13歳―11―
エンチャントした杖剣を三本持って、シウラディア様の治療院へ。
五本全部は流石に迷惑と思ったが、かといって一本では心許ない。あくまでエンチャントだから効果が何日保つか分からないし、念のため予備も含めて三本にしておいた。
受付で手続きして、案内された通りに病室へ向かう。三階とのことだ。
三階まで階段を上ると、ちょうど前に見慣れた制服の後ろ姿が三人見える。
――シウラディア様のお友達ね。
寮市の日、貴族や私の悪口を言っていた子達だ。
「ごきげんよう」
前回の反省を踏まえ、さっさと声をかけることにした。
……剣呑な視線を向けているショコラを背後に隠しながら。
三人はこちらを振り返り、
「……こんにちは」
「ごきげんよう」
「どうも……」
と三者三様に返事をくれる。
「皆様もシウラディア様のお見舞いですか?」
そう尋ねると、三人は互いに目配せした後、
「はい、そうですけど……」
と真ん中の子が一人答えた。
「でしたらご一緒いたしませんこと?」
またも三人は目配せをし合う。
――びっくりするくらい警戒されてるわね。
まあ、初見から割と仲良くできたシウラディア様が特別だったのだろう。あの時はレーテル様、パラッシュ様から庇う形だったし。
そう考えると、あの二人にはある意味感謝せねばならない。
階段の近くで立ち止まるのも迷惑だ。三人からの返事はまだだが、人が通りかかったのをきっかけに、私たちはまとまって歩き始めた。
角度的に隠せなくなったので、私は三人から見えないようにショコラを肘でつつく。
ショコラは静かに、三人の方から視線を逸らした。
「実は今日、シウラディア様の役に立つような魔道具を持参したんです。少しでもお役に立てば良いんですけどね」
言って、三人に杖剣を見せた。
「……それでシウは助かるんですか?」
真ん中の子が反応してくれた。
――良かった。流石に無言が続くのも辛かったから。
「治す、という意味では助けにならないとは思います。ただ、恐らく魔力神経の痛みや焼き付きは改善できるかと」
「それだけでも、多分助かると思います。あの子、昨日も激痛に苦しんでましたから」
真ん中の子が続けてそう言う。
――この子、毎日お見舞い来てるんだ。
もうそれだけで、あの陰口とか本気でどうでも良い。
こんな友達思いの子なら、全部許しちゃう。まあ最初から許してるんだけど。
「今まで魔力神経なんて使ってこなかったでしょうから。きっと、辛いでしょうね」
「……あの」
そこで左側の子が声をかけてくる。
「あんな酷いこと言われたのに、まだ構うんですか?」
あの時近くに居たのだろうか。それとも、誰かから聞いたか。
「あれでシウから離れていった子だっているのに……」
言われてみれば、寮市の時は六人くらいいた気がする。
逆に言えばこの子達は、シウラディア様の本当の友達ということだ。
「あんなの、酷いこと言われたうちに入りませんよ」
――だって、前生では私の方がよっぽど、ひどいことを言い続けたもの。
あれくらいで嫌う資格なんてあるはずない。
「ご家族が大変なことになって、自分を追い詰めて、冷静じゃなかった時に出た言葉ですから。全部誤解ですし、気にしていません。そんなことより、今一人で苦しんでる彼女に、一刻でも早く力になりたい、それだけですよ」
三度、三人は顔を見合わせる。
そして小さく頷くと、右側にいた小柄な子が私のところへトコトコと近づいてきた。
そして私の袖を掴んで、
「こっちの方が、近道」
と、僅かにカタコトで引っ張ってくれる。
「よくご存じですね」
「毎日、来てるから。早く、シウ、助けてあげて」
カタコトの子を先頭に、三人に案内されて私は廊下を早足で進んでいった。
三人に続いて、シウラディア様の病室に入る。
ベッドの上で座っていた彼女は、私を見ると表情を強張らせて視線を逸らした。
心なしか目の下には隈が浮かび、やつれたように見える。
入院してから不定期に襲う激痛のため満足に寝られず、食事もままならないのだと、ここに来る間に三人から聞いた。
「具合はいかかですか?」
