12歳―35―
魔法とは、すなわち『イメージを具現化する能力』である。
剣とは、すなわち『斬るための道具』である。
で、あるならば。
魔法剣の才能とは、『イメージできる全てを斬る』ことができる才能、と考えられないだろうか。
そう、イメージだ。
護法剣だって、治癒剣だって、極聖剣だって、そうだった。最初から生成できたわけじゃない。私がそれをイメージしたから、習得できたんだ。
だったら、できるはず。
イメージさえできれば、自分に斬れない物はない。そう信じろ。
悪魔だろうが、神だろうが、運命だろうが……
たとえ、時間だろうが。
今の私には、融合しきったモノを綺麗に切り分けるイメージは正直できない。ミルクティーを元のミルクと紅茶に戻すことができないように。
でも、だったら。
融合後の分離が無理なら、融合前まで戻してしまえばいいじゃないか。
†
斬り付けられたロマの全身が光を帯びて、やがて二つに分かれた。
一つは、小さな女の子。丁度七歳くらい。衝撃に意識を失って、パタリと地面に倒れ込む。
もう一つは、黒くて暗い、まがまがしいモヤのような塊。
団長も、ヒルケさんも、ワァスさんも、光足が消えて動けるようになった女悪魔も、その二つを見つめていた。
私は痛む魔力神経に少し顔を歪めつつ、魔力剣を消す。女の子の横に膝をついて、様子を窺った。
ボロボロでブカブカになった聖衣は、もはや服として機能しない。
私は鞘のベルトをくぐらせるように制服のブレザーを脱いで、裸の女の子を包んだ。
そのままお姫様だっこで抱きかかえて、立ち上がる。
「……何だ、何が起きた……?」
黒いモヤが、ゆらゆらと揺らいでそう言った。
それは、団長をはじめとした皆の代弁でもあったかもしれない。
「時間の流れを斬り捨てたのよ」
私はそう答えた。
「ロマの体が過ごした十四年という年月、その後半の七年分を斬り落とした。その七年は無かったことになって、あなたが憑依した事実はなくなったし、ロマは七歳の体に戻った」
そこで、ヒルケさんがアイジェク・ドージを放り捨てて、一心不乱に走ってくる。その後を、ワァスさんが追いかけてきた。
ヒルケさんが私の前に来ると、私と、小さくなってスゥスゥと寝息を立てるロマを見比べて、その目尻に涙を浮かべた。
「ロマのこと、お願いできますか」
言って、女の子を――ロマを、彼女に差し出す。
彼女は私の手からロマを受け取ると、強く抱きしめて、その場で膝をついて泣き出した。
その後ろから、ワァスさんがヒルケさんの肩に触れる。
「……なるほど、そういうことか。貴様、創造神の眷属であったか……!」
黒いモヤは何やら間違ったことを言って、一人で納得したようだった。
「だが残念だったな。融合した俺ごと七年前に戻したと言うことは、俺の魂も全盛期の状態に戻ったということだ! そうなれば、当時の肉体の再現など取るに足らんわ!」
嬉しそうに吼えて、黒いモヤが蠢き始める。
すぐにそのモヤは人の形を作り、段々と受肉を始めた。
そして、巻き角に黒と赤の目、黒い羽が生えた男の悪魔の姿になる。……その体を隠す黒い服も一緒に作られたのは、一安心だった。
「感謝しよう。そして後悔するがいい。俺にこの姿を取り戻させたことを! 貴様ら全員この場で根絶やしにしてくれるわ!」
