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13歳―9―

 週末、土曜日十五時の大浴場。


「ルナリア様とドーズ先生って、もしかしてお付き合いされてるんですか?」


 すっかりお風呂会常連になったシウラディア様が、そんな爆弾を投下してきた。

 一斉に動きが止まり、口が止まる貴族令嬢一同。

 それは、私が王太子の婚約者候補筆頭と知る者からしたら、口にするわけにはいかない話題だからだ。


 私の相手にガウスト殿下以外を挙げるなんて、不敬罪で処される可能性すらある。

 けれど普通の平民であるシウラディア様は、恋話としてどこかワクワクしている様子だった。


 ――貴族の女の子だって、恋愛話は好きだ。

 好きだけど、当然それは罰せられる心配がない場合に限る。


「そんなことありませんよ、流石に年の差もありますし」

 と私は答えた。

 実際、そんな対象として彼を見た事なんて一度たりともない。

「でもドーズ先生は19歳だとギルネリット先生が仰ってました。たった六歳差じゃないですか」

「ドーズ先生の年齢なんて初めて知りました。意外とお若いんですね。確かにそれくらいの年の差なら、一般的にはあり得るかもしれませんね」

 と無難に一般論で逃げておくことにする。


 ドーズ先生、あの見た目で19歳だったんだ。にしては老成してるというか、達観しているというか。

 ――きっと苦労人なんだろうなぁ。


「シウラディア様、どうしてそんなこと思われたんですか?」

 そこでエープル様が彼女に尋ねた。

「先日、ルナリア様とギルネリット先生とドーズ先生の四人でお話しする機会があったんです。そこで、特にお二人がとても仲良しだったので。もしかしてそうなのかなあ、と」

「そんな気はありませんでしたが、以後気を付けますね」


 まあ恋愛云々は置いておいても、先生と生徒が馴れ馴れしすぎるのも良くないだろう。私も自重しよう。


「一流の剣士同士、波長が合うのでしょう」

 そこでシャミア様が言った。

「ただシウラディア様、私たちしかいない場では良いですが、外ではそのようなことお話ししてはなりませんよ」

 続いてシャミア様が人差し指を立て、自分の口元に持って行く。

「そうなのですか?」

「はい、ルナリア様はガウスト殿下の婚約者候補の一人であらせられますから。下手をすると不敬罪になってしまうかもしれません」


「そうだったのですか? でもルナリア様は、絶対そんな気ありませんよね」

 温かいお湯の中にもかかわらず、青ざめる貴族令嬢の皆様。


「私も正直、釣り合わないと思……」

 急いでシウラディア様の口を塞ぐエープル様とシャミア様。


 ――怖い物知らず、ってまさにこのことなのね……

 この子、体のことだけじゃ無く、発言から破滅してしまうかもしれない。これから注意して見ておかないと……




 後日のお茶会にて、皆さんからシウラディア様への内心評価が上がっていたことが判明。

 どうやら皆、口にせずとも思っていたことだったらしい。


 ――いや本当、生まれついての英雄なのかもしれないわね、あの子。

 ドーズ先生とギルネリット先生が私以外の貴族から遠ざけて、芽が出る前に潰されないようにしたのは、きっとこの上なく正解だっただろう。


