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13歳―8―

 新年度が始まって十日ほどすると、ダンジョン演習が始まった。


 平民のほとんどは学園に入るまで剣も魔法も触ったことがない子だ。ダンジョン演習は自然、前年から続けている貴族のみとなる。

 先生達はダンジョン演習の時間で平民の子を強くする狙いなのだろう。


 ただ、今年は例外が一人だけ現れた。

 シウラディア様だ。

 彼女だけは、ダンジョン演習に参加することとなった。

 チームは私と一緒で、他はガウスト殿下、ダン様、ゼルカ様……そう、初めてのダンジョン演習と同じメンバーだ。


 正一年生初のダンジョン演習は、準一年生の最初のダンジョン演習と同じチーム分けにされた。

 ドーズ先生曰く、「この十ヶ月でどれだけ成長したか、互いに知らしめてみろ」とのこと。


 そしてドーズ先生は私たち五人の前で、こう言う。

「お前達は、クラス内でも特にこの国の未来を背負って立つ者達だ。そこにシウラディアが入ってきた意味は分かるな?」

 少しだけ間を置いて、

「……シウラディア嬢もまた、この国の未来に重要な存在だからです」

 とガウスト殿下が答えた。

「そういうことだ。まあギルネリットに推されたのと、本人の意思を加味したのもあるがな。適度に仲良くしろよ」

 この国の最重要人物にフランクに言いのけるドーズ先生である。


 次にドーズ先生は私を見下ろした。

「ルナリア、君が指揮官だ」

 私も皆も、きょとんとして先生を見上げる。

「戦闘参加は不可。大剣は持って行くな。魔法も一切禁止する。できるのは他の四人に指示を出すことと、アイテムの使用のみだ」


 ――指示? 私が? 他の皆はともかく、殿下にも?

「なんで、と問われる前に答えてやる。それが、君の次の成長だからだ」

 いやまあ、今更前線で戦っても得るものがないのは、私自身も感じてたことだけど。

「この一年で全員、君の凄まじさを(じか)に目にした。指揮官となることに異を唱える者も居ないだろう」

「そ、それはそうかもしれませんが、殿下が居るのに指揮官は不敬です。私が彼に命令できる立場であってはなりません」

 と、他ならぬ私が異を唱えた。

「なら『アドバイザー』でいい。命令じゃなくてアドバイスだ。聞くも聞かぬも自由とする。それで問題ないだろう?」


 私を見た後、殿下の方にも視線を向けるドーズ先生。

 殿下は微笑みながら「もちろんです。そもそも指揮官でも問題ありません。学園の授業の一環なのですから」と頷いて見せた。


 ――ダン様あたりが反論してくれないかしら。

 そう思うも、彼の立場では殿下が良しと言えばそれ以上言えることもないだろう。

 ということで、私はとうとう戦うことすら封じられたのだった。


   †


 そんな形でダンジョン演習が始まり、早二週間ほど。

 体を動かせないという個人的なフラストレーションを除けば、状況は悪くない。


 ダンジョン演習を通じて殿下とシウラディア様は少しずつ仲良くなっていく。前生と同じだ。

 最近では二人で模擬戦をするような間柄になったというし、順調に距離は縮まっているようだ。このまま行けば殿下も私へプロポーズしたことを忘れてくれるだろう。


 今生で一番の懸念だったシウラディア様の魔法についても、ギルネリット先生から『魔法は夜八時まで』ルールを敷かれたとのことで、魔力神経を焼き付かせることがなくなった。

