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12歳―37―

 ヘイムビックの村での一件から、一週間後。

 私とショコラとロマは鍛錬をし終え、鍛錬所の更衣室で着替える。


「やっぱりその体だと、前より色々と厳しそうだな」

 この一週間を総評して、ショコラがロマに言った。


 ちなみに、初めて小さくなったロマの姿を見たショコラが驚いたのは言うまでもない。けど、私の魔法剣によるものだと知ると『ああ、なるほど』と納得するものだから、今度はロマ達が『なるほどで済むことか……?』と呆れ驚いていた。


「うむ。流石にもう慣れは大丈夫なハズ。やはり体の未熟さが魔力や技量に影響しておるようじゃ」

「そりゃそうでしょ。本来七歳の子は戦うべきじゃないんだから」

 ――王宮が貴族に魔法習得を許可する最低年齢が十歳からなのだから、さもありなんというやつである。


「まあ、昔はこの体で大立ち回りかましとった。今後もどうにかなるじゃろ」

 言いながら、ヒルケさんに差し出された服の袖にロマが腕を通す。今の体に合わせた聖衣がまだできていないため、子供の頃の服を持ち出したらしい。


「また悪魔討伐あったら言ってね」

 ブラウスのボタンを閉めてもらいながら私は言う。

「……言ってどうする」

「一緒に行くよ」

「いやまあ、人手が欲しいとは言うたが。お主は学生。学業に集中せい」

「ロマだって学生でしょ」

「年齢が年齢だから便宜上入れと言われて入ってるだけじゃ。本職は聖女の方よ」

「体が小さくなったのは私のせいなんだから」

「それ以外ワシが生き延びる可能性なかったんだから、せいとか言うなと言うとろうが」

「とにかく、ロマが戦いに出るときは私も行くから。ヒルケさんやワァスさんや団長にもお願いしてるし」

「なに!?」


 ロマがヒルケさんとワァスさんに視線を向ける。

 二人は苦笑を浮かべて、そっとロマから視線を背けた。


 ――そりゃそうだ。この二人も団長も、私と同じ気持ちなんだもの。

 またロマが不覚をとらないとも限らない。戦いに絶対なんて、そうそう無い。


 七年前は……というかここ最近までずっと、聖女であるロマ以外に戦力が居なかった。だから彼女一人に負荷を強いていた。それが伝統だ、とか、慣例だ、という言葉で目を背けて。