シウラディア様は答えず、布団の下にある左手を僅かに動かしただけだった。
三人の友人もなんと言って良いか分からない様子で、私とシウラディア様を見守っている。
「今日はお見舞いの品を持ってきたんですよ」
言って、エルザから杖剣を受け取り、ベッドに近づく。
「……そうやって、今度は物で釣ろうとするんですか」
トゲのある言葉に、友人達が驚いたように息を呑む。
寮市の日も、彼女だけは貴族を悪く言わなかったから、余計驚いたのかもしれない。
「学園に来る前から、ずっと両親も、周りの大人達も言ってた。貴族は平民を道具としか思っていない、自分たちが学園に行っていたときも悲惨だった、って。
学ばせてくれるのはありがたいが、だったら貴族と平民を分けてくれ、って」
そこでシウラディア様と目が合う。
憎悪を込めて、敵意と、軽蔑をたっぷりと含んでいた。
「貴女も同類だって、もう知ってる。それも、とびきり悪質だって。もう騙されないわよ」
「シウ……」
カタコトの子が、まるで別人を見るかのように、愕然と呟く。
私は気にせず、そのままシウラディア様の目の前に到着。そのまま両膝に手を付いて、前屈みに視線の高さを揃えた。
――この状態でもまだ可愛いって、もはや罪よ。
至近距離で見て、あらためてそう思った。
「本当に、そう思ってらっしゃるのですか?」
気を取り直してそう尋ねてみる。
「当たり前でしょ。その子達からも注意されていたの! 貴族は全員クズだ、って。ルナリアだって裏で私のことゴミ扱いしてるに違いない、って」
三人が気まずそうに身をすくませる。
「なるほど。では、もう一度言い方を変えてお尋ねしますね」
私はふわりと微笑んで見せた。
「本当に、この私を、そこら辺のザコ貴族と同じと思ってるの?」
シウラディア様は唖然として、目をぱちくりさせる。
「白状すると、確かに、昔は私もそれにとらわれてた時期もありました。
でも、考えたんですよ。平民だ貴族だ爵位だなんてそんな区別、私が決めたものじゃない。生まれた頃から勝手にあって、大昔の人が勝手に言っただけのもの。
そんな、私の意思が一切介在しない区別に従うなんて、なんだか馬鹿らしいじゃないですか。
貴女と一緒に居たいと思う理由は、ただひとつ。
私が、そうしたいから。それのみです。なにせ私、ワガママなので」
私の言葉を飲み込み切れていないらしい彼女の右手に、杖剣をそっと置いた。
「私に裏があるように見えてしまったならごめんなさい。でも信じてください。
私は、友達の力になりたい。
あなたの幸せの役立ちたい。
あなたの笑ってる顔がまた見たい。
それを狙いというなら、そうかもしれないですね。
でも私、そこに関しては折れませんし、後ろめたくも思わないことにしてるんです。
『誰かを幸せにしたい』という欲望には、忠実に生きるのが信条ですので」
杖剣を手にしてから少しずつ、シウラディア様の魔力神経の色が薄くなっていく。
まず見た目で気付いた私たち。次に感覚で気付いた本人が、自分の腕や胸元を見て、その変化を目視した。
「いかがですか?」
「……痛みが……。ずっとしてた、小さな痛みが、ちょっとずつ消えていってる……」
「それは、魔力神経を補助する魔法をエンチャントした杖剣です」
私の言葉に、再びシウラディア様がこちらを見る。
「MPを魔力に変換する作業が所持者に働いたら、その杖剣が作業を代替します。いわば魔力神経の延長ですね。
シウラディア様の体がずっと痛かったのは、魔力神経がずっと動いていたせいですから。その作業を外部に委託してしまえば、本人は楽になるわけです」
「……嘘みたい、こんなことが……」
魔力神経の色が段々と赤くなり、今では黒とはほど遠い鮮やかな真紅になってきた。
シウラディア様は何度も自分の体を、いろいろな角度で見つめている。
「魔力神経の負荷は、神経内に残留した魔力のせいです。普通は自然発散するのを待つしかありません。が、それを吸収する機能も設けています。
ですから、これを持っていれば暴走状態であっても、負荷を発散できるようになります。