   †


 そんなことがあってから一ヶ月後。

 この日は一時間目から模擬戦、教室にカバンだけ置いて園庭に集合していた。


 ダンジョン演習ではシウラディア様とチームを組むことになった私だが、相変わらず指揮官で体が動かせない。

 けれど模擬戦なら制限はあるものの自分が他の生徒と戦える。だから今では模擬戦の方が圧倒的に好きだ。


 ――やっぱり、剣を取って暴れ回ってる方が性に合ってる。

 ということでまだ授業開始前だが、鞘付きのガンガルフォンを素振りしていた。ステップやジャンプも挟んで、仮想敵と戦うように。


「ルナリア様、良ければ一戦いかがですか?」

 不意に背後から、シウラディア様の声が聞こえた。

「ええ、それじゃ軽く乱取りしましょうか」

 と振り返ると、そこには相変わらず可愛らしいお顔が……



 真っ赤な魔力神経を浮かび上がらせていた。



「よろしくお願いします」

 どこか焦点が合ってない胡乱な目つきで、ふらふらとした足取り。

 明らかに、正常ではない。


「……シウラディア様、なにがありました?」

 ここ一ヶ月以上、こんな事はなかったのに……。

「あはは。……ちょっと、頑張っちゃいました。どうか先生にはご内密に」

 疲れた顔で……けれど、目の奥には確固たる意思を灯して。シウラディア様は少しだけ笑って見せた。


 ――けれど、こんな状態のこの子を内密にするわけにはいかない。

「……流石に看過できません。一緒に行きましょう」

 シウラディア様の手を掴む。

「ルナリア様。……いいじゃありませんか。見逃してください。ルナリア様だって、昔もっと無茶をされたのでしょう? だったら、いいじゃないですか……」

「しましたけど、それはやむにやまれずです。訓練の時はちゃんと安全と健康第一でしたよ」

 魔力足場を作って跳躍。

「あっ……」

 シウラディア様の抵抗する力は、恐ろしいほどに小さかった。


 そのまま庭の中央で授業の準備をしている二人の先生の元に着地する。

「ルナリアさんにシウラディアさん? どうしまし……」

 皆まで言わずとも、ギルネリット先生は言葉を止めて駆け寄ってきた。

 そのままの勢いでシウラディア様の両肩を掴む。


「昨日、何時まで魔法の練習をしてたの?」

 ギルネリット先生は敬語を忘れて、そう問い迫った。

「……朝の七時まで」

 私とギルネリット先生が息を呑む。

 そしてギルネリット先生は小さく息を吐いた。


「……貴女の魔力神経は回復速度が人より遅い。だから毎日二十時までと決めたでしょう? どうして言いつけを破ったの」

 今にも叫びだしそうなのを我慢しているようだった。

 ――魔女である彼女は、魔力神経の負荷がもたらす悪影響を、きっとこの場の誰よりも知っているんだろう。


「でも、それでは強くなれません。現に、ここ一ヶ月近く、私はなんの成長もできてないじゃないですか」

 けれどシウラディア様も負けじと言い返す。

「そういうものよ、誰だってずっと同じ速度で成長できるわけじゃない。この一ヶ月で全く成長してないわけでもないし、焦る必要は全くないわ。今焦って体や魔力神経を壊す方が、よっぽど遠回りになってしまうと言ったでしょう?」

