13歳―2―
「ええ、シ……あなたの、仰るとおりです」
あやうく名前を呼びそうになって、とっさに呼び変える。
「パラッシュ様、レーテル様、私も彼女に賛成です。確かに前年までは貴族しかいない場、序列も必要であったでしょう。ですが、この学園がなぜ平民と貴族を同室で学ばせるのか。それは、分け隔て無い教育のためではないでしょうか」
お二人とも思わぬ反撃を受けたようで、目を丸くして私を見返す。
私はシウラディアと二人の間に割って入る。そしてシウラディアと目を合わせた。
彼女は僅かに頬を染め、目を潤ませて、私を見上げている。
――こりゃ殿下も骨抜きになるわけだわ。
その上目遣いは、反則なくらい可愛い。同じ女の私ですらそう思うんだから。
「最前列だと、私たちくらいの身長じゃちょっと首が痛くなりますよね。この辺りの位置が丁度いいです。私もぜひ、この席をお勧めしますわ」
警戒と、少し興奮していそうな彼女に、意識して微笑みかける。敵じゃないよ、と教えるように。
ふと気付くと、シウラディアはお腹の辺りで両手で拳を握っていた。
その拳を上からそっと包み込む。
「ぴっ!?」
なんだか独特な声を出して、シウラディア――いや、シウラディア様は一瞬で顔を紅潮させ、全身を震わせた。
「怖がらせてしまったらごめんなさい。こんな髪と肌の色だし、目つきも良くないから、無理ないですよね」
私は少し笑みをアンニュイに変えて、膝を付いた。今度は私が彼女を見上げるような体勢になる。
「い、いえ、そんな、怖がっていたわけではありません。あまりに美しくて、見惚れていたところです……」
「あら、お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」
また楽しげな笑みに調節する。
「お、お世辞だなんて、そんな……」
――平民の出といっても、社交辞令はちゃんとしているらしい。
今生では聖教会の教育もなかっただろうに、立派な子だ。
「もし良ければ、お隣さんになってもよろしいですか?」
私は小首をかしげてそう尋ねた。
「も、もちろんです、よろしくお願いしましゅっ!」
ブンブンと首を縦に振るシウラディア。
そんな一所懸命な感じが、どこかハムスターじみてこれまた可愛らしい。
「ありがとうございます、新しいお友達ができて嬉しい限りです」
シウラディアの拳をゆっくりとほどいて、両手で握手した。
「はうぅ、とうとい……」
良く聞き取れなかったけれど、シウラディア様は小さな声でなにか言っていた。
ひとしきり握手してから、私は手を離して立ち上がる。
そして、気まずそうにしていたパラッシュ様とレーテル様に振り返った。
「お二人とも、私がこの席を気に入ってると知っていて、私のために提言してくれたのですよね」
「「……えっ?」」
ポカン、と私を見返す二人。
「ありがとうございます。周囲の注目を買ってでも私のために勇気を出してくれたこと自体は、凄く嬉しいです」
――ということにしておかないと、今生でシウラディアをイジメる立ち位置がこの二人になりかねないからね。
「い、いえ、そんな、滅相もございません……」
パラッシュ様がバツが悪そうに頬を掻く。
「ですが、目つきをこーんなにされたお二人は、あまり見たくありません」
言いながら、両目の端を人差し指で持ち上げる。
次に、口の両端を持ち上げて見せた。
「どうか、口の方をこうして、新しいクラスメイトを迎え入れませんか? 貴族の暗黙の了解を押しつけるだけでなく、共に歩み寄るお友達になりましょう。そちらの方が、ずっと素敵ですわ」
そのまま笑顔になって、頭を十度ほど右に傾けた。
「そ、そうですね……。確かに、席のルールなんて、知らなくて当然ですものね……」
私にゴリ押しされてパラッシュ様がそう言ってくれる。
「ああ、ルナリア様お可愛らしい……鼻血出ちゃいそう……」
