10歳―2―
それから五日後。
中庭の一角。
「初めましてルナリア様。トルスギット私兵団の魔法隊に所属させていただいております、ウォルボルト男爵家の三女、セレンと申します」
下げていた頭を上げた彼女は、十代後半、もしくは二十代になったばかりくらいだろうか。おでこを出した黒のショートボブは緩くウェーブが掛かっていて、魔術隊の制服であるローブを着込んでいる。
「初めまして。非常に優秀な魔法使いとお伺いしております。これからよろしくお願いします」
そう言って私も礼を返す。
「はっ、本日よりルナリア様の魔法の実践を指導するよう公爵様より仰せつかりました。まだまだ修行中の身ですが、共に研鑽励めればと存じます」
というわけで、今日から今生初めての魔法訓練が始まる。
前生ではどの魔法も才能がない、と判断されて、すぐに魔法訓練の時間は無くなったけど。
今生ではこれまで持ち腐れていた魔法剣の才能が、いよいよ役に立ってくれることだろう。
その前に、まずはセレン先生のステータスを見させていただくことにする。
=============
【セレン・ウォルボルト】
・HP 113/113
・MP 158/158
・持久 27
・膂力 19
・技術 26
・魔技 81
・幸運 30
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 魔術師のローブ
・装飾1 風精霊のタリスマン
・装飾2 なし
・物理攻撃力 15
・物理防御力 22
・魔法攻撃力 67
・魔法防御力 45
・魔力神経強度 強
・魔力神経負荷 0%
人間。ウォルボルト男爵家の三女。
トルスギット私兵団、魔法隊・副参謀長。
風属性と治癒を得意魔法とする魔女。
祖母の形見である『エイオーサの杖』を装備すると魔技に補正が掛かる。
=============
我が家のことながら私兵団の階級がよく分からないが、副参謀長ってなんだか有能そう。
素の状態の私と魔技がだいたい同じだが、MPは約十倍違う。
――やっぱり私のMPが多過ぎなんだよね、これ……。
「これまで座学で基本的な理論を学ばれたかと存じますが、あらためて簡単におさらいいたしましょう」
セレン先生の言葉で、アナライズをやめる。
「はい」
「魔法の源は体内に宿るMPです。MPは目に見えませんし、触れることもできません。実際に行使したい魔法をイメージすると、MPを魔力という、物理的な現象に変換させます。その魔力を、魔力神経を通して必要な箇所に集めた後、指向性を与えることで、魔法として発現します」
つまりMP→魔力→魔法、と変換していく、ということだ。
そして魔力から魔法になるとき、魔力神経に大量の魔力が流れ込む。
「魔法を扱えるようになるためには、まずイメージが重要です。そして次に、そのイメージを魔力の塊に投影する技術が必要になります」
つまり炎を放つには、具体的に炎を放つ想像が必要だし、傷を癒やすには、傷を癒やす想像が必要になる。
「ルナリア様、まずはどのような魔法を使ってみたいでしょう?」
「……私の希望で良いのですか?」
「ええ。ルナリア様が明確にイメージできている魔法から、まずは習得できるようになっていきましょう。最初に覚えた魔法が、生涯の得意魔法になることも良くありますから」
私が使いたい魔法なんて、そりゃエンチャントか魔力剣の生成のどちらかである。
どちらが先でも良いけれど、まずはエンチャントを試してみようかな。
「では最初は、この木剣に魔法付与してみたいと思います」
言って、右手に持っていた木剣を掲げる。
「先ほどから気にはなっていましたが……その木剣にエンチャントを施すと言うことですか?」
「はい。問題ありますか?」
「いえ、魔法の付与自体はそんなに難しくありません。ですが、剣にしようとする方は珍しいですね」
「へえ、そうなのですか」
創造神が言っていた、「魔法剣は廃れた」という言葉が思い出される。
「わざわざ剣を介して魔法を使う意義が薄いので。魔法を扱うなら直接放った方が早いですし、剣で戦うなら戦技を駆使した方が効率的ですから」
「以前、魔法剣という言葉を知りまして。それを習得してみたいと思っているのです」
うん、嘘じゃない。
魔法剣という言葉を知った時、前生では死後で、今生では産まれてなかった、というだけで。
私の言葉に、セレン先生の顔がわずかに険しくなる。
「流石、そのお歳で博識でございますね。ですが、あまりオススメできません。好きなものから習得しようと提案した手前、恐縮ですが……」
「そういうものなのですか」
「はい。ごく希に魔法剣士を名乗る者も居ますが、剣か魔法のどちらかをサブ、もう片方をメインとする者ばかりです。剣に魔法を付与する者は居ません」
うーん。話を聞けば聞くほど、真面目に戦うにはいまいちな気がしてくる。
――魔法剣の才能をもらったの、失敗だったかな……?
