表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/105

12歳―34―

 再び正面を見た私たちの前で、ロマは私たちに背を向けたままゆっくりと立ち上がる。


「くくく……」

 ロマと、誰か知らない男の声がぴったり重なったような、二重の笑い声が聞こえた。


「これが聖女の体か。流石、魔力の量と質が段違いだ。筋肉が脆弱なのは残念だが、まあ仕方あるまい」

 ロマ……だった者が自分の両手を見つめて言う。


 悪魔がその者の前で跪く。

「おかえりなさいませ、バアル様」

「お前か、我が声を受け取った者は」

「はっ。夢の中で、確かに復活の準備が整った旨、拝聴いたしました」

「よくやった。大義であったぞ」

「ありがたきお言葉……!」


 その時、ロマの背中が勢いよく隆起した。聖衣が盛り上がり、次の瞬間、内側から爆ぜるように破れる。

 ロマの白い背中、肩甲骨の上辺りから、黒い翼が生えていた。


 翼は、羽化を喜ぶ雛ようにバサリと音を立てて大きく広がり、その姿を私たちに見せつける。

 その羽から、瘴気が周囲に広がっていくのが見えた。急に日が陰ったかのように、視界の全てが薄暗くなる。


 ゆっくりと振り返るロマ……ではない誰か。

 顔つきはロマと変わらないけれど、その目は黒い白目に赤い瞳、金色で縦長の瞳孔だった。


 羽が生えた衝撃で上半身の聖衣は盛大に破れ、なんとか腰元にぶら下がってる。

 完全に空気にさらされた上半身。けれどそれを恥ずかしがる様子もなく、尊大にこちらを睥睨していた。


「そんな……」

 ヒルケさんが絶望とともに小さく呟く。


「聖女に憑依など、分の悪い賭けにもほどがあったが……。どうやら俺の勝ちのようだ。この聖女に直接意趣返しできないのは残念だが、まあ体を貰ったし溜飲を下げてやるとしよう」

 口元を愉悦に歪めて、ロマ……の体を乗っ取ったバアルは私たちに言った。


「では死ね。神の奴隷ども」

 バアルの体が僅かに宙に浮かぶ。

 その周囲の空気を歪めるほどのおぞましい魔力が、渦巻く。


「アイジェク・ドージ1、2、用意!」

 団長が叫んだ。


 ヒルケさんともう一人の聖教騎士が、二人同時に腰に提げた筒に手を伸ばす。

 取り出したのは、折り畳まれた半円状の棒だった。ガシャンッ、と音を立てて展開すると、先端から逆の先端まで糸を伸ばす。できあがったそれは、白く豪奢な弓だった。


「ワァス、ルナリア様を連れて他の者を呼び戻してこい」

「わ、分かりました」

 団長の指示にワァスさんが頷いて、私の側に来る。


「他の者はヒルケとイコンの盾となれ! 行くぞ!」

 そう言うと、団長は真っ先に走り出す。

 その後ろを聖教騎士達が続き、プリースト達は魔力を紡ぎ始めた。


「ワァスさん、あの弓は……?」

 私はワァスさんに尋ねた。

「……あれは正式名『聖霓弓(せいげいきゅう) アイジェク・ドージ』といいます。聖教会が極聖魔法を分析し、悪魔に通じるよう開発した武器です」


 意外な言葉だった。聖教会とは、もっとお堅い組織だと思っていたから。

『天から授かった極聖を人間が再現しようなどおこがましい!』とか言いそうなイメージだった。

 ――でも、そんなものが開発できたなら、なぜ普段から使わないんだろう……?