 毎日アナライズで観察していても、魔力神経負荷の数値のブレ幅は少なくなった。今では一桁になることも少なくない。

 その分魔技の上昇もなくなったし、むしろ少し下がることもあるけれど。元々が高かったし、大きな問題ではないだろう。




 ……そして今。

「殿下は右で視線を避けて! ダン様なんとか持ちこたえて! ゼルカ様、ダン様にバリアありったけ!」

 レベル4ダンジョン最奥で、私たちはガーゴイルと戦っている。


「シウラディア様、ボルカニックジャベリン照準!」

 指示しながら彼女を見るが、その杖を握る手は震えていた。


 私はそちらに跳んで、彼女の肩にそっと触れる。

 緊張や焦燥に強張る彼女に、優しく微笑みかけた。

「焦らず、確実で大丈夫ですよ」

「は、はい……!」


 ……ガーゴイルは物理防御、魔法防御共に非常に高く、殿下やダン様の戦技ではダメージが与えられない。

 そこでシウラディア様の最大火力、ボルカニックジャベリンを採用。

 だがこの魔法はまだ安定して発動できず、発動できてもその反動が大きすぎて照準も定まりづらい、とのこと。


 けれどそれ以下の魔法はすでに試し尽くした。

 ボルカニックジャベリンで倒せる事に賭けるしかないというのは、全員と共有済みだ。

 ここまで二度発動を試みるも、一度は発動せず、一度は盛大に外して天井を焦がした。


 ダン様も殿下もすでに疲労はピークだろう。ゼルカ様も魔力神経負荷が60%を超えている。シウラディア様も、これがラストチャンスと分かってるのだ。

 ずっとガーゴイルの猛攻を耐え続けている彼ら彼女らの努力をふいにしてしまうのが、怖いのだろう。


 ――それでも。

「ボルカニック、ジャベリン!」

 叫んで、杖の先から黒い炎が放たれた。

 ――いや、ラストチャンスだからこそ。

 一瞬ガウスト殿下に気をとられて動きを止めたガーゴイルに、黒い炎が高速で殺到した。

 彼女は成功させるのだ、と私は確信すらしていた。


 だって、『誰かのため』に生きる彼女が、最後に皆の期待に答えられないわけ無いんだから。

 黒炎はガーゴイルを一瞬で包み、燃え盛る。

 しばらくして、ガーゴイルは膝から崩れ落ち、大きな音を立てて倒れた。


「……当たった……?」

「ええ、完璧でしたよ」

 シウラディア様は私に振り返る。

 両目にうっすらと涙を浮かべて、そのまま私に抱き付いてきた。

「やったあ! 良かった、成功して……」

 一瞬、びっくりした。

 けどすぐに私まで嬉しくなって、そっと抱き返す。

「流石ですね」

「ルナリア様のおかげです! ありがとうございます!」

 そこまでこの戦いに思いをかけてるとは思わなかった。


 ――もしかしたら一年弱続けたダンジョン演習、しかも制限をかけられ続けて、私は初心を忘れてしまっていたかもしれない。

『どうせダメでも死なないし、次があるし』と。

 それはかつて、ロマが悩んだ危機感の欠如に他ならない。


 クリアにはしゃぐシウラディア様に、私も教えられたような気分だ。

 ――惜しむらくは、私じゃなくて殿下に抱き付いてくれた方が良かったけど。

 まあ、距離の問題もあるし、仕方ないわね。


   †


 ダンジョン演習後、私とシウラディア様は先生達に呼び出された。

 学園の談話室。生徒達の間では暗に『説教室』とか『軟禁部屋』とか呼ばれることもある。


「今日はお疲れ様。シウラディアさん、良くやりましたね」

 ギルネリット先生が労いながら、私たち二人にお茶を配った。

「ありがとうございます」

 シウラディア様が座礼を返す。

「ルナリアさんも的確な指示で、去年から驚かされっぱなしです。素晴らしかったです」

「ありがとうございます」

 私も座礼で返事をした。

 ギルネリット先生が私のはす向かい、シウラディア様の正面に腰をかける。


「今日呼び出したのは、来月のチーム分けの件だ」

 全員が座ったところでドーズ先生が切り出した。

「シウラディアに説明すると、ダンジョン演習は毎月チームを変更している。同じ人間だけでなく、様々な人間とチームワークを得てもらうためだ」

「はい」

 シウラディア様が頷く。

「だが君は唯一の平民。今のチームのメンツはあまり気にする方じゃないが、まだまだ他の貴族と隔たりは大きいだろう」

「そう、だと思います」

「今君を他の貴族の中に放り込むと潰れてしまう危険性が高い、と思っている。ルナリアほど図太ければ別だが」

 シウラディア様は少しびっくりした様子で、私を見た。


「……気にしないでください。私相手だとこういう言い回しする方なんです」

