近く、同じメンバーだったんですから」
どうにも自己肯定感の低い彼女の背中を押すように、笑いかけて見せた。
「……貴族の方々が大浴場に入ってるって話は、本当だったんですか」
そこでアメリ――あの日、最初に言葉を交わしたツインテールの子――が言う。
「はい。他の生徒への配慮半分、肌を晒すことに慣れない貴族への配慮半分で、土曜の十五時という時間に入らせていただいています」
もっとも、後者を気にしている子は最近少なくなった気するけど。
「シウ、一応退院したばっかりなのに、大丈夫なの?」
同じくシェリ――『まだ構うんですか?』と聞いてきたカチューシャの子――が心配そうにシウラディアに問いかけた。
「入院してたって言っても、病気だったわけじゃないから。それより、早くお湯に浸かりたくて」
入院中はお湯で濡らした布で体を拭いてもらうだけだった、という話は聞いている。
「皆さんには私から、あまり負担をかけないようお伝えしておきます」
「いえ本当、お気遣い無く。お風呂でお喋りするの……実は私も、楽しみにしてたので」
私が言うと、シウラディアはそれを遮った。
と、そこでメシュース――カタコトの小柄な子――がビシッと勢いよく挙手した。
「メーもお風呂、入りたい。シウの背中、洗ってあげる」
驚いて振り返る二人に、特に表情を変えずにメシュースを見るシウラディア。
……ちなみに三人とは先日、シウラディアと同じように様付けなしで呼び合うよう取り付けている。
「中途半端な時間になっちゃうけど、大丈夫?」
シウラディアが聞き返した。
「夜入りたくなったら、また入ればいい」
「まあ、それもそうか」
「ちょいちょい!」
まとまりかけたところにシェリが割って入る。
「メー、話聞いてた? 貴族の人達がいっぱい居るのよ?」
「そうよ。シウはルナリアのお友達だから良いけど……」
とアメリもメシュースを窘めようとする。
――うーん、まだまだ貴族と平民の隔たりは大きい。仕方ないけど。
「? ルナの友達なら、ザコ貴族じゃない。気にする必要ない」
思わず吹き出してしまう私。
メシュースは確かドワーフとのハーフと、先日学園の休み時間に言っていた。この中では一番、この国の常識に染まっていないのだろう。
「ふふっ、ごめんなさい……。ええ、私の友達にザコ貴族は居ませんよ。良ければアメリとシェリも一緒にいかがです?」
目配せし合うアメリとシェリ。
まあ、いきなり言われても困るだろう。無理強いはできない。
「名案! アメリ、シェリ、背中流しっこしよ!」
言うが早いか、メシュースは二人の手を取って、寮に向かって走り出した。
「ちょっと、引っ張らないで!」
「痛い痛い、力弱めろ馬鹿力!」
アメリとシェリがそれぞれ抗議する。
「まだお風呂開いてませんよー」
と、両手でメガホンを作って呼びかけるも、時すでに遅し。
そのまま三人はみるみる離れて行ってしまった。
私とシウラディアは、互いの顔を見やって……
同時に呆れ半分、楽しさ半分の笑いを浮かべ合った。
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