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66/105

13歳―7―

 買い物を始めてから、およそ一時間。

 色々と探しては見たものの、あまり良い物は見つからない。剣の形をした装飾品なんて、売られていないのだ。人気が無いのだろう。


 ――うーん、良い案だと思ったんだけどな……

 まあよく考えてみれば、装飾品を欲するのは基本的に女性。女性が剣を身に付けたい、と思うことは少ないのだろう。今の常識では。

 現に、お店に並んでいるのは可愛らしい物や綺麗な物ばかりだ。


「ほれ」

 考え事をしている私の口に、ショコラが串の先端を突っ込んできた。

「ひょっふぉ!」

 抗議しつつ、反射的にもぐもぐする。

「……おいふぃい!」

「だろ? 『ヤキトリ』って言うんだと」

 ショコラは私の口から串を抜いて、そのままかぶりついた。

 ショコラはレナと違って、間接キスとかあんまり気にしない。だから私もショコラと食べ物をシェアするのは全く気にしなくなった。


「ショコラ、はしたないですよ」

 エルザが小声で忠告する。

「こんなにはしたなければ、知らないヤツはまさか貴族だと思わんだろ? 主の意向を汲み取ったファインプレイと言って欲しいぜ」

「言うわけないでしょ、おばか」

 カラカラと笑うショコラに、呆れるエルザ。いつもの掛け合いである。

 もう一口ショコラからもらって、もぐもぐと味わう。炭の香りが香ばしく、塩気が丁度良い。

 ――職人技ね。


 ……なんて味わっていると、不意に『杖剣』という看板が見えた。

 剣の文字に本来の目的を思い出し、そちらに近づいていく。


「ん? なんかあったか?」

「ちょっとね」

 ショコラとエルザも付いてきた。


 お店に着くと、店先に細めの木の杖が複数並んでいた。少し長めで、私の身長よりやや低い程度の長さだ。

「いらっしゃい。こいつは杖剣、別名仕込み杖とも言う、洒落た杖であり剣だぜ」

 髭を生やした恰幅の良い店員が私に向かって笑いかけてくる。

 私は口元を隠しながらしっかり噛んで、飲み込んだ。


「……杖であり剣、って、どういうことですか?」

 そう尋ねる。

「ああ、ちょっと見ててくれよ」


 店員は並んでる杖を一本取った。

 そして右手で先端付近を、左手で中央付近を持つ。

 両手で捩ると、カチン、と音がした。良く見ると右手と左手の丁度真ん中あたりで、杖に切れ目が入っている。

 そのまま左右の手を離していくと、杖の中から刃が現れた。

 完全に抜き放つと、細身の片刃剣になる。


「なるほど……杖に擬態した剣なんですね」

「ああ、もちろん普通に杖としても使える。少し昔の魔法使いは杖を媒介にしていたっていうだろう? 咄嗟の近接戦に備えて、不意打ちっぽく返り討ちにしてやれば、逃げる隙もできるかもしれねえ、ってすんぽうよ」

「そうですね。現代でも杖を使う人が居なくなったわけでもありませんし」

 すると店員は目を丸くして私の顔を見てきた。

「……面白い嬢ちゃんだな。武器や戦いの話に食いつくなんて」

「ええ、実はちょっとだけ面白い女なんです、私」

 にっこりと笑って見せる。

「ははっ、ぱっと見は別嬪さんなのに、とんだおてんばちゃんだ。メイドさん達も苦労してそうだな」

「ご理解いただけてなによりです」

 エルザが苦笑まじりに、万感を込めて答えた。


「これ売れてるんですか?」

 私も一本手に持ちながら尋ねる。

「……いやあ、正直全然だね。今は素手から魔法を撃つのが主流だし、剣なんか仕込んだって本職相手に勝てるわけない。それなら近接用で速攻性のある魔法を習得した方が良いからな。その手の魔法の開発も進んできてるし」