「ま、まあ、仲良しということなのよ……」

 ギルネリット先生が若干引きつった顔でフォローしていた。


「つまり、我々は君のメンタル面に若干難ありと判断している、ということだ。だが、そこに配慮すべき才能も持ち合わせている、とも思っている」

 一人気にせず話を続けるドーズ先生。彼も充分図太い。

「つまり何が言いたいんですか?」

 私のつっけんどんな口調に、これまたシウラディア様は驚いた様子で私とドーズ先生を見比べる。

「来月以降も君たち二人は固定させる案が出ている。が、決めかねている。意見を聞きたい」

 ドーズ先生は少しだけ上体を後ろに下げて、背もたれにかかった。


 ――なるほど、考えは分かる。

 シウラディア様と最も親しい貴族が私だから、そこと一緒ならイジメや嫌がらせで潰れることはなくなる、という目論見なのだろう。


 それは、学園の理念からすると反することかもしれない。

 けれどこんなに早くダンジョン演習参加にこぎ着ける平民が想定されていないのも、また事実だったはず。


 ――実際、シウラディア様は誰よりもメンタル強い子なんだけどね。

 前生で私や取り巻きからの嫌がらせにも屈せず、神聖魔法の究極に至ったのだから。

 だがそれは前生の経験がある私しか知り得ない。二人の心配はもっともだ。


 それに私としても、別の理由で他の貴族と一緒に居させたくない。

 リーダー役になった貴族が、無理矢理シウラディア様の魔法を限界まで使わせたりしたら、それこそ取り返しが付かないことになるかもしれないのだから。


「私は賛成です。偉い人に怒られる役をちゃんとドーズ先生がしてくれるなら異論ありません」

 冗談めかして牽制しておいた。

「安心しろ。ちゃんと学園長の許可は得ている」

「そうでしたか、ドーズ先生が怒られるところ見られなくて残念です」

「期待に応えられなくて悪いな」

「ドーズさん、シウラディアさんもいますから。あんまり砕けた口調は……」

 やーい、先生が先生に怒られてやんの。


「こっちの話はどうでもいい。どうだ、シウラディア」

 ドーズ先生が促して、私とギルネリット先生もシウラディア様に視線を移す。

「そう、ですね……。私も、ルナリア様とご一緒の方が、嬉しいです」

 私とドーズ先生のやりくりに目をぱちくりさせつつも、彼女はそう答えた。


「なら決まりだ。とはいえシウラディア、ルナリアを通じて他の貴族とも関係を良くしておけ。友になれとまでは言わんがな」

「はい、心得ております」

「ルナリア、その辺は良きようにしてやれ」

「心配要りませんよ。すでに毎週一緒にお風呂入ってる子も居ますから。ね?」

「はい。お風呂会の皆さんとは仲良くさせていただいています」


 そこでこの部屋に入って初めてシウラディア様の表情が少しだけ和らぐ。

 ――間近で見ると本当に可愛いなあ……。

 そんな彼女に、私まで頬が綻んでしまう。


「風呂? ……まあ、関係良好な貴族を増やせてるならそれでいい」

 一瞬気になったようだったが、ドーズ先生は無視することにしたようだ。私たちが女子だからかもしれない。

 ドーズ先生は前屈みになって、両膝に両肘を置く。両手の指を組んで、気持ちこちらを見上げる姿勢になった。


「シウラディア、お前は天才だ。これから多くの妬みやそねみも買えば、過度な期待も浴びせられるだろう」

 ――どうやら、こちらが本題みたいね。

 私はすぐにそう察した。

 なんだかんだ、面倒見の良い先生だ。


「他人の言葉に腐るな。他人の言葉に驕るな。他人の言葉に振り回されるな。

 お前が参考にし、目指すべきとしてルナリアを見ろ。

 分かってるとは思うが、ルナリアは君より遙かに上の天才だ。はっきり言って、次元が三つは違う。

 けれど彼女は全く腐らない。驕らないし、諦めない。そして、不要な謙遜もしない。

 天才ではあるが、万能ではない、と、自分を俯瞰して理解できている。これを見習え」


 ……いやまあ、良いこと言ってくれてるし、私もありがたいんだけど。

 散々私と軽口叩き合った後で言っても、説得力無いんじゃないかな? と心配になる。


「……急に力を付けた者というのは、往々にして思い上がる。故に、節介を言ってみた。お前はそうなるな。そうすれば本当に二年もせず本物の魔女になれる」

 シウラディア様は、なにか感じ入った様子で、

「ご指導ありがとうございます。謙虚に、頑張ります」

 そう、深く座礼をした。

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