「もっとも、ルナリア様が実戦に赴くことなど無いでしょうから、たしなみに習得されるのはよろしいかと存じますが……」
「そんなものに時間をかけるなら、他の魔法を覚えた方が良い、と?」
「あるいは、剣以外の物、ですね。光属性を石に付与して夜明かりにしたり、木材に炎属性を付与して長く燃え続ける優良な木炭にしたり、といった感じで」
「なるほど。まあ、その辺は追々考えようと思います。ひとまず今日の所は、試しにこの木剣にしてみると言うことで」
「分かりました、そういたしましょう」
セレン先生が愛想笑いを浮かべる。
――『世間知らずな貴族の子供が間抜けなこと言ってる』とでも思われてるんだろうなあ……。まあ仕方ないけど。
「まずは私が実際にお見せいたしますね」
セレン先生は周囲を見渡し、近くにあった石を手に取った。
「ではまず、属性なしの単純な魔力エンチャントから。危ないので、触ったりなさいませんよう」
右手の上に石を乗せ、私の視線の高さに合わせる。
十秒ほどすると、右掌に青白い魔力の光が見え、次第に石に移っていく。
さらに十秒ほどかけて、石をすっぽりと淡い魔力が覆った。
「これでエンチャント完了です。投げたりしたときの破壊力が大きく増しています。実際にご覧いただきましょう。少し離れていただけますか?」
言われたとおり二歩ほど後ろに下がる。
セレン先生が右手を返して石を地面に落とした。
ドンッ、と強い音がして、地面が約十センチほど抉れる。石は丸々形を残して、その中心にあった。
「いかがでしょう、イメージできそうですか?」
「ありがとうございます、分かりやすかったです」
「滅相もありません。それでは、実際に試してみましょう」
「はい」
自分の木剣を目の前に掲げる。
柄を右手で握ったまま、切っ先に左手を添えた。
アナライズを使うときのように、イメージ。
瞬間、木剣が青く、激しく光り出す。
「……えっ?」
セレン先生が、小さな声で言ったような気がした。
左手を柄に持って行き、切っ先を地面に向ける。
試しに足下に突き下ろし――
「ちょっ、お待ちくだ……」
次の瞬間、大きな爆発音と共に世界が青白い光と茶色の飛沫に包まれた。
視界が開けると、視線の先には木剣の切っ先と、見覚えの無い茶色が広がっていた。さっきまで綺麗な芝が生えていたはずだけど……
頬に違和感を感じて反射的に左手で拭うと、土が付いていた。
視線を正面に戻す。私の前の約二メートル、幅は一メートルほど、地面が抉られていた。深さは私の背丈よりすこし高いくらいだろうか。
その向こう側には、巻き上げられた土が山のように盛られていた。
「……えっ?」
さっき聞こえたセレン先生と同種の声が、私の口から漏れた。
――って、そうだ、セレン先生!