バアルは全身の魔力神経を起動させる。
私は一度しまっていたガンガルフォンを、もう一度抜き放った。
「……全盛期とか言ってるけど、あなた、その姿で七歳のロマに負けたんでしょ?」
「抜かせ、小娘。聖女が気絶してる今、人間ごときが生意気な口を利けると思うのか? 殊勝にしてれば、オスの魔人の慰み者にしてやる程度の融通は利いてやるぞ」
「……その手の脅し文句は、前生からタブーなの。残念ね」
エンチャント、極聖。
可能な限り、限界まで。
「あ、あの光は……!」
団長か誰かの声。
「私は十四歳のロマにまあまあ圧勝したわよ? そっちこそ口の利き方に気をつけなさい、三下」
「死ね、人間!」
そこで女悪魔が攻撃魔法を仕掛けて来た。
右腕一閃。
闇魔法……だったのだろうか。良く分からないまま、魔法を斬り落とす。
「なっ……!?」
怯む悪魔に、そのまま一気に距離を詰めて、一息に横に両断した。
「ば、バアル、様……」
それだけ言い残して、悪魔は光に包まれ消えていく。
――極聖魔法で悪魔を倒すと、こうなるんだ。
なんて、頭の片隅で感想を抱いた。
「極聖魔法!? 馬鹿な、そんな……!」
バアルがたじろぐ。
「もう二度と誰にも寄生できないよう、あなたは完膚なきまでこの世から消してあげる」
「くっ……」
翼を広げる。飛んで逃げようとしてるのだろう。
許すわけ無い。魔力の足場を作って、足の補助魔法を最大にし、一瞬で背後に回り込む。
「なっ!」
まるで私の動きに追いつけないバアルは、背後に出てきた私に驚愕の表情を見せた。
そのまま右肩口から、左脇腹にかけて両断する。
「が、はっ……」
悪魔は口から血を吐いて、そのまま地面に落ちた。
「こんな、こんなことが……。俺の七年の雌伏が、こんな簡単に無為に……」
「ロマの中に居る間、人間と和解する道が選べればこうならなかったわよ。ロマを殺して、人を殺して、女を慰み者にしようとする奴、こうなって当然でしょう」
そう見下すと、バアルは一度咳き込んで血を吐いた。
「貴様は……なんなんだ。神の眷属としても、強すぎる」
「あなたには関係ない」
「最期までつれない小娘だ。だが、殺せば済んだ聖女をわざわざ助ける精神は、いずれお前自身を蝕むだろう。
地獄から、その時を楽しみにしているよ!」
そう言い残して、バアルは光の粒になって消えていった。
「……分かってないわね。自分だけを大事にして生きる方が、よっぽど地獄が待ってるものなんだから」
もう私の声なんて聞こえてないだろう光の粒に向かって、小声で呟いた。
†
団長を始め、聖教騎士の皆さんが私たちのもとへやってくる。
団長の表情は何を考えているのか、良く分からなかった。
――怒られる。
そう思った。
さっきの団長の『ルナリア、戻れ!』がフラッシュバックする。紳士な彼が敬語を捨てて叫んだ、あの声が。
……実際、思いつきが上手くいったから良いものの、もっと事態が悪化した可能性だってある。
命令違反の咎は避けられないだろう。
――悪魔相手より、よっぽど緊張する……
私のすぐ目の前に団長が立った。
そして次の瞬間、右手を地面に付けて、跪く。
続くように、後ろの騎士の皆さんも私に向かって跪いた。
「大変、申し訳ございませんでした」
――へっ?