 ――確かに、言うとおりではあるんだけど。

 思い出す。

 シウラディア様が的を粉々にして周囲を燃やしたとき、杖を使っていたことを。

 まあそれを言ったら、あの日、平民で魔法を測定した子達は皆持っていた。初心者には杖の補助があった方が良い、とギルネリット先生は考えたのだろう。


「これ三本……いや、五本ください」

 杖を捩って抜剣しながら、私は言った。

「五本?」

「売れてないなら、それくらいまとめ買いしても大丈夫でしょう?」

「そりゃ嬉しい限りだが、何に使うんだ?」

「お友達へのプレゼントに」

「また厳ついプレゼントだな……」

「それと、この剣を作った人をご紹介いただけませんか? 何かあったときにメンテナンスとか、頼みたいことがあるかもしれませんから」

「作ったのは俺だよ。本職は鍛冶屋なんでね」

「それなら話が早いですね。お住まいはこの近くで?」

「ああ、聖教区の西の方だ。自分で言うのもなんだが、鍛冶のアンドレっていやあ、界隈じゃちっと有名なんだぜ」

「アンドレさんですね。それじゃあ、もし用があったときは伺います」

「ああ。刃こぼれでもしたら言ってくれ。寮市は月一回くらい来てるから、その時でもなんとかしてやらあ」

「分かりました。使いの者が出向くときは、トルスギットの名前で行くと思いますので、その時はよろしくお願いします」

 そこで店員……アンドレイさんが止まる。


「……トルスギット? まさか、公爵様の……?」

「実はそのまさかだったりします。世の中って案外、狭いものですね」

「狭いとか言う話じゃない気がするが……」


 杖剣を納刀して、小脇に抱える。

 呆然とする彼を尻目に、他に四本見繕って手に取った。流石に持ちきれなくて、ショコラとエルザにも持ってもらう。


 ――まだ、どう活用するかまでは思い付いてない。

 けれど、これなら魔女になろうとするシウラディア様が持っていても不思議じゃない。

 ここに活路を見い出すしかないのだ。


   †


 一度寮に戻って杖剣を置いてから、再び寮市の平民区画へ。

 引き続き、剣をモチーフとした物を探して練り歩く。


 と、途中少し開けたスペースに出た。あまりお店はなく、代わりにベンチがいくつか置かれている。植木の縁石に座る人も居た。

 ……貴族の常識に慣れていると、据え置きのベンチや縁石にそのまま座るなんて考えられないことだけど、私もエルザも慣れたものである。ショコラは言うまでもない。


 杖剣を片付けに戻った時、エルザに休むか聞いたけど問題なさそうだった。そのまま素通りしようとして……

 見知った後ろ姿があることに気がついた。

 それも割と近くに。


「これ美味しいね」

 何を持っているかまでは見えなかったけれど、シウラディア様が周りの友人に向かって楽しそうに言っていた。

「でしょう?」

「これ好きー」

「こっちも美味しいよ」

 などと、持っているものを見せたり交換し合ったりしている。


 なんとも微笑ましい光景だ。

 簡単に挨拶してからすぐ立ち去ろうと思い、少し近付……


「……にしてもさっきは災難だったねー」

「だよね。マジで貴族とか大っ嫌い」

 ……こうとして、思わず足を止める。


「使用人のくせに、どけだの邪魔だの言いやがって……」

 買い物の最中になにかトラブルでもあったのだろう。さっきまで微笑んでいた少女が、顔をしかめて吐き捨てる。

「あの使用人、ギルバートのところでしょ? アイツ、この前私が廊下通ろうとしたところに足引っかけてきてさ。もう最悪、多分転んだときにパンツ見られたし」

「取り巻きもクズよ。ノーカが椅子一個挟んで隣なんだけど、私が少し動いたりするだけで露骨に舌打ちしたりしてくるし。休みの時とか、『なんかこの辺臭いなー』とか言うし……」

「親とか大人が言ってたとおりだったね。貴族なんてゴミしかいねー」


 ――うーん、やっぱり私は姿を見せない方が良さそうね……

 向こうも気まずいだろうし、私も賛同すべきか無視すべきか分かんないし。


「シウも気をつけなよ? あのルナリアとか言う女。裏で何考えてるか分かったもんじゃないんだから」

「え? いやでも、すごくいい人だよ……?」

 友達に振られて、戸惑ったようにシウラディア様が答える。

「そう見せてるだけよ。そりゃ、確かに剣や魔法はすごいんだろうけど。貴族なんて平民を道具か奴隷としか思ってないんだから」

「シウは優しいからね。でも簡単に気を許しちゃダメだよ? シウのお父さんとお母さんも言ってたでしょ。味方するような貴族が一番危ない、って。利用することしか考えてないクズ野郎だって」

「うん、それは、そうなんだけど……」

 友達に迎合して一緒に悪口を言っていれば楽しいし、楽だろうに……。それでも私を悪く言わないでくれるシウラディア様が、とても嬉しい。


 ――嬉しいけど、下手に喧嘩とかしないでね。そんなことになるくらいなら私の悪口で盛り上がってね。

『利用』というか分からないけれど、実際、私は自分の前生の贖罪もかねているわけで。それはつまり、自分のためだ。

 あの子達に反論する資格なんて、私にないのだから。


「ルナリアにも絶対裏があるに決まってる。『心の中じゃ、どうやって利用しようか考えてるんだ』って思って接しなよ?」

「そうそう。なんか内心は性格悪そうだし」

「分かる分かる! あんまり魔法を教えてもらうのも良くないかもね。代償にとんでもないお金請求されたり、体売らされたりしそう」

「……うん、心配してくれてありがとう」


 そこで、ショコラが我慢の限界がきたように一歩踏み出した。

 すかさずその体を手で止める。

「あいつらの方がよっぽどクズじゃねえか。本人が居ないところで陰口叩きやがっ……」 

 ショコラの声が大きくなってきたところで、その口を塞ぐ。


「挨拶しようと思ったけど、そういう雰囲気でもなさそうだし、行きましょう」

「……そうですね。それが賢明かと」

 エルザと二人でショコラを掴んで離れる。


「良く平気でいられるな。あんだけコケにされて大丈夫なのかよ」

 なおも後ろをにらみつけながら、ショコラが言う。

「いやまあ、普通貴族の方から平民に近づいたら、警戒されるのは当然よ。それでもシウラディア様は分かってくれてるみたいだし。これからの行動で見返すだけ」

「……大人でごぜえますね、俺のご主人様は」

「ショコラが怒ってくれたのが嬉しいのもあるよ。ありがとね」

 そう言って優しく頭を撫でると、ショコラはおとなしくなった。


「同意見です。私も、あまり気分が良いものではありませんでしたから」

 と言って、珍しくエルザもショコラの頭をなで始めた。

「……ドサクサになにすんだよ」

「親愛の印です」

「やかましいわ」

 いいつつ、まんざらでもなさそうなショコラだった。最近あざと可愛くなってきたショコラである。


 ――とりあえず明日学園でお友達の子達と会うとき、顔に出ないようにしないと。

 ちらりと後ろを振り返ると、苦笑いを浮かべていたシウラディア様の横顔が見えた。

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