13歳―12―
一度離れると、やはりシウラディアの顔は赤い。
見渡すと、三人のご友人もなんだか赤面しているように見えた。
「少し換気いたしましょうか?」
確かに私も少し、体がほてった感覚がある。密着していたし、病室には暖気の魔法がかけられているからだろう。
「え? あ、そ、そうですね……」
ということで窓を少し開けた。
冷えた風が心地良い。
「……皆様、その、誤解がないようにだけ申し上げたいのですが、お嬢様は非常に友愛の広い方でして。それ以外の意味合いは含まれておりません事、注釈させてくださいませ」
ショコラがわざわざ良く分からない注釈を入れてきた。
「なに急に? それはそうでしょう」
私からすると非常に流れを汲めていない、と感じたわけだが……
「そ、そうですよね、ははは……」
「なるほど……」
「びっくりした」
「貴族の方は、言葉遣いも優雅ですね……」
と、なにやら四人とも納得していたようだった。
――私の方がおかしいの……?
……私はそれ以上、この件についてなにも言わない方が良さそうだ。
「シウラディア、どうです? 痛みの方は」
再びベッドの横に戻りながら尋ねる。
「大分楽になってきました」
「良かった。ちゃんと機能して」
彼女は私に向けていた視線を杖剣に移す。
しばらくして、その杖剣を私に差し出してきた。
「……こちら、お返しいたします」
――えっ?
驚いて、私はなにも返事ができなかった。
まだ、信用が足りないのか……
「ルナリア様……ルナリアを信用しない、とかじゃないです。ただ、私には、受け取る資格はありません」
「……もしかして、まだあの日のことを気にしてるんですか? それならさっきも言ったけど、全然気にしてませんよ」
「いえ、それも、そうなんですが……」
そのまま、しばらくの沈黙。
そして意を決したように、シウラディアは布団の中から左手を抜く。
そこには大ぶりな短剣が握られていた。
「実は、昨日、見覚えのない女の人が来て……」
それからシウラディアはその女性とのやりとりを全て話してくれた。
†
私は、内心パニックだ。
その女が見せたという憶映は、前生と全く同じ内容だったから。
「あれはあの女が見せた幻にすぎないのに……なぜか強く信じてしまって。この短剣で、私はルナリアを……」
それ以上は憚られたらしく、シウラディアは口ごもる。
「……そんな私に、この杖剣を受け取る資格などありません。この力は、もっと心が清くて、正しい人のために使うべきだと思います」
そのセリフは、なんだか聞き覚えがある気がした。
なんのことはない、私が回生するとき、私自身が創造神に言った言葉と似ているのだ。
『私なんかより、もっとふさわしい人が居るかと』
「ルナリアは好きだと言ってくれましたが、私はこんな自分が、大っ嫌いです。何度もルナリアに暴言を吐いて、あまつさえ見知らぬ他人を信じて短剣まで握って……。
こんな人間、本当はこのまま病室で孤独死するのがお似合いだったのに……」
「なに言い出すの!」
そこで、三人がシウラディアの元へ駆け寄った。
「そんなこと言わないでよ……」
「そうよ、このばか!」
「やだ、シウ、死んじゃやだ!」
三人の声には涙が混じる。
……それはそうだ。この三人がどれだけ心配してたか。ちゃんと話して間もない私だって察するくらいなんだから。
「皆……、でも、私は……」
シウラディアも、また目に涙を浮かべる。
「ルナリアが腹黒とか、シウを売る気だ、みたいなこと最初に言ったのは私でしょ! あの日暴言言っちゃったのは、私のせいじゃん!」
「それで言うなら私だって賛成した! あの時は本気で、ルナリアなんかと一緒に居るな、って思ったし!」
「私も! 貴族は悪い奴、言ってた!」
「でも、シウだけは賛同しなかったじゃない。私らの方がよっぽど心が汚いよ」
――それをきちんと言える貴女も、すごく綺麗な心の持ち主だって、私は思っちゃうけどね。
そこで、その子が私に振り返る。会ったとき真ん中に居た子だ。
「ルナリア様。私からもお願いします。シウを、助けてください。その分、私なんかで良ければなんでもします! どんなことをしても償います」
そう言って、深く頭を下げる。
他の二人は驚いたようにその子を見ていたけれど、すぐに後に続いて頭を下げた。
「「お願いします!」」
「皆……」
シウラディアは泣きながら、三人の後ろ姿を見つめる。
「馬鹿……、皆、馬鹿なんだから……」
そう呟いて、シウラディアは泣き崩れた。
――シウラディアが激痛に苦しんでる時、この三人も辛かったんだろう。
私は四人の関係を知らない。もしかしたら幼なじみとかなのかもしれない。
二人や三人の関係ならまだしも、四人でこんなに強い絆を育めたことが、純粋に素晴らしいと思った。
――私も、近所の貴族づきあいがある家で生まれたら、こんな友情を築けたのだろうか?