痛みもなくなるはずですから、お食事も普通にできるようになり、ぐっすり寝られるようになると思いますよ」
その言葉に、彼女は私を見上げる。
私はとびきりの笑顔を、彼女にプレゼントした。
「ただ、これはエンチャントによるものですから、いつまで保つか分かりません。なので、予備も持ってきました」
エルザとショコラからそれぞれ杖剣を受け取り、それをベッドサイドに立てかける。
「エンチャントが切れても、またかけ直します。もちろん代価も要りませんし、なにか要求することもありません。
なので、私への疑念が拭えないのであれば、友達関係だけ解消して、定期的にエンチャントするだけの仲になっても全く問題ありません」
そこで、私は顎に人差し指を当てて、上に視線を向けた。
「ただ、こんなに利用しがいがあって、貴女の三倍は天才とお墨付きを受けた私との関係は、良好のままにしておくのがオススメな気はしますけど」
なんて空々しく言ってみた。
シウラディア様は、何も言わず。
……ただ、一筋だけ、涙をこぼしていた。
私は再び、手を下ろしてシウラディア様を見る。
「どうなさいます? まだ『貴族』のレッテルを鵜呑みして、この杖剣すら拒否しますか?
シウラディア様がそうしたい、と仰るなら、否定はしません。
否定はしませんが、意地でもそんなレッテルひっぺがして、どんな手段を使ってでもシウラディア様から信用を勝ち取り、その杖剣を受け取っていただくよう努めるのみです」
やがてシウラディア様の目から零れる涙の量は増えて、彼女は静かに両手で顔を覆う。
「私、私は……、ごめんなさい、ルナリア様、ごめんなさい……」
泣きじゃくる彼女を、そっと抱きとめた。
「心のどこかで、分かってたはずなのに……ルナリア様は、他の貴族と違うって。それなのに……」
「分かりますよ。小さい頃からそう言われて育ったんですもの。立場が違う者が親密にしてきたら警戒するのも当然だと思います。全然気にしていませんよ」
そこで、私はコツン、と彼女の額と額をくっつける。
「信じて欲しいのは、私が貴女を大好きだということです。誰かのために犠牲を厭わない貴女を心から尊敬しています。
お友達と語り合う時の屈託のない笑顔が可愛いすぎてずっと見ていたいくらいです。
貴族が群がってるお風呂に馴染めてしまうくらい、実はメンタル強いところが凄いと思ってます。
前向きでひたむきに頑張る貴女を、心から愛しています」
「あ、あい……?」
額から伝わる熱が、気持ち上がったような気がした。
――もしかして、風邪を併発していたのだろうか?
だったら、もっと暖めてあげないと。
抱きしめる力を強めると、「ぴゃきっ」とシウラディア様が可愛い声で鳴いた。
「この一ヶ月少しでは信じていただけないかもしれませんね。でも、本当ですよ。先ほど呼び捨てにされたときは、心がときめくようでしたもの」
「あ、いや、その節は、すみませんでした……」
「謝らないでください。良ければもう一度、ルナリア、と呼んでくださいませんか?」
「い、今ですか?」
「はい」
互いの顔が見えるところまで、体を離す。
シウラディア様はしばらく逡巡していたけれど、
「……ルナリア」
小声でそう呼んでくれた。
「なあに? シウラディア」
そう言って彼女の頬に触れる。
シウラディア様……シウラディアは私の手に驚いたようにビクッ、と体を震わせて、ますます顔を赤くさせていた。
「これからは、お互いに様は無しでいかがですか?」
「ひ、ひゃい……お、お願いします……」
――大丈夫かな? なんだか熱に浮かされてる感じするけど。
「もしかして、体調がまた悪くなってきました? お顔が赤いですけど……」
「た、体調は大丈夫です。体調は……」
「辛かったら言ってね。できることならなんでもするから」
「は、あ、あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
そう言って恐縮する彼女は、すっかり私の知っているシウラディアだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。




