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12歳―38―

 ヘイムビックの件から約一ヶ月。

 一学期も終盤。ホームシックになる子も目立ち始め、そうでない生徒達の中でも近づいてきた長期休暇に気がそぞろな時期。


 この日の戦闘実技はダンジョン演習ではなく、個々の模擬戦だった。

 魔法と武術があるが、私は女子で唯一の武術選択。


 エンチャント2回まで、魔力剣も5本まで、の縛りはダンジョン演習の時と変わらず。

 今、私の相手はガウスト殿下。

 私が強すぎて、挑んで来るのはもう殿下と少数の物好き以外に居ない。


 客観的に見ても私を魔法組に移籍させた方が良いんじゃないか、と思うけどドーズ先生とギルネリット先生はそうしない。……ギルネリット先生はドーズ先生に加担してるだけ感あるけど。


 以前二人きりの時に陳情してみたけど『聖女に勝つお前が魔法組に行っても学ぶ物などない』と一蹴された。

『それよりお前、集団戦なんてほぼ経験無いだろう? 今のうちに奴らに遠・中・近距離戦を叩き込んでおけ。集団戦のイロハは俺が教え込む。お前対男子全員の模擬戦なら、お前も退屈せんだろう』


 と口説き落とされて、今に至る。

 まあ、私は生徒である以上、先生の方針に逆らうわけにもいかないのだから。




 というわけで、今日も殿下の剣をいなし、小楯を弾き、彼を地面に沈めた。

「がぁっ……!」

 形代があるとは言え、衝撃までは消えない。殿下は悶絶して、しばらく地面に横たわったままだった。


 ――彼相手のときは他の人より少し強めに攻撃してる。

 もちろん、一番の理由は彼に嫌われるため。

 そして二番目には多分、前生で裏切られた恨みがこもっているだろう。最近自分でも気づいてきた。


 ……自覚してる範囲では、恨んではいないと思うんだけど。潜在意識というか、なんというか。

 自分が悪いと分かっていても、婚約者に浮気された事実は、深層心理に与えたショックも大きかったらしい。


 ――十二歳の彼には罪がないんだから、あんまり良くないとは思うんだけど……

 嫌われなければならない、という一番目の理由が免罪符になって、前生の鬱憤を晴らしてるというのは否定できなさそうだった。




 ダン様の一件以降、殿下とは良い感じの距離感を保てている。

 あの後ショコラの方も雨降って地固まってくれたし、ダン様には感謝しないといけないかもしれない。


 ここ数ヶ月殿下とはほとんど私的な会話もなく、普段は挨拶と多少の世間話を交わす程度の間柄だ。

 ダンジョン演習で同じチームになったときはどうなることかと思ったけど、これも攻略に関する話題のみ。二人きりになるような瞬間もあるけど、別段なにか踏み入った話になることもない。


 ――前生では今ごろ、必死にアプローチしていた時期だったっけ。

 お茶に誘ったりして、二人きりの時間をとろうと躍起になっていたものである。彼の好みや趣味を聞き出しては、それに対する知見を深めて、次に会ったときに彼を喜ばすような話ができるように努力していた。

 その甲斐あって、彼に見初められたわけだけど……


 ――そんな努力できるなら、もっと周りに気を配ってあげれば良かったのに。

 なんて振り返って思い、一人で苦笑する。


 まあ、ともかく、今生ではまかり間違っても婚約なんて話にはならないだろうし、本当になによりである。


   †


「私と結婚を前提にお付き合いいただけないでしょうか」


 ――えっ?

「……えっ?」

 脳内でも口でも同時に同じ言葉を発する。


 放課後の殿下の自室。

 殿下からお茶の誘いがあって訪れたら、席を付いて挨拶もほどほどに、そんなことを言われた。


 ――いやまあ、急にお茶に誘われて、なにごとかと警戒はしていたけれど……


 確かに、前生では今くらいの時期に婚約が成立していた。

 とはいえ、こんな事態になるなんて予想外だ。

 慌てる私を見てか、殿下は可笑しそうに笑う。


「ふふっ。模擬戦では負けっぱなしですが、一矢報いれたようで少し嬉しいですね」

 完璧な美貌から繰り出されるイタズラっぽい笑みは、中々の破壊力だった。


「……殿下、お戯れを。一矢報いるだけでそのようなご冗談はおよしくださいませ」

 なんとか言葉を取り戻して、私は窘める。


 ――そんな冗談を言う人だったんだ。意外ね……


「失敬。ですが冗談などではございませんよ」

 イタズラな笑みを柔らかい微笑に変えて、殿下は私を真っ直ぐに見る。

 再び私の動きは固まる。


 ちらりと殿下の従者達に視線を向けると、なんとなく、ハラハラした様子で殿下を見ているような印象を受けた。

「正式に婚約者として迎え、卒業の暁に結婚いただきたい、と考えております」


 そういう殿下は朗らかだが、嘘や冗談の類いには見えない。

 その言動で、私の全身の血が沸騰しそうになる。


 ――やっばい……!


 冷や汗が出るのが止められない。

 心臓の鼓動がうるさい。


 それは、あまりに唐突に向けられた、死刑への切符。

 これまで、こうならないように頑張ってきてたのに……!

 王族がそうと決めたら、臣下である公爵家の娘なんぞに拒否権など実質存在しないわけで。


 婚約者になってしまえば、あとは死刑になる道しかないのである。

 ――あたまがぐちゃぐちゃになりそう。

 ――いやだ、しにたくない……!



 カチャッ、とカップがテーブルに置かれる音で、正気を取り戻す。

 殿下と私の前にお茶とお菓子が運ばれてきていた。


「……急な話で申し訳ありません。どうかご一考いただければ幸いです」

 私の反応を見てか、殿下は微笑を崩さず、そう言う。


 ――まずい、私が拒否感を抱いてると従者達に感づかれたら、不敬罪で処されるかもしれない。

 恐らく、殿下はもう察してる。幼少の頃から帝王学や英才教育を受けた彼の洞察眼が優れていることは、前生から今生の経験で分かっている。


 落ち着け私。

 野盗やパルアスと戦ったときもそう。ロマの危機の時もそう。パニックになるな。前生のトラウマに飲み込まれるな。考えろ。


 ――私の生き延びる道を。


 まさかこんな唐突に生死をかけた戦いが始まるとは……。でも始まってしまったモノは仕方ない。

 私は一度、深呼吸をして、考えをまとめる。


 ――そもそも、このプロポーズは、色々とおかしい。

 突き崩す隙は、必ずあるはずだ。

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