12歳―39―
「……殿下。非常に嬉しいお言葉でございます。ですが、王妃陛下もこの婚約には賛成されているのでしょうか?」
私は記憶を頼りに、そこに思い至る。
以前、お父様が言っていた。『王妃陛下はルナが剣を扱う事を知って少々、眦をつり上げられたように見えた』と。
それがお父様の勘違いでないことを祈るしかない。
「……いえ、まだ言っておりません。今の段階では、言えば反対されるでしょう」
その美微笑を崩して、殿下は言いづらそうに言う。
――よっしゃ、手がかりゲット!
心の中でガッツポーズする。
「やはりそうでしたか。以前父より、王妃陛下の覚えは良くない、と伺っておりましたので」
もちろんおくびにも出さず、なんなら少し残念そうな演技で言う。
「仰るとおりです。母は『王には威厳が大事。夫婦喧嘩になったら王妃が絶対勝つ関係など、王の威厳が削がれる』と言っております」
――なんか意外と可愛い理由ね、王妃様。
根底には女が武術をすることへの差別があるにしても、夫婦喧嘩の心配とは……
王妃陛下も母親。息子に幸せな結婚をして欲しいのかもしれない。
「父……国王陛下も、臣下としてのルナリア嬢は非常に評価しています。が、最近は母に影響されてか『王宮に迎えるのは話が違う』などと仰っています」
「致し方ございません。自分で言うのもなんですが、誠にご尤もかと存じます」
王への媚びへつらいとかじゃなく、本心からそう思う。いやもう本当に。
「ですが、王の威厳などと言うものに固執するのは、本当に正しいのでしょうか」
殿下は静かに、ただ強い意志を持って、そう言った。
「この国が良くなるのであれば、そんなことは些末ではありませんか?」
そして、微笑を剥がして私を真摯に見つめる。
その真っ直ぐな目と言葉に、ただただ驚くばかりだった。
……正直、婚約者がいるのに胸の大きな女に現を抜かす、こらえ性のない人だと思っていたから。
でも、そうではない。きっと前生では、私を妻に迎えるのは国害と思ったから、切り捨てたのだ。
流石、次代の国王。子供の頃から、彼が王太子となるのに異論が全く出ないのも、頷けようというものである。
――いやまあ、胸が大きな女の子が好きなのも事実かもしれないけど。男の子だし。
「殿下もまた、正しいと存じます。国を良くできればこそ、自ずと威厳も付いてくるかと」
私はそう答える。
そして、そう答えながら、私はこの舌戦に勝機を見いだした。
「……失礼。ルナリア嬢の立場では、そう答える他ありませんよね」
「いえ、そんなことはございません。本心でございますとも」
今度は渋い顔の殿下に微笑みかける私と、向ける表情が逆転する形になる。
「私を妻に迎えることが国のためになる……そう評していただいたこと、光栄の至りでございます。そのようなお言葉を賜れたのは、もしかして、ロマ……今代の聖女と関係がございますでしょうか」
殿下の眉が僅かに動く。
ダン様との件から今の今まで、全くなかった交流。にもかかわらず、このタイミングでのプロポーズ。
さらに『この国のため』という言葉……
そこから導き出せるのは、それしかなかった。
私が学内や寮内でロマと居る姿はここ一ヶ月で多く見られている。ただでさえ『魔法の反動』という表向きの説明で姿が小さくなったロマは、今や全学年の有名人だ。
最初のダンジョン演習の時に一緒だった殿下は、私とロマが懇意だったのは気づいていたはずだし、その小さくなった二年生こそが聖女であるというのも知っているわけで。
「殿下は王宮と聖教会の関係改善に、私を役立てようとなさっているのですね」
殿下側の従者達が、僅かに騒がしくなる。
『女ごときが殿下の御心を詮索するな』とでも思われてるかもしれない。
――そんなの関係ない。こっちは文字通り生死がかかってるんだっての!
