13歳―1―
それからは平和な日々が続いた。
二学期に入ってからもお茶会は好評で、お風呂会も継続していくことができた。
殿下との関係も、あれから進展もなければ険悪になるわけでもなく順調である。
二学期の長期休暇には参謁があり、今生で初めて国王陛下と王妃陛下、それと王女殿下に拝顔した。隣のレナはガチガチに緊張していて、国王陛下から「気楽になさい」なんて言われる一幕もあった。
本来、貴族としてお父様がお仕事の報告をする場なのだが、その後なぜか私の話に波及する。国王陛下とガウスト殿下が終始私を褒め、王妃陛下は一度も発言せず私と目も合わせようとしない。針のむしろに放り込まれたような時間だった。
後半、退室時間が迫ってきたタイミングで、ガウスト殿下の姉であるリーゼァンナ王女殿下が一度だけ、
「なぜ女だてらに剣を取ろうと思った?」
と尋ねてきた。
私は、
「はっ。理由は二つございまして、ある物語に憧れたのが一つ。もう一つは、ダンスなどの運動より性に合ったためです」
と答える。
王女殿下は頷くでもなく、質問を続けるでもなく、そのまま黙ってただ私を見下ろしていた。
――彼女も母親同様、私が剣を持つことを良く思っていないのだろうか。
思考を読ませない目と表情ではあるものの、なんとなくそう感じた。
ちなみに皆、殿下がプロポーズした件は本当に聞いてなかったようだった。
……王女殿下は分からないけれど、王妃陛下に知られていたらその場で首を刎ねられていたかもしれない。
殿下がフラれて逆恨みするような性格でなかったのは本当に良かった。
†
そして長期休暇が明け、正式に一年生に昇級した一日目。前生で私の破滅が本格的に始まった日。
私は十三歳になっていた。正確には、二学期の後半になってたけど。
誕生日から今日まで、毎年恒例のアナライズを忘れていた事に気付いて、私は通学の途中で密かに自分にアナライズをかけてみた。
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【ルナリア・ゼー・トルスギット】
・HP 115/115
・MP 8054/8054
・持久 79
・膂力 19
・技術 184
・魔技 461
・幸運 1
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 中央学園制服
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 23
・物理防御力 299
・魔法攻撃力 139
・魔法防御力 403
・魔力神経強度 中
・魔力神経負荷 0%
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なぜかMPが倍以上に伸びてる……。
ただそれ以外に魔技が四倍近く跳ね上がってるほうが顕著だ。ここ半年以上ロマと実戦を繰り返せたおかげだろう。
そもそもこれまでが、魔法剣の才能を創造神から得たにしては低かったのかもしれない。
もしかしたらMPもそれに引きずられたんだろうか? 真相は知る由もない。
†
しばらくして正一年生の教室まで辿り着く。
教室に入る直前、私はゆっくりと深呼吸をした。
――おそらく、シウラディアをはじめとした平民がすでに居るはず。
前生で私にギロチンを落とした彼女との、今生での初対面。しくじるわけにはいかない。
「よしっ」
ドアを開けて中に入った。
教室の中には今日が初めての登校であろう平民の子達がすでに数人居た。
もちろん去年からのクラスメイトである貴族達も。
貴族と平民が互いを牽制し合うような、どこか緊迫した空気が流れている。前生と全く同じだ。
そんな中、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
教室の中程を歩く、桃色の髪の少女。新品の制服は少しだけサイズが大きい。平民は何度も制服を作り替えるお金がないから、入学時には成長を見越して少し大ききめで注文する子も多い。
その髪色を見て、思い出す。
――ああ、そうだ、シウラディアはこれくらいの鮮やかな桃色の髪だった。
十数年来の記憶が呼び覚まされると同時に、苦い思い出も蘇ってきて、私の動きは止まってしまう。
シウラディアは恐る恐るという感じで教室を進んでいき、やがて前から二列目……去年まで私が座っていた席にゆっくりと腰掛けた。
と、四列目に座ろうとしていた二人の少女が、それに気付いて彼女の方へと近づいていく。
その二人を見て、私は軽く頭を振って前生の記憶を払ってから、足音が荒くならない程度の早足でそちらへ向かった。
「ちょっと、あなた」
二人の伯爵令嬢のうちの一人……パラッシュ様がシウラディアに声をかけた。
ちなみに二人とも、二ヶ月ほど前から私のお茶会に顔を出すようになってくれた子達である。
「そこはルナリア様の席よ。平民は一番後ろに回りなさい」
そう言われたシウラディアは二人の方を見上げた。私の位置からまだ目元は見えない。
「一番後ろ、ですか。でも、黒色文字板には……」
シウラディアが教室の最前面を指さす。彼女の声は決して大きくないのに、鈴のように綺麗な音色で教室中に響き渡った。
彼女が指した先には去年と同様、『自由にお座りください』と大きく書かれている。
「建前という言葉を知らないの? このクラスは王太子殿下も居れば公爵令嬢もいらっしゃるの。あなたのようにみすぼらしい存在が座って良い席なんて、本来はないくらいなんだから」
彼女の言動で、今となっては思い出したくもない罵声を浴びせた自分を思い出してしまう。
――前生の私より、大分優しいわねパラッシュ様。
歩きながら、思わず自嘲が零れた。
と、そこでもう一人の子、レーテル様が私に気付いた。パラッシュ様の袖を引く。
パラッシュ様も私に気付いて、私の方に向き直った。
「ルナリア様。おはようございます。今年度もよろしくお願いいたします」
二人揃って丁寧に礼をしてくれた。
「おはようございます。こちらこそ、引き続きよろしくお願いします」
私も同様に礼を返す。
「丁度、ルナリア様の席を横取りしようとする平民に注意をしていたところでして。少々お待ちくださいませ、今すぐどかしますので」
言って、私に向けていた優しい目から、汚物でも見るかのような目でシウラディアを見下ろす。
――笑っていれば、お二人とも可愛らしいのに。
こんな可愛い女の子二人を醜くする、凝り固まった偏見が憎らしい。
「でも、自由と書かれているじゃないですか」
シウラディアは怒るでもなく、本当に不思議そうに二人を見、そして私に振り返った。
――目が合った瞬間、私の呼吸が一瞬、止まる。
信じられないくらい、可愛くて。
パッチリとした目、透き通るような肌、高くはないけど整った鼻梁、ぷくりと主張しすぎない小さな唇……
瞬間、前生の私が初対面の頃から心の奥底に封じ込めた、劣等感と敗北感が、一気に開かれて私の胸中を襲った。
――思い出した。そうだ。
一目見て、女性としての圧倒的な差を感じずに居られなかったことを。
美容なんて言葉すら知ってるか怪しい身分、化粧なんて生まれて一度もしたことがないであろう。そんな彼女に完膚なき敗北を味わった、遠い記憶を。
――だから私は、最初から彼女のことが嫌いになったのよ。
嫌いにならなければ、自我を保てなかったから。
未来の王妃となるべく、美を追求していた前生では、まさか平民に負けたことを認めるわけにはいかなかったのだ。
……だが、しかし。
今生では話が別。
私はもう、容姿で勝負してない。
気取られないように、小さく呼吸を整えた。
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