 でも、今はもう一人戦力になる者が居る。

 ロマを慕う彼ら彼女らと、私の意見が一致しないはずもないのである。


「貴様ら……」

 ロマが二人をジト目で見る。


「諦めな。ルナがこう言い出したら止めらんねえよ」

 ショコラも侍女服から頭を出して私の味方をする。……味方と言うには消極的だったけど。

「それにまあ、俺も賛成だ。『聖女は孤独に戦うもの』なんて常識、この際捨てちまえ。少なくとも、あんたは周りの皆にそう思われるくらい、慕われてるんだろうからさ」


「流石ショコラ。良いこと言うわね」

 うんうん、と頷く。


「全く……」

 と言いつつ、ロマの口元がふわりと緩んだのを、多分この場の全員が見逃さなかっただろう。

「仕様がない奴らじゃ。……ありがとうな」

 皆が笑う中、ヒルケさんだけ目尻に涙を浮かべているのが印象的だった。


   †


 着替えを終えて、皆で鍛錬所から寮に戻る道中。

「ルナリア、あの件じゃが……許可が下りた」

 ロマは言いにくそうに……というより、言いたくなさそうに、私から目を背けて小声で言った。


「あら、意外と早かったわね。良かった」

 一人ハテナマークを浮かべるショコラ。


「護衛がいなくてもロマと居られる許可を申請してたのよ。今更私がロマを害するわけ無いでしょ、って」

 そんなショコラに説明する。

 まあ許可と言っても、立場上ロマが頷けば反対されることないらしいんだけど。一応、下手に聖教会の矛先が私やトルスギット家に向かないための処世術である。


「よぉし、それなら早速、これから一緒にお風呂で汗流そうか?」

 私が言うと、ロマは露骨に嫌そうな顔でこちらを見上げる。


「前から思うとったが、なんでそんな風呂一緒に入りたがるんじゃ。汚れを落とす場に誰かと入りたがる心理がよう分からん」

「そんなこと言ってたら、大衆浴場しか入浴する機会がない人達に恨まれるわよ。良いから、一度騙されたと思って。嫌なら次から無理強いしないから」

「初回から無理強いせんで欲しいところじゃがな」

「話はまとまったわね、それじゃレッツゴー!」

「なにがどこでどうまとまったんじゃ……」

 私はロマの手を取って、スキップで寮への足取りを急がせる。


   †


「んー、最高♪ この瞬間のために生きてるまであるわね-」

 湯船に浸かって、思わずそんな声が出る。


 訓練直後も濡れた布で体を拭いて貰うけど、その時とは違う別格の気持ちよさだ。毎日入っても飽きないのはなんでだろう?


「言わんとすることは分からんでもないが、そこまでか?」

 言いながらロマが湯船に近づいてくる。


 私が彼女の体を両手で持ち上げると、「うおっ!?」と女の子らしからぬ声を上げた。そのまま膝の上に座らせる形で湯船に迎え入れる。


「この幸せが分からないロマは不幸ね」

「……そうまで真っ直ぐな目で言われると、本当にそんな気になってくるわ」

 ロマは私に背中を向けて、そのまま体を預けてきた。そんな彼女を私は後ろから軽く抱き留める。


「なあ、やっぱり俺はやめた方が良いんじゃないか?」

 最後にショコラが私とロマを見下ろして言った。


 さっきから『許可が出たのはルナなのであって、従者は控えるべき』と乗り気でないショコラである。


「ルナリアを認めたら従者もそう変わらん。お主ら二人の時間を邪魔しておいて追い出すのも心苦しい。ワシのためと思って一緒せい」

 まあ、普通に考えてロマの従者はいないのに私の従者だけ居るって不自然だけど。ただ、ヒルケさんとワァスさん、もう一人の護衛のプリーストは快く了承してくれた。


「はあ、そんならまあいいけど……。あとで文句言われても知らねえぞ」

 言いながら浴槽の縁をまたいでショコラが対面に入る。

 ロマが小さいとはいえ、流石に三人だと手狭に感じる。不自由ってほどではないけど。


 ――大きい浴槽、用意して貰えないかな。

 うん、今決めた。お金払ってでもお風呂大きくしよっ。


「……なんだか、妙な気分じゃ」

 ロマが言う。

「誰かとこんなに近づくなど初めてじゃ。人間の皮膚はこんな感触なんじゃな」


「そうだったの?」

 先代の聖女に可愛がって貰っていた、なんて話を聞いてたから、てっきり抱きしめられたことの一度や二度や五度や十度、あるかと思ってた。


「幼児の頃から古竜の魔力を浴び続けた体じゃ。触れたら何が起こるか分からん、と言われておった。害がないと証明された頃には、だっこされるような歳じゃなくなっておったし」

「でも先代の聖女さんとかは……」

「聖女こそ、そんな得体の知れないモノに触れさせてもらえるハズなかろう。話はいくらでもしたが、手に触れたことすらないわ」


 ――思わず、息が詰まった。

 つまりロマは、本当に、十四年もの間誰にも抱かれたことがなければ、手を繋いだりしたこともないのだ。生後間もない頃に彼女を捨てた親以外は。

 自然と、ロマを抱きしめる腕に力が入る。


「こそばゆい。あまり密着するでない」

 言うけれど、そこまで本気で抵抗するそぶりは見せない。


「すぐ慣れるよ。あまりに馴染みながないから、違和感があるだけ。……普通は、子供の頃から馴染みがあるハズなんだけどね」

「そういうもんか」


 ――ロマを不幸、とは思わない。

 少なくとも、彼女自身が不幸と思っていないのなら、それを他人が不幸と言うのはお門違いだ。


 だから、これは私のエゴ。

 ――この子に、もっと幸せになって貰いたい。

 手始めに、人のぬくもりというヤツを覚えて貰うとするとしよう!