周囲を見渡す。姿が見えない。ついさっきまで彼女が立っていた場所は、盛大に抉れてしまっている。
「先生!」
そう叫ぶと、土の山が中腹あたりから崩れた。
その中から、球状の防御魔法に守られたセレン先生が出てくる。
「良かった、ご無事で……」
セレン先生が風魔法で自分の体を浮かして、空中を移動してきた。私の横に降り立つ。
「申し訳ありません、まさかこんなことに……」
なるなんて、と言おうとしたところで、私の両手がセレン先生の両手で握られた。
「素晴らしい! ルナリア様、貴女は百年に一人、いやいや千年に一人……もしかしたら、有史以来初かもしれないほどの大天才です!」
土汚れも気にせず私の両手を握るセレン先生は、興奮気味に至近距離でそう言った。
「えっと……」
奇跡を目の当たりにした信奉者のようにキラキラした目で私を見るセレン先生。
――いやいや、創造神さん、魔法剣の才能くれすぎですってば!
抉れた地面は、私と先生、それに庭師の方々も手伝っていただき、とりあえずならした。流石に芝を植えるのはお任せさせていただいたけど。
†
その次の授業では、魔力剣の生成を試してみた。
魔力の塊を剣の形として具現化し、それを飛ばしてみたり、握って振るってみたりする。
それを十本ほど生成し、簡単な作戦を組み込んでみる。一本一本を私が操作しなくても、剣自身の意志で戦えるように。例えば、他の剣が正面から飛んでいったとき、挟み撃ちを狙うように、とか。
セレン先生に仮想敵になっていただき、実際に試してみる。
最終的にはすべて打ち落とされて勝てはしなかったけれど、先生からの崇拝度はアップしてしまった。「十歳の魔法練度では無い、神の加護を得ている」などと言われる。当たってるのが凄い。
その次の授業では三十本の魔力剣を生成し、それぞれを自由自在に飛行させて見せてた所、セレン先生は泡を吹いて倒れた。
セレン先生、初対面はお堅いイメージだったけれど、実は感情豊かで見てて面白い。
そんな感じで色々試してみたところ、エンチャントと魔力剣の扱いに関しては、すでに世界有数の使い手レベルであるようだ。
それが理解できたので、次は治癒魔法を習うことにした。
創造神が言っていたとおり、断ち斬る武器である剣で治癒は難しい。将来本当に冒険者になるのなら、是非とも習得しておきたい。
……のだけれど。
治癒魔法の習得を初めて、はや一ヶ月。
「ぐぬぬ……」
いくらイメージしても、治癒の光のちの字も発生しない。
前生でも魔法の才能は壊滅的だったし、創造神も「剣にまつわる魔法以外の習得は困難」と言っていた。
分かっていたことではあったけれど、ここまでとは……。
あれだけMPがあればなんとかなるかと思ったけど、そうは上手くいかないらしい。
「妙ですね。エンチャントや魔力の操作に関しては神がかってらっしゃるのに……」
セレン先生が首をひねる。
――ごめんなさい、それ、どっちも『剣』が関わってたからそう見えただけです。
実際、先生がいない時に石へのエンチャントを試してみたが、全然うまくいかなかった。
「はぁっ」
イメージをやめて、魔法を中断する。
「痛っ」
酷使しすぎた魔力神経がズキズキと痛んだ。
思わず顔をしかめる。
アナライズで見てみると、『魔力神経負荷 63%』と表示されていた。
「ルナリア様、もう……」
セレン先生はなんと言って良いか、困惑したように私をのぞき込む。
「……先生、正直に仰ってください。私に治癒魔法を習得できる見込みは、ありますでしょうか……?」
「それは……」
「お願いします」
「…………」
しばしの間、黙って見つめ合う。
「……おそらく、ルナリア様には不可能です」
私より、言ったセレン先生の方が辛そうな顔だった。
良い先生に恵まれたなあ、と思う。
「言わせてしまってごめんなさい。でも、ありがとうございます」
爽やかな気持ちになって、私はそう労った。
「治癒よりも向いてる魔法が多くございます。ルナリア様は、そちら伸ばす方がよろしいかと。そちらは人並みならぬ才能の持ち主であられるのですから」
「とはいえ他の魔法がポンコツだと知ってしまうと、なんとも微妙な気分になりますけどね……」
しかしそんなことを言っていても仕方ない。
本格的に魔法剣のみに集中して修めるほか無いようだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。