13歳―13―
翌日。
シウラディアの魔力神経の回復は順調とのことで、昨日は食事や睡眠も取れるようになったらしい。授業前にお見舞いに行ったという三人から教えてもらった。
彼女の方はそれで一安心としても、問題は例の黒い女。
前生の情報を知っていて、私とロマを殺し、シウラディアを聖女に戻そうとしている。
――なぜ前生を知っているのか? 目的はなんなのか……
……考えられるとしたら、悪魔の軍勢のこと。
シウラディアが聖女でなくなって、国が滅ぶことを警戒しているのだろうか?
それなら理解できる。私もそれはどうにかしないといけない、と思っている。
前生で被害が広がってしまったのは、聖女が不在だったからだ。だからロマが生きていてくれれば、前生よりも被害は少なくて済むハズだ。私も極聖剣を使えるし。
けれど、黒い女――もしくは、その背後の黒幕――はそう思っていないのかもしれない。『シウラディアを聖女にすることが絶対条件だ』と。
……そのあたりは想像の域を出ないが、ともかく今、私たちにとって危険人物なことは確かだ。
ということで私はロマに話を通しておくことにした。
訓練後、お風呂タイムを経て食事のタイミングで、昨日のあらましを説明する。
……もちろん、前生のこととか、未来の悪魔のこととかは伝えずに。
「ふうむ……。まあ、実際お主がおらねば今頃この世に居なかったのは事実じゃがのう」
ロマはポテトを咥えて、腕組みしてソファに勢いよくもたれかかる。
「『手の者に動いてもらう』ってことは、すでにロマのことを狙ってるかもしれない。だから、警戒しておいて欲しいの」
ロマは上を向いて口だけでポテトを食べ進めた。今更『行儀が悪い』と叱る者はこの場に居ない。残念ながら。
「事情は了解いたしました。本部の方にも伝えさせていただきます。もちろん私たちもロマ様から目を離さないようにします」
とヒルケさんは頷いてくれる。
「はい、お願いします」
「……まあ、ワシやルナリアは最悪自衛できるとしても、問題はそのシウラディアという子じゃな」
ロマが顔だけこちらに向き直って言う。
「ルナリアを殺せなかった今、向こうからしたら用済みじゃろ。口封じに来るかもしれん」
言われて、ハッとする。
「……そうか、治療院の中にも入れてるし……」
「それもあるし、退院後も気をつけた方が良かろう。施設内で殺人は足も付きやすい」
「うん、気を付ける。ありがとう」
「となると学園にも話を通しておくべきじゃ。信用できる教師は居るか?」
「信用できる教師……」
真っ先に、ドーズ先生が思い浮かんだ。
「居るなら早めに相談しておけ。実家から学園に直接でも良いが、時間がかかるだろうからな」
「そうだね」
そこでロマは立ち上がり、テーブルを迂回して私の元へやってきた。
そのまま私の膝の上にちょこんと飛び乗り、私に背中を預ける。
「しかし、憶映晶に魔法無効の短剣か。どちらも簡単に手に入る物ではない。背後に大物が居るか、相当大規模な組織じゃろう」
「なんでこんなキナ臭い事になってきたのかしらね……」
左腕でロマを抱き寄せて、右手で頭を撫でながら私は呟く。洗ったばかりの髪の感触がサラサラとして気持ちいい。
「ワシの敵対勢力か……。さもなければ、世間を知らない子供を聖女に仕立て上げ、内部から聖教会を牛耳ろうとでも考えたんじゃろう。妄想激しいヤツはどこにでも居るものじゃ」
――妄想。……だったら、いいんだけど。
そう楽観するには、あまりにストーリーが前生と一致しすぎている。
「内部の敵対勢力については調査を進めておく。そっちも学園への情報共有と、自分の警戒を気をつけろよ」
「……うん。ロマも、気をつけてね」
「会話の内容と光景がかみ合わねーよ……」
ショコラが小声でそう呟いたとか、なんとか。
†
そのまた翌日の朝。
始業前に私は職員室に行って、ドーズ先生に取り次いでもらう。
「あら、ルナリアさん。おはようございます。ずいぶん早いですね」
ドーズ先生と一緒に授業の準備をしていたギルネリット先生が、まず私に気がついた。続いてドーズ先生がゆっくり私に振り返る。
「実はお二人に話があって……。少しだけお時間、よろしいでしょうか?」
そう尋ねると、ギルネリット先生は横目でドーズ先生を伺った。
「こっちからも聞きたいことがある。ギル、隣の会議室空いてるか確認してきてくれ」
「分かりました」
ギルネリット先生が早足で移動していった。
――聞きたいことって、なんだろう?