とてもじゃないが、できた気がしない。
この四人だからこそ、成り立ったのだ。
「……皆さん、顔を上げてください。そんなことされなくても、私は諦めるつもりなんか全くありませんよ」
ゆっくりと顔を上げた三人は、涙目で、縋るように、私を見てくる。
――さて。とはいえ、どう言おうかな。
シウラディアの気持ちも、良く分かる。
酷いことをしておいて、『改心したから許された!』なんて簡単に切り替えることを、他ならぬ自分自身が許せないのだ。
私の場合は創造神とのやりとりも経て、『前生の罪以上に幸せにすることができればWinWinだ!』とゴリ押しマインドでここまで来たわけだけど。
彼女はそうは思えないんだろう。少なくとも今は。
このまま流れで杖剣を持つようになっても、彼女の罪悪感は消えない。杖剣が罪の象徴のように、人生の重しとなってしまうかもしれない。
――いや、でも。
別にそれでいいんじゃ?
私だって、こうしてシウラディアと顔をつきあわすたび、前生の罪を思い出す。
『やり直す』って、そういうことだ。
『やり始める』時には戻れないのだから。
後悔して、反省を背負って、前を向くのがやり直すということなわけで。
……最初のうちは、もしかしたら辛いかもしれない。
でも多分、ずっと持っていれば、いずれ吹っ切れる。
今の私みたいに。
だから、今重要なのは、とにかく彼女に杖剣を持たせ続けることだ。健康体になってもらうことだ。
――だったら。
「ねえシウラディア。皆さんこう言ってくれてるけど、それでもこの杖剣は受け取る気になれないかしら?」
「……はい」
小さく、けれどはっきりと、シウラディアは頷く。
「この痛みは、私のせいです。これを死ぬまで受け入れていくべきだと、そう思います」
「……シウ……」
三人がシウラディアを心配そうに、辛そうに……どこか少し怒っているように、見下ろしている。
「なるほど」
ならば、よろしい。
私はシウラディアの手から杖剣を取り、自分の視線の高さに持ち上げた。
「あー、勉強の一環でこんな杖剣を作ってみたけど、実験も終わったし手元にあっても邪魔なだけね」
全員が私の事をキョトン、と見上げる。
私はシウラディアを、めいっぱい見下した。
「あら、こんなところに平民がいるわ。ちょうど良いから、この杖剣処分しておきなさい」
そう言って、再び彼女の右手に杖剣を持たせる。
「光栄でしょう? なにせ公爵令嬢じきじきの命令だもの。ありがたく受けるべきよね? まさか平民風情がこの私に逆らうなんて、言語道断よ」
私に杖剣を押しつけられて、シウラディアはまた、涙をポロポロと零し始めた。
それにつられて、私も少し、泣いてしまう。
「……なんだ、良く見たら貴女、ダンジョン演習で組まされた平民じゃない」
私はなんとか、不敵に笑って見せた。
「貴女が役立たずだと、私の評価にも関わるんだから。次のダンジョン演習でも、私の役に立ちなさいよ」
杖剣の上に、涙が一つ、二つと落ちて、次第に無数となっていく。
……自分に杖剣を持たせるための方便だと理解できないほど、シウラディアの頭が悪いはずもない。
ゆっくり、小さな嗚咽を上げて、シウラディアは杖剣を掻き抱くように蹲った。
「ルナリア様、ありがとう……、ありがとう、ございます……!」
「泣いて礼を言えるなんて、まあまあ殊勝な平民みたいね。これからも、私の引き立て役ぐらいにならしてあげるわ。感謝しなさい」
そう言い捨てて、立ち上がる。
「用も済んだし帰るわよ」
エルザとショコラに言うと、二人とも小さく微笑んで、「かしこまりましたお嬢様」と答えた。
「え、あ、あの……」
カタコトの子が何かを言おうとする。
けれど無視して、私はそのままエルザが開けてくれたドアを悠然とくぐり抜けていった。
「……なんだあの人、カッコ良すぎるだろ」
そんな声も、後ろから聞こえた気がするけれど。
――ザコの悪役令嬢ロープレした後、また元に戻るのが、単に恥ずかしかっただけである。
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