「それじゃ遅いんです! ただでさえ私は貴族より三年遅く魔法を始めたのに……こんなペースじゃ、魔女になれない!」

 悲痛に叫ぶシウラディア様に、周囲の視線も集まり始める。


「……なにかあったの?」

 ギルネリット先生は膝を曲げて、シウラディア様よりも視線を低くして問いかけた。

「……昨日、母が過労と栄養不足で倒れた、と手紙が来ました。私への仕送りや弟や妹を優先して、全然食べてないのに毎日のように徹夜で働いてた、って……。

 それを聞いて、私は本当に、なんで、二十時で練習やめてるんだ、って。こんなヌクヌクと、良い環境で生活させてもらってるんだ、って。だから……!」


「事情は分かった」

 と、今にも泣き出しそうなシウラディア様の言葉を遮って、ドーズ先生がゆっくりと歩いてきた。

「分かったから、今日は帰って寝なさい。ギルネリットの言うとおり体が資本だ、大事にしろ。

 母親だって、娘が自分と同じ目にあうことを望んでるわけないだろう。そのヌクヌクとした生活は他でもない、母親がさせてくれてるものなんだから」


 シン、と静まりかえる園庭。

 ギリッ、とシウラディア様が歯を食いしばる音がした……ような気がした。


「……授業を受けさせてください。貴族の方々と比べたら些細かもしれませんが、授業料をお支払いしているはず。私には授業を受ける資格があります」

「……シウラディアさん」

 ギルネリット先生の、吐息のような呼びかけ。

「私、夜中三時を過ぎたぐらいから、ずっと調子が良いんです」

 顔を上げたシウラディア様は、らんらんと目を輝かせて、誰を見るでもなく言い募った。

「魔力が溢れてくるというか、どんな魔法も思い描いたとおりで、私の才能が一段階、覚醒したんだと思うんですよ」


「魔力が溢れてくる……?」

 それは、あまりにも嫌な言い方だった。


「そうなんです。MPが無限になったみたいで。魔力神経も最初はすごく痛かったけど、今は痛くなくなってきました。

 今なんです、今、私はもっと成長できる! だから授業を受けさせてください!」


 ――アナライズ。


=============

・魔力神経負荷 ---%【状態異常:過暴走】

=============


 過暴走? 以前は暴走だったはず。

 彼女の魔力神経負荷はずっと三桁で明滅し、二桁になることがなかった。

 過暴走を詳しく見てみることに。


=============

【状態異常:過暴走】

魔力神経が魔力の生成を制御できなくなっている状態。

MP枯渇や魔力神経の過負荷を引き起こす。

通常、負荷率が一桁から二桁程度の場合は暴走、三桁に至るときは過暴走、四桁以上に至る場合は重過暴走と呼ばれる。

=============


 ……つまり、遊んでようが寝てようが勝手にMPを消費して魔力神経を動かし続け、魔力がダダ漏れになる、ということか。

 潜在的に膨大なMPを持つ彼女は、『勝手に魔力が溢れてくる』と感じてるわけだ。

 アナライズを閉じる。


「シウラディア様。貴女は今、魔力神経の過暴走という状態です。今感じているそれは、才能が覚醒したとか、そういうものではありません。ただの状態異常です」

 シウラディア様と先生二人が私を見る。


「魔力神経が痛くないのも、あまりの高負荷に痛覚が一時的に麻痺してるだけ。すぐにまた激痛が襲ってきます」

「……なんでそんなこと分かるんですか?」

 シウラディア様は、隠そうともしない猜疑の目で私を見返した。


 ――今生でそんな目を向けられるのが、本当に辛い。

 辛いけれど、私の感情なんて些末に過ぎない。


「私はアナライズが使えます。痛覚の件は、私の経験則ですが」

 ドーズ先生の瞳孔が僅かに大きくなり、ギルネリット先生の口が少し開く。

 そしてシウラディア様は、私を睨み付けた。


「……馬鹿にしないでください。人間がアナライズなんて使えるわけ無い事くらい知ってます。

 そんな嘘をついてまで邪魔をするのはなんなんです? 平民が成り上がるのがいやなんですか? 所詮、貴女も貴族なんですね、やっぱり信用なんてしなければ良かった!」

「シウラディアさん、今貴女は冷静じゃない。落ち着いて……」

 窘めようとするギルネリット先生の両手を弾いて、一歩下がる。


「うるさいうるさい! 先生も、本当は私が魔女になるなんて、思ってなかったんでしょ! 上手いこと言って利用するだけで、結局同じ人間だなんて思って無かったんだ!」


 ――まずい!

 彼女の感情の高ぶりに合わせて、漏れ出す魔力の量が増える。

 それは目視できるほどで、全身から夥しいほどの青い奔流が巻き上がる。


「私は、早く魔女になるの。魔女になって、お母さんにたくさん、美味しいものを食べてもらうんだ――!」


 次の瞬間。

 その強い意志に呼応した魔力神経が、一気に出力を上げた。

 彼女の体がドン、と大きく震えて見えるほどに。


「が、あっ……」

 赤を通り越して、ドス黒く魔力神経が浮かび上がる。その中をとてつもない速度で魔力が移動しているのが見えた。

「くっ、うあああああああああああああああ!」

 それは、全身を巡る魔力が強すぎるが故か。それとも魔力神経が痛みを思い出したのか。

 シウラディア様が自分自身を掻き抱いて、悶え始めた。


 ギルネリット先生が再びシウラディア様に両手を触れる。そこから何かの魔法を発動した。




 魔力の奔流が収まり、シウラディア様が気絶して静かになったのは、それから十分ほどしてからだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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