「……あれを放つためには、使用者の命が必要になります」

 私の疑問を読み取ったように、ワァスさんはそう続けた。

「正確には、膨大な魔力が必要なので、魔法の才能がある者が生命力を全て魔力に変換して、やっと撃つことができる武器なのです」


 呆然とワァスさんを見上げる私と、彼女の視線が交わる。

 ワァスさんはゆっくりと、両手を私の両肩に乗せた。

 その視線が意味するところが分からないほど、私は馬鹿じゃない。


「ルナリア様、どうか、ヒルケとイコンを……私たちを、助けてください……」

 ワァスさんは小さく、悲痛に懇願した。


 ――もちろん、命を捨てて撃つなんて、許す気毛頭無い。

 けれど、それはそれとしても、未だにロマをどうやって救えばいいのか……

 それだけが、皆目見当つかないままで居た。




「聖女を欠いた人間が悪魔に敵うわけ無かろう。愚かな」

 女の悪魔が、向かってくる人間達を軽蔑するような目で見る。


「命が要らぬと言うなら良かろう、全員魔人に作り替えてや……ぐぅっ!?」

 バアルが話す途中、苦しそうに胸元を押さえた。


「バアル様、いかが……きゃあ!」

 バアルに振り向いた女悪魔は、次の瞬間、二本の光足に絡め取られた。

 その光足は、ロマの背中から伸びている。


 それを見て、聖教騎士達の進みが緩まった。

「お、のれ、聖女……!」

 バアルが苦しそうに言いながら、ゆっくりとその目の色が元のロマの物に戻っていった。


「今じゃ! ワシごと貫け!」

 悪魔の声が混じらない、純粋なロマの声が、私たちに向かってそう叫んだ。

「抑えられる時間は長くない、急げ……」

 ロマは苦しそうに……おそらくバアルと肉体の支配権をかけて、魂で戦っているのだろう。


「ロマ様、今お助けします……!」

 団長が静かに、決意を持って言う。


「……ワシはもう無理じゃ。心の臓もなにもかも、悪魔と融合しきっておる……。分離は不可じゃ」

「ですが……」


「最後の命令じゃ。ワシごとバアルを殺せ」


 しん、と静まりかえる人間達。


「……皆、済まぬ。七年前、ワシが未熟だったばかりに、聖教会はしばし聖女をしばし欠いてしまう……」

「ロマ、様……」

 誰もが、思っただろう。

 七歳の自分に責任を感じるロマに対し、いかに自分が無力か、と。


「……ルナリア」

 ロマが私の方を見る。

「アイジェク・ドージは命を失う。できれば、お主に介錯願いたい。……頼めるか?」

 冷や汗を流しながら、ロマは微かに笑みを浮かべて見せた。


 ――なんて、強い子なんだろう。

 私は、自分の死に際に、こんな気高く居られなかった。


「……嫌よ。嫌に決まってるじゃない……!」

 私はただ、心の底からそう言って、首を左右に振る。


「まあ、そりゃそう、じゃな……。ワシも、お主のトラウマになるのは、望ましくない。ならば、こっちの悪魔だけ始末を頼む。ワシの方は……、ヒルケ、頼めるか」

「無論です、ロマ様」

 言って、ヒルケさんはアイジェク・ドージを構える。

「面倒かけるな」

「……それが私の職務にして、至極でございました」

 ロマもヒルケさんも、私には分からない幸せそうな笑顔を浮かべる。

 そして、ヒルケさんは両目から静かに涙を零した。


「だ、だめ……」

 と手を伸ばすも、代替案が浮かばない。



 ――考えろ、私。



 駄々をこねるだけじゃ、なにも変わらない。

 前生は自分で考えずに生きたから、最期まで幸せになれなかったんじゃないか。


 考えろ。

 悲しいから、とか、予想外だから、という言い訳で脳の回転を止めるな。

 泣き言言ってる暇があるなら、脳みそ壊れるまで頭を使え!


 今、この状況で、どうすれば全員を助けられる?

 無理かも、なんて考えがよぎる時間も無駄だ!

 今生の私なら、できると信じろ――!



「……時間が戻ればいいのに。七年前のあの時に戻れるなら……」

 ワァスさんは恨み言のように言って、私の前で泣き崩れた。


 ――時間が、戻れば……

 私の中で、カチャリ、とハマった音が鳴った気がした。


  †


 ワァスさんの手をどかして、全身に補助魔法展開。私は魔力足場を作り、聖教騎士団達を空から追い抜く。

 そして、ロマと団長の間に降り立った。


「ルナリア、戻れ!」

 焦ったような団長の叱責。

「全体停止! アイジェク・ドージもしまってください!」

 私はその声に負けじと、大きな声で叫んだ。


 そしてロマに振り返る。

「……覚悟、決めてくれたか」

 ロマが複雑な顔で私を見上げる。

「貴女を殺す覚悟なんて、一生決めないわよ」

 言いながら、魔力剣を生成。

 左手に持つ。


「私が決める覚悟なんて、ただ一つ。貴女を助ける覚悟よ。出会った頃からね」

 魔力剣を上段に構えた。

「なにせ初めてだから、どうなるか分からないけど。ちょっと痛むかもしれないから、一応歯を食いしばって」


「なにを……?」

 ロマが私と、私の剣を見上げる。


「親孝行するんでしょ? 親より先に死ぬんじゃないわよ!」

 そして思い切り、ロマに向かって斬り下ろした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、

この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。

執筆・更新を続ける力になります。

何卒よろしくお願いいたします。

「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