12歳―36―
帰りの馬車の中。
「……しかし、あらためて、とんでもないのう……」
自分の右手を握ったり開いたりしながら、ロマが言う。
今、ロマは私の膝の上に座っている。
馬車に入った時、私が座ろうとしてもロマは私から離れず、当たり前のように向きだけ変えて居座ったからだ。
もちろん大歓迎だったので、私はロマのお腹に両手を回して軽く抱き寄せている。
「未だに、今際の際の走馬灯なんじゃないかという気もするが。……この背中のぬくもりがある以上、現実と認めざるをえんな」
言って、ロマは姿勢を正した。
そして、同じ馬車に乗る七人を見渡す。
――馬車に乗り込むとき、ロマは護衛の皆にこう言った。
『悪魔は討った。が、戦いの余波でワシはこのような姿になった。詳しい説明は、帰ったらにさせてくれ。なにぶん、色々あって疲れた。帰りの馬車で少し休ませてからにしてほしい』
その後、バアルとの戦いに居たメンバー全員をすぐさま馬車に同乗させた。行きの時より倍以上の人数になったため、乗る馬車も変えている。
「さて。お主らと馬車を共にしたのは他でもない。今日見聞きしたことに箝口令を敷くためじゃ」
「箝口令……ですか?」
団長が不思議そうに聞き返す。
「左様。……と、その前に一つ、謝っておかねばならんことがある」
言って、ロマはその場で頭を下げた。
「すまぬ。ワシとヒルケ、そしてワァスの三人は、二日前、ルナリアが剣に極聖を宿せる事を知らされておった。……時間逆行までできるのは流石に知らなかったが」
それは私も二時間前まで知らなかったんだけどね。
「それを黙って、次の聖女候補の見学、などと理由を取って付けたまでじゃ」
――なるほど、だから団長や皆、私にも優しかったんだ。
「……なぜ、黙っておられたのですか?」
団長が皆を代表して質問した。
「一つは、公になれば聖教会と王国によるルナリア争奪の戦争が起こりかねん故」
「……なるほど、確かに」
団長さんは顎に手を当てて、その流れを想像していたようだった。
「そしてもう一つは、そんなリスクを負ってでも、ワシのために極聖剣を披露して見せてくれたからじゃ。ルナリアは穏やかな生活を望んでおる。にもかかわらず、ワシが心配だと駄々をこねてな」
「駄々って……」
ロマの言い回しに小さく苦言を呈すと、ロマは私を見上げてイタズラ小僧のように笑った。
――くっ、可愛いすぎる……
レナもそうだったけど、小さい女の子の歯見せスマイルは私の弱点なのだ。
私を黙らせたロマは再び団長を見る。
「騒ぎになりたくないハズなのに、ワシを助けたい一心で極聖を見せてくれた。それゆえ、ワシは友を取って、皆を謀ることを選んだ。もしルナリアが極聖を使わず済めば、隠し通せるだろう、と。……あいすまなかった」
またロマは頭を下げる。
ヒルケさんとワァスさん以外の皆は僅かに動揺し、少しだけざわついた。
「こうして頭を下げておいてなんだが、ワシがこの親友をなにより優先したい気持ちは変わらん」
ロマが顔を上げて、決然と言い放つ。
「故に、ルナリアが極聖を宿し、局所的に時間を巻き戻したことは、聖女権限に於いて秘匿とする。聖教会が相手でもだ」
皆のざわつきはピークを迎えた。
「……ロマ様。それは……」
団長は何かを言おうとして、でも上手く言葉にならないようで、その先が出てくることはなかった。
――ああ、そうか。
やっと、私は自覚した。
「……私からも謝罪させてください。皆さん、ごめんなさい」
ロマを抱えたまま、私は頭を下げる。
「なにより、ロマもごめんなさい。二日前、私は軽い気持ちで言ってしまった。面倒ごとはごめんだ、って。昔、別件で王宮に隠して貰ってることがあるんだけど、その時と同じ感覚で居たんです」
顔を上げる。ロマが下から私のことを心配そうに、どこか申し訳なさそうに窺っていた。
――本当に、良い子なんだから。
