13歳―5―
シウラディア様のことはすぐに一年生達の間に知らされ、今後はギルネリット先生の元で魔法の修練に励むことが通達された。
その次の休憩時間にそれとなく話をしてみたところ、シウラディア様はこう言った。
「将来魔女になれるなら、両親や弟妹たちに美味しい物が食べさせられるかもしれません。それが、本当に嬉しいです」
屈託無く微笑んで言う彼女はいじらしくて、愛らしくて、少しだけ悲愴で。
私は、彼女を止められなくなってしまった。
その言葉はきっと、前生で命を擲った理由と、そっくりそのまま同じなのだろうから。
もしチャンスがあったのだとしたら、彼女が魔法に触れる前しかなかったのだ。
†
それからシウラディア様の魔法への意欲は凄まじかった。
朝教室で会うと、少し疲れたような表情で魔力神経を浮かばせていることもしょっちゅうだ。
みるみるうちに魔技を伸ばし、三日も経たずに100を超える。いつアナライズしても魔力神経の負荷は二桁で明滅し、ごく一瞬三桁目が灯ることもある。私からしたら気が気では無い。
そんな日々で、しかし本人は疲れてはいるけれど、イキイキとしている。まるで別人みたいに良く笑うようになった。
――今の彼女からは、魔法を奪えない。
どんな手段を使ってでも、魔法を諦めないだろう。
『愛する者のため』という動機は、なによりも強い。
だからこそ、どうしてアナライズした直後に動き出せなかったのか。悔やんでも悔やみきれない。
いつだって、予想が甘いのだ。
もちろん、授業の一環で見つかってしまったわけで、一生徒である私にできたことなんて高が知れているかもしれない。
それでも、先に彼女の状態を全部説明してしまえば、先生二人に躊躇させる程度はできたのでは無いか?
――私にアナライズのことを晒す覚悟があれば。
彼女を助ける、と決意しておきながら、自分の保身を優先した結果になったことが、情けない。
†
「……ルナリア様、あまりお気持ち良くありませんか?」
そう声をかけられて、私は意識を戻す。
今は大浴場の中。正一年生になってから六日目にして、初めてのお風呂会の最中だ。
足だけを浸からせている私に、湯船の中から心配そうに覗き込んでくるのは、シャミア様だった。
きっと、私があんまりよろしくない顔をしていたんだろう。自覚は無いけど。
「いえ、失礼しました。少し考え事をしておりまして」
答えて、表情を作る。上手く作れたかは自信がなかった。
「謝られることはございませんわ。ルナリア様がお風呂場まで持ち込むなんて、少し珍しいと思っただけです」
シャミア様も微笑を返してくれる。
「差し支えなければ是非聞かせてください。口にすることで落ち着くこともあるかもしれません」
横合いからそう言ってくれたのは、ジョセフィカ様だった。姉であり従者であるアイリン様と、丁度私の横から湯船に入ろうとしている。
――うーん、絶妙に悩むパスね……
正直に言うわけにもいかないが、彼女らに嘘も言いたくない。
気付けば周りの皆もこちらを窺っている。この場の中心は私なのだから当然だけど。
「いえ少し、シウラディア様が心配で」
私はそう答えた。
「シウラディア様ですか?」
「毎日、朝は早くから、夜は遅くまで魔法の練習や勉強をされているそうです。体を壊してしまわないか、と」
うん、嘘では無い。『体を壊す』の度合いによるけど。
「確かに……。これまで全くしてこなかった中、急に負荷をかけると、魔力神経のダメージも怖いですね」
シャミア様の後ろにいたエープル様が顎に手を当てる。
「ルナリア様はシウラディア様のもう一人の師匠みたいなものですものね」
なんて、半分からかうように言うのはアリア様だ。
「師匠なんて大したものじゃありません。魔力剣を少しお見せしただけですよ」
一昨日、ギルネリット先生から私の魔力剣が凄いと聞いたシウラディア様は、一度見せてくれないか、と頼んできた。
悩んだけれど、『MPの漏洩の解消と、無効分の魔技を有効化』には繋がらないと判断して――というのは自分の中の建前で、八割方は彼女の熱意に圧倒されただけだが――見せて差し上げた。
それ以来、私のことを尊敬してくれようになった彼女は、以前よりずっと好意的に接してくれている。
……そんな彼女の変化がまた、私の内心をかき乱してくるのだけれど。
そんな話をしていると、ふと視線を感じて私はそちらに目を向ける。
すると、シウラディア様が驚いた顔で湯船の対岸に立っていた。
「ル、ルナリア様!? それに、皆様も……」
まさか貴族が何人も入ってるなんて思ってなかったのだろう。何度も左右を見渡して全員を確認していた。
……彼女も驚いているようだが、同時に私も負けず劣らず、衝撃を受けている。
初めて見た、一糸まとわぬ彼女に。
有り体に貧相と言って良いほど痩せた下半身に、細い腰元。
そしてその上たわわに実った女性の象徴は、けれどなぜかアンバランスさを感じない。
緻密に計算された芸術品のような五体は、その容姿も相まって、あまりに美しすぎた。
本当に平民の出なのか……貴族でもここまで綺麗な人は他にいないだろう。
生まれつきの才能とは、かくも恐ろしい。
今はその全身にぼんやりと魔力神経が浮かんでいるけれど、それすら彼女を引き立てる装飾に見える有様だ。
「これはシウラディア様。こんにちは、奇遇ですね」
彼女に一番近かったアリア様が挨拶をすると、クスクスと小さく笑う。
「そういう反応になりますよね。私たち、去年からルナリア様の提案で、週に一回この時間にこちらで集まっているんですよ」
「……? お風呂に、ですか……?」
『なんでお風呂?』と言わんばかりに疑問符を顔に浮かべるシウラディア様。そういう反応も懐かしい。
「平民の皆さんは馴染み深いのでしょう? 裸の付き合いは大事ということを、今ではここにいる全員よく理解しておりますわ」
「は、はあ……、なる、ほど……?」
アリア様の説明にもまだいぶかしげな様子である。
彼女の中の――というか一般的な――貴族像からはほど遠い話だからだろう。
「皆さんに混乱を招かないよう、比較的人が少ない時間を選んでおりますの」
そこにエープル様が追加で説明する。
「そうでしたか……。確かに、混雑時は避けた方がよろしいかもしれませんね」
なんとか一つずつ情報を処理しようとするシウラディア様が健気だ。
「……立ち話もなんでしょう。体が冷えてしまいますから、私たちに気兼ねなくお入りになって」
とりあえず、私はそう言ってシウラディア様を促した。
「そんな、貴族の皆さんと同じ湯に浸かるだなんて、無礼ではありませんか……?」
おずおずと言った様子でシウラディア様が言う。
すると、私の正面で深く浸かっていたショコラがゆっくりと立ち上がった。
「それで言えば、私など亜人の従者です。入浴に貴賤なし、ましてや人間であるシウラディア様が無礼になるなどありません」
よそ行き用の敬語で言って、彼女は湯から上がる。
そしてシウラディア様の後ろに回って、その背中に手をあてがった。
「ここに来たと言うことは、湯船で疲れを癒やしに来たのでしょう。浸からず戻ってはもったいないです」
ショコラの言葉に、皆も頷いて見せる。
「……ありがとうございます、それでは、失礼させていただきます……」
そう言って、恐る恐るとシウラディア様は湯船に入ってきた。
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