「正直申しますと、その通りです」
殿下は隠そうともせず、私を非難することもなく、堂々と頷いてくれた。
「無論、ルナリア嬢を好ましく思っていることも事実です。以前も言ったとおり、あなたが剣を振るう姿が美しいと感じたことは本心ですし、快活な性格も非常に好ましいと思っております」
前生の私が聞いたら泣いて喜びそうだ。
なんせ、前生で殿下から褒められたことなんて、全くと言って良いくらい無かった。髪型を変えたりしても、こっちからそれとなく催促しないと言ってくれなかったし。
けれど、半年後にシウラディアに靡くことが分かっている今、そんなこと言われたってなんとも思えない。
――本当、まだなにも悪くない十二歳の殿下には申し訳ないんだけれど。
こんな婚約、受けてやるわけにはいかないのである。
私は姿勢を正して、軽く右手を胸元に置き、殿下に向き合う。
「陛下達の反対を押しのけ、殿下自らこのようなお話をくださったこと、恐悦至極に存じます。もちろん、私の方からお断りする言葉など出ようはずもございません」
――本当はめちゃくちゃ出したいけど。
「ですが……殿下の方には、その言葉を取り消す理由が存在しているのではないでしょうか?」
「……取り消す理由、ですか?」
殿下は僅かに目を見開くと、考えるように顎を親指と人差し指で触れる。
「もちろん一つは国王王妃両陛下のこと。お二人に反対されれば婚約は成立できません」
右手の人差し指を立てて、殿下に示す。
「それは……僕がなんとか説得して見せます」
「はい、そちらはなんとかなったとしても、もう一つ……。聖教会との関係改善という打算で選ばれた王妃など、国民は認めますでしょうか?」
はっ、と殿下は動きを止める。
「両陛下が大恋愛の末、異例中の異例とも言える一夫一妻の指導者となられたことはあまりにも有名です。
国民全てがそんなお二人を心から祝福し、慕い、信頼し、支持するようになったのが、今日の我が国です」
「それは、そうかもしれませんが……」
反論したくて、けれど上手い言葉が出てこない様子の殿下。
私は意識して笑みを深め、殿下を見る。
「もっとシンプルに、心惹かれる出会いが殿下には待っているかもしれません。結婚とは本来、そのように惹かれ合った者同士ですること。
私たちはまだ十二歳、今急いで婚約を成立させる必要もないのではないかと愚考いたします」
――とはいえ、もし殿下がお祖父様の代まであった側室制度を復活させるなら、私をその一人にする意義はありそうだけど。
もちろん、そんな利敵発言はしてあげない。
友である私を側室に留める王と、ロマが友好を結ぶ気になるか保証できないし。
「それに、今でこそ私とロマは仲良しですが、私も彼女もまだ子供です。半年もせずあっさり喧嘩別れしてるかもしれません。
ですので、三年……もしくは二年生になるまで、一旦様子を見てはいかがでしょうか?」
――もちろん、いくら喧嘩したってロマから離れる気は全くない。
だが周りから見たら、私とロマは十二歳と十四歳の子供。お互い我が強い性格と言うことも知られているはず。盛大に喧嘩する光景は容易に想像つくだろう。
来年シウラディアが入学してきたら、殿下はそっちに夢中になるだろうし。その頃には私と結婚だなんて言い出さなくなってるだろう。
……殿下はかなり長い時間、俯いて考えていた。
私は少しぬるくなったお茶をいただく。その時初めて、喉が枯れきっている事に気がついた。
「……なるほど、わかりました。そのようにしようと思います。有意義な提案をありがとうございます」
――勝った……!
心が晴れ渡るような、清々しい開放感。
と共に、死闘を経た後の疲労感がのしかかってきた。
「それと、私の発言が女性としての尊厳を踏みにじるようなものであったこと、大変申し訳ありませんでした」
殿下はテーブルに手を付いて、深々と頭を下げた。
一瞬、本気で何を言ってるか分からなかった。
少し考えて、『女としてではなく国益のためにお前を選んだ』と捉えられてないか、と彼は思ったのだろう。
――いやホントマジで心の底からどうでも良いわ……
彼が国益を考えるのは至極当然だしね。むしろそこに好感を覚えたくらいなんだから。
「まさか、お顔をお上げください。私も父を公爵に持つ者、殿下の憂いの排除に役立つこと吝かでございません」
と言って、テーブルから頭を上げて貰った。
「……ありがとうございます」
殿下はそこでまた、柔らかく、あどけない微笑で私を見上げた。
そこで、私はまた殿下側の従者達の様子を見る。
――ほっとしてるのが半分、残念がってるのが三割、『トルスギットの娘生意気だな』が二割、ってところかしら。
もちろん、ただの想像に過ぎないけど。
それから、時間つぶしと状況証拠的な世間話を交わしてから、私は暇を告げた。
立ち上がって、帰り支度をする。
「ルナリア嬢」
と、殿下が一人、私に近づいてきた。
「はい」
振り返ると、彼は私の目の前まで近づいて、
「……今回はあしらわれてしまいましたが、またいずれ、リベンジに参ります」
と従者達には聞こえないくらいの小声でそう囁いた。
「な、なにをおっしゃってるかよくわかりませんが……」
なるべく声が引きつらないように気をつけながら、私は答える。
殿下の完璧なプリンススマイル。
「あなたに見合う男になれるよう、精進して出直します。それでは、また学園で」
そう言うと、両目を閉じるくらい深く笑った。
そのままくるりときびすを返して、私の前から去る。
――いやまあ、殿下は気づいてるだろう、とは思ったけども。
察しの良いガキは嫌いだよ……。
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