「大好きな親友に、嘘をつかせたのは私です。本当は嫌いなくせに、権力を使わせたのは私のせいです。本当に、ごめんなさい」
「ルナリア……」
ロマが私の顔に手を伸ばす。
「……多分、皆さんが普通の騎士やプリーストだったなら、私はロマの箝口令に乗ってたと思います。でも、ロマを助けたあとの皆さんの反応を見て、思ったんです。『ああ、皆、聖女だからとかじゃなくて、純粋にロマのことが好きなんだ』って。団長さんなんて、涙まで流してましたしね」
「……そんなことがあったのか」
ロマが少し意外そうに団長を見た。
「ルナリア様、その、それこそどうかご内密に……」
団長が恥ずかしそうに俯いてから、馬車の中の空気は一転、小さな笑い声が漂う和やかなものに変化していった。
「……そんな皆さんとロマの信頼関係に、私の何気ない言葉でヒビを入れたんだ、と今のロマの話を聞いていて気付きました」
「別に、お主が気にすることではない。ワシが勝手にしたこと。そもそもワシらの友情は、聖教会の都合でお主に押しつけたものに過ぎん。いわばルナリアは被害者、もっと毅然として良いのじゃ」
「ロマ。私は、権力で歪められるが何より嫌いなの。気に入らなければ、それこそ剣で斬り払うと決めた。私がロマを好きな気持ちは、誰から押しつけられた物でもないよ」
そう言うと、ロマは頬を染めて、「な、あ、お……」とうろたえる。
体が小さいと、そういう様子すら可愛いからズルい。
「……皆さん、今の箝口令の話は忘れてくださって構いません。ロマを助けた結果、私に面倒が降り注ぐなら、全て受け入れます」
「ルナリア、本当に気にするな。前に言っておったじゃろ、卒業したら自由気ままに冒険したり、妹や従者達と領地経営するなり店でも開くなりしたい、などと」
「うん。言ったよ」
「ならば、極聖はまだなんとかなるにしても、時間逆行などという奇跡、聖教会や王宮に知られたらどうなるか分からん。無いとは思うが最悪、実験材料にされたり解剖される可能性だってゼロではない」
「そんなことになったら聖教会も王宮も叩き潰すけど……。流石に考えすぎよ」
「じゃが、厳重な監視が敷かれたり行動を著しく制限されることは間違いない」
「それはまあ、お互いの許容範囲を話し合えば良いかなって。どうしても折り合い付かなかったら、まあしょうがない、って事で」
――私の嫌いな、暴力で言うことを聞かせることになるだけ。
「……ならん。お主は自由に生きよ。皆、箝口令は絶対じゃ。背くものはワシへの敵対と見なす」
「ロマこそ、そんな権力振りかざすような真似これ以上しないで。そんなのロマがなりたい聖女と違うでしょう」
「別に聖女の立場に未練は無い、そんなものよりワシは、お主の方が……」
語尾をごにょごにょさせるロマ。
「私だって、大好きなロマが助けられたんだから。未練なんて無いよ」
「こ、この強情っ張り!」
「ロマはもっと部下を大事にしなさい! 箝口令なんてまかり通したらダメ! 一度通したら、次も『またそうすればいい』ってなっちゃう!」
「じゃからしか! こっちから頼んだ友情、そこまで心配される謂れないと言うとる!」
「うっさいな! 会ったばかりならともかく、今は一番の親友だと思ってるって言ってんでしょ!」
ぐぬぬ、と私を見上げて睨むロマ。
むむむ、とロマを見下ろして睨む私。
睨み合いがしばらく続いた中。
団長がおずおずと右手を挙げた。
「よろしいでしょうか」
私とロマは同時に団長を見る。
「整理すると、ロマ様はルナリア様の平穏を将来に渡って守りたい。ルナリア様はロマ様が嘘をついたり強権を働かせるような事をさせたくない。そういうことで合ってますでしょうか?」
「……私の方は、概ねその通りです」
私は頷く。
「ワシも異論無い。そも、強権働かせる地位と引き換えにワシは戦ってきたんじゃ。ルナリアの方が論として弱すぎる」
――そんなこと言われると、私としても反論の言葉が思い浮かばないんだけど……
でも、嫌なものは嫌なのだ!