……候補がありすぎて、逆に分からなかった。
すぐに隣の会議室に通される。三人で話すにはなかなか広いけれど。
「ルナリアさん、例の杖、ありがとうございます」
ギルネリット先生がそう頭を下げてきた。
「昨日、放課後にシウラディアさんのところに寄ったんです。魔力神経がほとんど見えないくらい回復していて、びっくりしましたよ」
「もうそこまで回復してくれましたか。それは良かった……」
――逆に言うと、丸一日かからなければ消えないというのもすごい。どれだけ損傷していたのか……。
まだ目に見えなくなっただけで、ダメージ自体は残ってるだろうし。
「実は、あれをあげた時にシウラディアから聞いたんですが……」
私は昨日、ロマにした話と同じ話をした。シウラディアの元に訪れた黒い女の話。
「そんなことが……」
ギルネリット先生は右手で口元を抑えて呟く。
「聖女……お二人には隠さなくて良いか。ロマには昨日、話を通しておきました。聖教会の内部犯かもしれない、と調査してくれるそうですが、学園側でも警戒しておいて欲しいんです」
「そうですね。その方が良いでしょう」
ギルネリット先生が力強く頷く。
「シウラディアが戻ってきたら、私もなるべく近くに居るようにします。けれど、私一人では守り切れないかもしれない……。なにせ希少な魔道具を持てるくらい、強大なバックが付いてる相手ですから。どうか、よろしくお願いします」
「もちろんですよ。話を聞いてたらルナリアさんの方が危ないでしょうし。シウラディアさんが戻る前でも、何かあったらすぐに私やドーズ先生に相談してくださいね」
「ありがとうございます」
深く礼をする。
――よし、これで話は通せた。
学園の敷地内は基本的に部外者立ち入り禁止であり、結界魔法もある。けれど、多くの人が出入りするため抜け穴も多い。警戒するに越したことはない。
「それで、先生からのお話というのはなんでしょう?」
頭を上げてドーズ先生の方を見る。
ドーズ先生は相変わらず、感情の読み取れない無表情で私を見下ろしていた。
「……ああ、アナライズの件だ」
そう言ったドーズ先生は、珍しく反応が鈍いような気がした。気のせいだろうか?
「なるほど、その件ですか」
「あれは本当か?」
二言目には、いつも通りのドーズ先生に戻ったように見える。
「本当です。……今まで隠していてすみませんでした」
「謝ることじゃない。味方とはいえ、手の内を全て晒す必要もない」
――考え方が完全に戦場なんだよなあ。
ここは学園だ。教師や学園――ひいては王宮や聖教会を謀ろうとした、なんて見られておかしくないのに。
「そういうことなら、シウラディアの鑑定を頼めるんじゃないかと思っただけだ。嫌なら嫌で問題ない」
「もちろん、やらせていただきます。……というか、もう何度もしてまして。普段はなるべく使わないようにしてるんですが、シウラディアは流石に異常だったので……」
「そうだな。基本的にはあまり使わない方が良いだろう。覗き見られて良い気分になる者は居ない」
「覗きって……」
「相手に許可を取ってないなら覗きだろ」
ぐうの音も出ない正論パンチだった。
流石のギルネリット先生も庇えないようで、ただ苦笑を浮かべて私たちのやりとりを見ている。
「今から詳しい内容を聞いてる時間はない。できれば紙にしてくれると助かるが、どちらしても、今度はシウラディアも居る時に話をさせてくれ」
「分かりました」
「ではそろそろ授業の時間だ。戻りなさい」
「はい、失礼します……」
――アナライズ、自重しよう。
本当、ドーズ先生は良くも悪くも私の考えを変えてくれる人だ。こういう教えをくれるから、『教師』という職業名になっているのだろう。
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