「この機会だし、やり直そうか」

 ロマの耳元に囁く。

「やり直す? なにをじゃ」

「普通の子供を」

「別に要らんわ。悪魔を滅するは自分が決めた道よ」

「それは否定しないよ。私が言ってるのは、もっと原始的な話」

 ロマを抱く力をさらに強める。


「生まれてくれてありがとう、って。生きててくれて嬉しい、って。あなたに幸せになって欲しいし、あなたの幸せのために頑張る、って人間がすぐ側に居る。そんな人生の始まりをやり直そう、っていう意味」

「……よせ。お主の人生の枷になりとうない。もう充分過ぎるほど貰っておるよ」

「残念でした。そういう人間は、引っ込めと言われて引っ込むわけないわ」

「面倒な人種じゃな……」

「ロマにはすでに居るかもしれないけど……。知る限り、もう立場の上下ができちゃってるから。私が立候補しようかなって」

「何言っても引っ込まんなら、立候補じゃなくて当選確定じゃろ」

「あはは、確かに」

「全く……」

「取り急ぎ、これから毎日お風呂とベッドは一緒ね。はい確定」

「傲岸な輩じゃ。ワシが誰か分かっておらんと見える」

「分かってる。私の大事な、親友よ」

「……勝手にせえ」

 私相手に抵抗が無駄と覚えたか、ロマはなされるがまま身を預けていた。


   †


 それから寮のベッドで、私とショコラでロマを挟む形で眠った。

 翌朝。私が目覚めるとほぼ同時に、ロマが目を開く。


「おはよ」

 ロマの目にかかる前髪を指先でそっと払う。

「……うむ」

 そのまましばらく、お互いを見ながらまどろむ。


「……不思議じゃ。こんなに睡眠が気持ちいいと思ったのは初めてかもしれん」

 ロマが呟く。

「でしょう。世間の子供は皆これを知ってるから、お母さんと一緒に寝たがるのよ」


 レナもそれを求めて、けれど母は無理だと分かってたから、次点で私と寝たがったわけだし。


「……のう。昨日、毎日と言ってた件、やはり隔日とかにならんか」

 お風呂やベッドに入る、という話だろう。

「まあ、無理強いはしたくないし、ロマが一人の時間も大事なようなら妥協するよ」

「……お主、わかっとらんかったか」

「?」


 ロマは黙って、私の背中に腕を回してきた。

 ……少しだけ照れくさそうに頬を染めていたのが、寝起きの心臓に悪いくらい可愛らしい。


「ワシ自身は嫌など一言も言うておらん。『ルナリアに迷惑をかけたくない』と、自制しておるに過ぎんわ。……お主の側が心地良すぎて、すぐにお主無しで生きられなくなりそうな自覚があったからの」


 言って、もぞもぞと私の胸の中で身じろぎする。

 いじらしく愛らしい小さな頭を、優しく撫でた。


「それ言っちゃうと、私、全力でつけ込みに行くけど?」

「最初からそのつもりだったんじゃろうが」

「いや流石にそこまでは想定外だったけど」

「……ならば、失言じゃったか」


 くすくすと笑う。

 気づけばショコラも起きて、ロマの背後から私ごと抱きかかえてきた。


「隔日案は却下。ロマが私に依存するのは、確定事項で」

 言うと、今度はロマが小さく笑った。

「考えれば、すでに手遅れじゃったわ。風呂とベッドはダメ押しに過ぎなかっただけじゃろうな」

「考えてみれば、最初からロマ、妙に私に近づこうとしてたもんね。きっと心の底では、飢えてたんじゃないかな?」


 それは他人とのつながりとか、情とか、愛とか、そういうものに。

 最年少なのに立場はほぼ最高権力で、傅く大人しかいない中。

 自分を叩きのめした同年代の私。敬語なんか早々に使わなくなっても、咎めるどころか『そのままで居るように』と命令したロマ。


 ――思い返せば、思い当たることはいっぱいありすぎて。

 私はただ、ロマを強く抱き返した。


 ……それ以上に強く抱き返してくるロマは、もしかしたら少し、泣いていたのだろうか。

 私とショコラは目線だけ交わして、小さく笑い合う。



 

 そのまま全員二度寝してしまったけれど、気づいたエルザは起こすことはせず、私たちに布団をかけ直したという。

 ――なんて、優しい世界だろう。

 前生の私が喉から手が出るほど欲しくても、手に入らなかった安寧。


 改めて、思った。

 この世界を守るためなら、なんだってする。

 私の大好きな人達と、私を大好きで居てくれる人達のために。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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