「お二方とも、大事なことをお忘れです」
団長は挙げていた右手を下ろす。
「ロマ様は十四歳……肉体の方は七歳におなりですが。ルナリア様は十二歳。両者とも未成年、子供です」
「……それがなにか?」
聞き返すと、団長は小さくニヒルに笑った。
「ここに居るのは、お二人以外全員、成人済みで年齢もそれなりです。お二人の倍以上の者も少なくない」
「んなこたぁわかっとる」
ロマが不機嫌そうに結論を促す。
「子供が平穏に生き、嘘や間違いを正して欲しいというのは、全大人の総意です」
私もロマも、団長の言葉に一瞬、息を呑んだ。
しん、と静まりかえる馬車内。轍の音だけが響く。
「私にも子供が居ます。二人。もし下の子が、自分の将来を諦めて上の子を助けるのであれば、私は怒るでしょう。上の子が下の子のために嘘をついて信用を失うようなことを言ったら、それも怒ります。なぜかおわかりですか?」
私は分からず、ただ黙って彼を見つめていた。ロマも似たような心境だったかもしれない。
「それは親の、大人の役目だからです。子が子を守るために自分を犠牲にするなんて、そんな不毛なこと、本能レベルで忌避します」
優しく団長は言って、目を閉じて微笑んで見せた。
「とはいえ、お二人は私の子ではありませんから、怒りはしません。ですが、気持ちとしては同じです。……尊く優しい二人の子供の安寧を守れずして、なにが騎士か、神官か……聖教なんでしょうか」
次に、他の六人を見渡す。
「帰ったら話し合おう。もちろん、大人の……義務とは言わん。責務とも言わん。ただ、人生の先輩として、後輩にできることはなにか、という話だ」
ヒルケさんとワァスさんは真っ先に頷いて、他の皆もすぐに頷いて見せた。
「……ちなみに、話し合いの結論はこうです。心ない者にルナリア様の力が露見しないよう、自主的に口を噤もう、と」
言って、団長は人差し指を立てて、口元の前に置いた。
「話し合いの前に結論が出るか、馬鹿者」
ロマはそう笑った。
「だが、すでに結論が出ているなら、伝えておくとしよう。……ガース、それに皆。済まぬ。この恩は一生忘れん」
言って、ロマはまた頭を下げた。ガースというのが団長の名前なんだろう。
「ありがとう、ございます」
私も頭を下げた。
「ははは。話し合いの前に、お礼を言われてしまったな。これは、それ以外の結論は出せなさそうだ」
団長が笑う。
そこで一緒に笑う皆も、すでにその結論に異論が無いことが知れて。
――ロマに感謝だなあ。
私とは過半数以上が初対面の皆。つまり、ロマの日頃の信頼による結論なのだから。
もちろん、だからといって安心はできないかもしれない。人の口に戸は立てられない。
でもそれは、箝口令でも一緒だ。
もし漏れても、仕方ない、と割り切るしかないのは変わらない。
――ただ、今度、一人一人ご挨拶に伺おうかな。
命令や利害ではなく、信頼で繋がる。
それを教えてくれた団長には、ただただ頭が下がるばかりだった。
――十四プラス十二歳なんて、まだまだ子供なのね。
彼の考えに至れる日は、ほど遠いと思うから。
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