……レーテル様は私の話ちゃんと聞いていたか怪しいけど。新年度初日から流血沙汰は流石に勘弁いただきたい。
ちなみに、二人とも私のファンクラブ会員である。
それから二人はシウラディアに頭は下げないまでも、謝罪の言葉を発してから席に戻っていった。
――そうよね。前生の私くらい歪んだ子供なんて、そうそう居ないわよね。
二人が根は優しい子で本当に良かった、と思った。
……この間、ずっと横にいたショコラがなんとか無表情を維持しようと必死になってるのが、癪だったけど。
とにもかくにも、シウラディア様の隣に座る。
「あ、あの、すみません、知らなかったとはいえ、お席を取ってしまって」
シウラディア様が緊張したように、どこかカクカクとして動きで私にペコリと頭を下げた。
「今からでも替わりましょうか?」
「いいえ、お気になさらず。席一つより、貴女と知り合えた事の方がよっぽど大切で、貴重ですから」
「め、めっそうないです……」
微妙に言葉の使い方を間違えているのすら、彼女の魅力かと思えてしまう。
やはり可愛いは正義だ。
「いつまでも貴女呼ばわりは失礼ですわね。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、はい、シウラディアと言います」
「シウラディア様。私はルナリア・ゼー・トルスギットと申します。以後お見知りおきを」
「と、トルスギット!? まさか、公爵様ですか?」
「私の父が、公爵の位を賜っております」
笑みを絶やさず、微妙に訂正しておく。
――少し意外だ。平民が貴族の名前と爵位を結びつけられるなんて。
意外とうちって有名なのかな?
「まさか公爵様とは知らず、本当に申し訳ございません……」
なんだか平身低頭という感じである。
――うーん、苗字まで名乗ったの失敗だったかしら。
今になって「敬語なんか使うな」と言ったロマの気持ちが少し分かってしまった。こうへりくだられても、別に気分は良くない。
「シウラディア様。公爵なのはお父様で、自分はただの小娘ですわ。そう恐縮なさらないでくださいませ」
「そんな、私みたいな卑賤の者がお言葉を交わすのもおこがましいです……」
ちらりと私の顔を見る。そしてすぐ俯いてしまった。
「本来、『リーダーを決め、みんなで国を良くしよう』と初代国王が考案したのが今の貴族制度です。
陛下の元で領地と領民を管理するに足る、と認められた能力の高い者が『貴族』であり、まさか平民を蔑む事が目的であろうはずもございませんわ」
そこで――逆効果かもしれないとは思ったけれど――再びシウラディア様の右手を左手でそっと握った。
どうにか、その緊張を解いてくれれば、と願って。
「それにそもそも、学園は家格に関係なく教育の場を設けることを第一義としています。私がどこの家の娘だろうと、そんなの無関係ですとも。
なので、そんなに怯えないでください。さきほどのお二人同様、こうして暮らしていきましょう?」
私は右手の人差し指で口角を持ち上げて見せる。
「……こう、ですか」
シウラディア様は私の真似をして、左手の人差し指で口の端を持ち上げた。
「もっと言うと、こうです」
私は左手を伸ばして、シウラディア様の右唇を上げた。
そして私は手を使わずに笑って見せる。
「はうぅ……」
頬を赤く染めてシウラディア様は呻いた。
「うん、やっぱりこっちの方が可愛らしいですわ」
――次は指なんて無くても笑った顔が見てみたいけどね。
「そんな、ルナリア様の方が数百倍は可愛らしいでしゅっ」
――いやまあ嬉しいは嬉しいけど、今は別にお世辞は要らないんだけどなあ。
どうにも、この子はこの子で貴族に偏見持ってる感がある。これから少しずつ解きほぐしていきたい。
……それが、聖女という輝かしい未来を奪ってしまった罪滅ぼしに、少しでもなれば良いのだけど。
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