「それと、誠にありがとうございます。ロマ様を、お救いくださって……」
「いえそんな、頭を上げてください。私は命令違反したんですし……」
「まさか! 我々の存在意義は聖女ありき、私の命令など、ロマ様を救えるのであれば些末です。
むしろ貴女の邪魔をしようとした私こそ罰せられてしかるべきでしょう」
「いやいや、こんなただの小娘、信用できなくて当然ですよ……」
立場ある人にここまで傅かれて、オロオロしてしまう。
助けを求めてヒルケさんやワァスさんを見るけど、なんだかウンウンと頷くだけで助けてくれそうにない。
「本当に、本当に、ありがとうございました……!」
団長の語尾は涙に振るえて、左手は目元に持って行かれた。
――どうしよう、ちょっと泣いてる……
大人の男の人が泣いてるのを見るなんて、前生のお父様以来だ。
「ん、うぅ……」
そこでロマが小さく唸って、目を覚ました。
「ロマ様!」
ヒルケさんが涙ぐみながら彼女の顔を覗く。
その声で団長や騎士、プリーストの皆も、ロマとヒルケさんに近寄っていく。
「お主ら……」
ロマは朦朧とした様子でヒルケさんを見て、次に周りを見渡した。
そして、私に目をとめて、その焦点を結ぶ。
「……良かった。ワシのせいで全員、常世に道連れしてしもうたかと思うたわ」
そう言って、ロマは私に微笑む。
「どういう意味よ」
「お主が悪魔なんぞに殺されるわけ無いからの」
あらためて、ゆっくり周りを見渡すロマ。
「……じゃが、だとしたら、どういうことじゃ。なぜワシは生きておる。夢か……?」
自分を抱きかかえるヒルケさんを見上げる。
なにか違和感を覚えたか、次に自分の両手を目の前に持ってきた。
もちろんその両手は、さっきまでよりずっと小さく、指も短い。シワの数だって少ないだろう。
「ロマは今、体だけ七歳に戻ったことになる」
私はそう説明した。
「なに……?」
「ロマの肉体が過ごした十四年という時間を一つの流れと見立てて、その真ん中で斬り離した。だから、記憶や知能は十四歳のままだけど、体だけは七歳の状態になってる。 ……ハズよ」
ロマはしばらく、目をパチクリとさせた。
「……意味が分からん。意味が分からんが、確かに、ワシの体は小さくなっておる。……信じるほか、無いんじゃろうな」
言って、ロマはヒルケさんから降りる。バランス感覚が違うのか、少しよろけてから、なんとか両足で立った。私のブレザーを手で掴んで閉めている。
「……ごめん」
私は色々考えて、そう謝った。
「なにがじゃ?」
小さくなったロマが、不思議そうに私を見上げる。
「七年前の状態に戻して悪魔を倒す以外、助けるすべを思い付かなかった」
「……それをなぜ謝る?」
「なぜって……。子供の体は、いろいろと不都合もあるだろうし……」
「なにを。死ぬよりマシ、いや、むしろ重畳よ。ずいぶん体が軽くなり、胸の傷跡も消えた。感謝こそすれ、謝られる由など無いわ」
「ふふっ。そう言ってくれると思ったから、謝った」
私は小さく笑う。
「なんじゃそりゃ」
「もし、私がロマの体を害した、って責められることがあったら、その時も庇ってね」
「当たり前じゃ。というかそんなこと言う馬鹿が居たらワシが許さんわ」
そこで、ロマが私に向かって歩き出……
そうとして、やはり上手くバランスが取れないようで、前のめりに転びそうになる。
そこを駆け寄って、抱き支えた。
「大丈夫?」
「……お主には、驚かされてばかりじゃ。極聖魔法のエンチャントだって規格外なのに、肉体の時間逆行などもはや神の権能。これじゃ聖女の面目も立たん」
「まあ、そういうこともあるわよ。だって私、天才なんだもの」
「ふふっ、相変わらずじゃの……」
ロマが私の背中に手を回して、抱きしめてくる。
「……ありがとう。誰も死なずに済んだ。本当に、ありがとう……!」
そんなロマを、私も抱き返す。
「どういたしまして。……よっと」
答えて、そのままロマを抱っこする形で立ち上がった。
「急に体が縮んで負荷もあるでしょう。足下よちよちだし。このまま抱っこで帰りましょうね」
「……子供扱いするな、と言いたいところだが……」
「まあ、子供だし」
「全く、ぐうの音も出ん。良きに計らえ」
この姿でこういうしゃべり方だと、なんだか大人ぶりたい子みたいだ。
なんだか微笑ましい気分で、それから私たちは帰路についた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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